46話 魔物召喚機
シャドウビースト以降は大した魔物も現れず、目的の場所までは1時間もかからずに到着した。
通路の先の広い部屋。中央には魔法陣が描かれており、周囲は大掛かりな装置となっていた。
「間違いない。魔物召喚機じゃ」
調査するまでもなく、一瞥しただけでディアが呟く。
「そんなところだろうと思ったけどな。あのシャドウビーストもここから召喚されたってことか? どこから来るんだ?」
「このタイプのものは魔界からの召喚を行なっている。魔界とはすなわち魔王陛下の生み出した異空間じゃ」
装置を『解析』してみると、大掛かりすぎて簡単には解析しきれないが、中央の召喚陣を周囲の装置で補助しているように思える。
「稼働はしている。一定間隔で継続して魔物を召喚し続けてるんだろう。だがイマイチ目的が分からんな……」
召喚機を継続稼働させてダンジョン内に魔物を溜める。そしてそれを利用して──なにをしようとしていたか。そこが不明だ。
これを発見したことで何者かの手が入っていることは確実となったが、今まで探索した限りではこのダンジョンは管理されているようには感じない。
魔物の軍隊を編成する目的を達成する前に、なんらかの理由で放棄されたというところか。
「こちらから魔界とやらには行けるのか?」
「無理じゃろうな。召喚機は一方通行じゃ。魔界は陛下本人と魔界の管理を任された一部の者しか出入りできんと言われておった。わしも詳しいことは知らんが」
ふむ。まあそんな物騒なところに行く気もないが。
「召喚された魔物は召喚者の意思に従うようになっておる。小僧、貴様なら召喚者の情報を書き換えて魔物どもを従えることもできよう」
「……そうだな」
俺はハニワの腕を組み、考え込む。
そんな俺にディアは怪訝そうな目を向ける。
「何を考え込むことがある? デメリットなぞなかろうが」
「なくもないさ」
魔物の召喚機を掌握し、コントロールできれば一気に戦力が増える。しかし……
「ダンジョンコアと魔物召喚機──この2つを手中に収めたことが知られれば、ウチの脅威度が一気に上がる。おそらくラウジェス王国が黙っていない。今は表立って動いてはいないが、俺たちが脅威となるほどの力を持てば話は別だ」
冒険者ギルドとは利害が一致しているが、ラウジェス王国にとっては国境にそれだけの無国籍戦力があることは脅威でしかない。
逆に王国としては召喚機を手に入れることができれば周辺諸国に対して優位に立てる。存在を知られたなら確実に奪取することを考えるだろう。
かといって自分のダンジョンに隣接するこれを放置するわけにもいかない。誰かがこれを利用すれば魔物を利用して一気にウチに攻め込むことができることになる。
「秘密裏に管理することはできんか? 冒険者ギルドには口止めしているのじゃろう」
「ここの魔術装置についてはすでに発見した冒険者によって広まっているし、王国上層部も把握して注視しているはずだ。冒険者の中にはスパイもいるだろうし、千里眼とかの魔法もある。隠しおおせると思うほど俺は楽観的にはなれない」
「では、元からなかったことにして破壊するのはどうでしょう?」
コレットが提案する。
「……王国に尻尾を振るなら短期的にはそれがベストだ。だが、他にもあるかもしれない遺物を確保するために強行手段に出られる可能性もある。であれば、戦力を確保しておくべきだ」
「なんじゃ、結局それしか選択肢はないのではないか」
「手放しで喜べる状況じゃないってことさ」
別に王国と戦争をしたいわけではないのだ。
ただ平穏に暮らしたい俺にとって過剰な力は邪魔なだけだ。
──────
それから5日ほどをかけて5層に何度か通い、少しずつ解析を進めた。
得られたものはいくつかある。
まずは言うまでもなく召喚機の制御方法。
魔界から召喚される魔物はランダムのようだが、1日1回開かれるポータルから自動召喚される魔物を従属させることができる。
俺に従属させた魔物は、それら同士はスルーするが、召喚済みのダンジョンの魔物とはなぜか敵対しているので放置しておくと勝手に殺し合いを始めてしまう。
仕方がないので周囲にバリケードを築いて他の魔物と遭遇しないように隔離しておいた。
二つめは異空間ゲート技術を応用した固定転移魔法陣の構築方法だ。
これでこの召喚部屋と自分のダンジョンの行き来が簡単になった他、ダンジョン内の主要な場所に設置することができるようになった。
ダンジョンコアのネットワークと接続してあり、登録済みの仲間以外は使えないようにセキュリティも設定した。
非常時以外は冒険者たちもゲストユーザーとして利用させてもいいだろう。DMPと金を支払ってもらうがな。ククク。
そして最後の一つ。
召喚機のログの解析を進めると、召喚される魔物の数が周期によって変動するらしいことが分かった。
約一年前に召喚数が極端に多い日がある。少し前から緩やかに増加しているのだが、ある日だけ突出して桁違いに多いのだ。
「『蒼月の夜』ですね」
紙に書き出したログを見たコレットはすぐに気がついた。
エルフ村崩壊のきっかけとなった魔物大発生の夜──『蒼月の夜』の日付らしい。
「たまたまとは思えないな。つまり『蒼月の夜』に魔物が暴走するのはこの召喚機が原因なのか」
「ここだけではなかろうな。おそらく各地に点在する召喚機が一斉稼働して魔物が溢れかえるということじゃろう」
「よくすぐ気付いたな、コレット」
「『見捨てられし地』に生きる者たちは『蒼月の夜』を無視して生きられません。わたしたち3人では次の夜は乗り切れないと思ってましたから……」
「発生する魔物はどれくらいの数なんだ?」
「それはもうスッゴいです。以前はエルフたちの魔術で魔物避けの結界を張っていたのでなんとか耐え切れていましたが、無策ではひとたまりもないでしょうね」
……スッゴいらしい。
今の召喚数増加ペースと照らし合わせると、次の『蒼月の夜』は──10日後である。
「ああ、まったく、ツイてない。次から次へと……」
「おぬし厄病神なんじゃないか、小僧」
「……いや。不定期な『蒼月の夜』を事前に知れたのも、召喚機を一つ確保できたのもラッキーだったと思おう」
実際、これがなかったら厳しかった。むしろ幸運である。
……にしても、運命とかいうやつはよほど俺に働かせたいらしい。
見てろよ、意地でもスローライフしてやる。




