47話 開拓村防衛会議
本日2話目です。
魔物の大暴走──『蒼月の夜』まで10日。
この情報は冒険者ギルドにも伝え、共に事に当たる必要がある。
必然的に情報の入手元である召喚機についても伝えなければならない。隠し通すのは難しいしバレた時に敵対意志ありと見なされるだろう。現在良好な関係を築いているギルドと敵対するのは得策ではない。
「……10日後ね。詳しい話はギルド長を交えてしましょう。今ちょうど開拓村の視察に来ているわ。呼ぶわね」
「いや、呼ばなくていい。俺たちが行こう」
『蒼月の夜』が来た際に、アバンドンド中央部から押し寄せる魔物の大群によって最も激しい攻撃に晒されるのは開拓村だ。
逆にここで敵を押し返すことができればダンジョンは無傷で済むことになる。
人前にあまり出たくない俺は開拓村の様子も遠目でしか確認していない。
迎撃するにせよ放棄するにせよ一度見ておきたい。
そんな訳で再びコレットのバックパックに扮してステラ・ルーリア・ザオウと共に開拓村に向かった。
森の中に隠されるようにあった元エルフ集落は、周囲に柵が設けられ、森が拓かれて新しい家が建ち、すでにいっぱしの村として見られるようになっていた。
木々の伐採や整地をダンジョン機能で支援したとはいえかなりのハイピッチで進められているようだ。
まあ近くで見れば家はやはり間に合わせ感が強いけど。
「見違えましたねー」
コレットが感心したように呟いた。
それを聞いたルーリアは意外そうな顔で問う。
「自分の村が作り変えられて寂しかったりしないの?」
「外れにあるわたしの家はそのままですし、村にはあまりいい思い出がないですからね……跡形もなくなっても特に感慨もないと思います」
そういうもんか。俺も故郷の村が全焼してたところでなにも思わないだろうけど。
「……そう。あたしの故郷はね、跡形もないのよ」
ルーリアが遠い目をして呟いた。
それの意味に気づいたコレットは息を呑み、謝罪する。
「あ……ごめんなさい」
「え……あはは。こっちこそごめん、そんなつもりじゃないの。人それぞれよね」
ルーリアも故郷になにかあるのか。父親を嫌ってることとなにか関係があるのだろうか。……聞ける雰囲気じゃないが。
ルーリアも慌てて話題を変える。
「畑はもう作業を始めてるのね」
「これもダンジョンの効果で成長促進してるから、秋植えの早い作物なら1ヶ月かからず収穫できるぞ」
「万能ねー」
村にあった畑は耕し直して使うようだが、森の奥にある『聖域』ことコーヒー農園はそのままにするようにお願いしてある。
見張りとしてマンイーター・アルファのボルを株分けして植えてあるので悪さをしようとするやつがいれば頭からパクリと頂かれてしまうだろう。
作業している男たちの中でこちらに気づき、駆け寄ってくる者がいた。見覚えのある顔だ。
男は距離を置いて立ち止まると勢いよく跪いた。
「アルフィン様! ご無沙汰いたしております」
「……ビッケ、久しぶり。そんなに畏まらなくていいんだが」
「ギルド長は集会場におられます。ご案内いたします」
ビッケの先導につき村の中心に向かう。
忙しそうに行き来する者たちはラウジェスの開拓民の他にも他の国の者や見慣れない獣人やドワーフなどもいる。
報告は受けてたが、開拓にあたってアバンドンドを探索して遭遇した流浪の民を受け入れたらしい。
人手が必要な開拓団と安全な場所を求めていた者たちの利害が一致したわけだ。
アバンドンドには周辺諸国から追放されたり居場所がなくなった者たちが多く隠れ住んでいるとは聞いていたが、予想以上の人数だ。
開拓団は当初の倍以上の数に膨れ上がっていた。
「こちらの建物です。では私は仕事があるので失礼いたします」
ビッケは慇懃にそう告げて去っていった。
「……あいつ、盗賊団の下っ端だったよな?」
「そうですな。真人間になれたようでなによりです」
ザオウが満足気に頷いている。
一体どういう『教育』を施したんだろうか。
エルフの村長宅を改装した集会場に入ると、レダードと同年代くらいの壮年の男が話し込んでいるところだった。
「お、ステラ、ルーリア。アルフィンたちもか。こっちに来るのは珍しいな?」
「ちょっと話があってな」
俺がコレットの背中から降りると、団長は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに得心したように頷いた。
「あなたがアルフィンどのか。ダンジョンを制御している魔術師だという。わたしは開拓団を仕切らせてもらっているドミニクと申す」
「ああ、挨拶が遅れて済まない。よろしく頼む」
ドミニクは握手をしようと手を伸ばしかけるが、思いとどまったようだ。賢明だな。
さすがにこの立場の人間には俺のことも知られている。ゴーレムを遠隔操作している魔術師ということになっていると思うが。
「レダードさんに話があるなら私は席を外そうか?」
「いや、あんたにも関係がある。聞いてくれ」
広めの部屋の長机を囲んで座り、経緯を説明する。
「……そんなわけで、召喚機の解析結果から『蒼月の夜』が10日後になると判明したわけだ」
「なるほど……懸念はあったが、嫌なタイミングだな」
「前回を経験しているコレットやザオウによると、魔物はやはり人の多いところに集まるらしい。100人超になったこの村は……」
「間違いなく標的になるわね」
「早急に対策を練る必要があるな」
召喚機についてさらっとレダード・ステラに報告しつつ『蒼月の夜』の対策に話題の中心を持っていく。
これで一応の義理は果たした……まあ、そんなごまかしが通用する連中じゃないだろうけど。
「ここを放棄してダンジョンに立て籠もるのは? 入り口が狭いから少数でも防衛しやすいはずよ」
ルーリアが提案する。
ダンジョンはすでに防衛体制を整えている。敵を押しとどめることはできるかもしれないが……
「俺としては反対だ」
「なんでよ、アルフィン」
「一つはまず、時間稼ぎは無意味だ。夜が明けたところで敵はスゴスゴ帰ってくれるわけじゃない。よな、ザオウ?」
「はっ。発生するのは『蒼月の夜』ですが、魔物どもはしばらく残留します。やがてやつら同士で争い始めて数が減るのですが……人間がいる限りは期待できませぬ」
ルーリアに視線を向けられたコレットも軽く頷く。
消えてくれるわけじゃないということは全滅させなければならないということだ。
「二つめ。第5層の召喚機だが、深層には他にもあると見ている。ダンジョンで迎え撃つことにすると、アバンドンド側と地下からの挟撃を受けることになる。加えてダンジョン内部は狭い。数で押し切られれば逃げ場がなく潰されかねない」
「……ここでも包囲されれば同じよね?」
「私にとっては広い方がありがたいわね。広範囲の戦略魔法が使えるから」
横からステラが答える。
高位の魔術師がいる場合は通常のセオリーを崩してでもそれを活かすべきなのだ。
「大群を潰すなら敵をまとめて倒せる戦略魔法を使わない手はない。広い場所で迎え撃った方が賢明だろ?」
「……うーん、いっそのことダンジョンを抜けてラウジェス国内まで逃げ込むとか……」
「……お前、俺の状況理解してないのか?」
ちょっとショックを受けつつツッコむとルーリアはあっと小さく声を上げると笑ってごまかした。
俺はダンジョンを離れられないのだ。
……とはいえ、俺以外の命を最優先に考えるならそれも有りだろう。
だが、レダードは首を振る。
「アルフィンのことがなくてもそれはできねえ。魔物は匂いを辿って本国まで追跡してくるだろう。魔物を呼び込むような真似をすれば開拓民もアバンドンドの難民も罪に問われちまうからな」
「本国に戻るつもりもない。我々は開拓に乗り出した時点で後がない。それぞれ事情は違えど開拓民はそういう者たちだ」
ドミニクも同意する。不退転の覚悟があるわけだ。
「ついでに言えば本国からの支援も期待できん。今の王室ではな」
静かな怒りのこもった目で、ドミニクが吐き捨てる。
3年くらい前か、ラウジェス王国に今の国王が即位してから──亜人差別が激化した。
王都の方では亜人や貧民の切り捨てなども行われており、酷い状況らしい。
開拓民は確かに獣人やドワーフ、それらのハーフやクォーターが散見された。開拓民はそういった状況に耐えかねて国外に活路を見出そうとしているのだ。
「そういう状況だ、この村で迎え撃つしかねえ。オレもそれまでここに残ることにする。村の防衛にこちらが動員できる戦力はまず開拓者たち……」
レダードの視線を受けたドミニクは眉間に皺を寄せる。ドミニク自身は元冒険者であり、レダードの旧知だそうだ。おそらくは上級レベルといったところか。
「開拓民は本格的な戦闘には不慣れだ。元からこの地に住んでいた者たちは手馴れているようだが、合わせてもまともに戦えるのは20人に満たない程度だ。支援できそうな者なら50人程度」
「じゃあオレの方ではダンジョンに滞在している冒険者に依頼を出そう。報酬を奮発すればこちらも50人程度は見込める。ダンジョンのおかげで練度も上がっているからそれなりの戦力にはなるだろう」
ギルド長だからといって冒険者に命令できるわけではない。依頼という形でないと冒険者は動かないのだ。
しかし、そこまでして開拓団を助けるレダードの真意は気になってくるな。
「悪いが、俺の方から戦力の提供はできない。地下からの侵攻に備えないといけないんでな。砦の建築ならダンジョンの機能でやるからそれで勘弁してくれ」
「ああ、アルフィン、悪いな。こっちの人手も使っていい。他にもなにかあれば言ってくれ」
おっ。今なら条件を出せるかな。
「人手は必要だが、他にも欲しいものがある」
「なんだ? オレたちに用意できるものなら……」
「必要なのはダンジョンコアだ。壊れていてもいい」
この村までダンジョン領域に組み込まれているのだが、魔術ネットワーク端末は設置できていない。
作成に必要なダンジョンコアの破片──当然ながら量に限りがあるのでダンジョン内で手一杯だったのだ。
「ダンジョンコアか。魔術師ギルドの管轄だな」
レダードがステラに視線を投げると、ステラは少し迷いつつ頷く。
「私の方で用意できるわ。研究に使ったものだけど」
「……いいのか?」
「さて、どうかしら。そろそろ潮時かもしれないわね」
「どういう意味だ?」
俺の言葉に、レダードとステラ、ドミニクは視線を交わす。
……この3人、なにかあるのか?
「……その話は後だ。今は目の前の危機を乗り越えるのが先決だ」
「そうね。ダンジョンコアは渡すわ、アルフィン。無駄にしないでね」
うーん……気になるな。
だが、レダードの言う通りまずは10日後を切り抜けることだけ考えるとしよう。




