44話 シャドウビースト
「おっと。早速お出ましだな」
俺の探知魔法『探査』に反応があり、視界上のマップに赤いマーカーが表示された。数は3。
「なるほど、こう見えるの……確かに便利ね」
『解析』と連携できたらもっと便利なんだが、あれは触れないと効果が発揮できない。
通路の先から現れたのはケイブトロル、俺のダンジョンにも棲んでいた中級モンスターが3匹だ。敵もこちらをすでに認識して戦闘態勢に入っている。
ザオウがミスリル刀を滑らかに抜き放ちながら前に進み出た。
「ここは拙者が。ザオウ・バルモルド、推参」
告げ終わる前に、トロルが手に持った棍棒を振りかざして突進する。
ザオウは落ち着いた動作で振り下ろされる棍棒をかわし──流れるように背後にすり抜けた。
「グガ……ァ?」
振り返ろうとしたトロルはその動きに下半身がついてこないことに気づいて呻き声を上げかけ、果たせずに上半身がずり落ちていった。
斬られたことにすら気がつかないほどの剣の冴え。
「……良い刀だ。さすがはダールどの」
口の端を吊り上げるザオウに向けて今度は2匹のトロルが同時に攻撃を仕掛ける。
当たればただでは済まない威力の攻撃を左手で軽くいなし、お互いにもつれるトロルたちをまとめて叩き斬った。
「この程度では試し斬りにもなりませぬな」
素振りで血を払い、布で拭き取って納刀する。
「……つ、強いわね……出る幕なかったわ、あたし」
剣を抜いた格好のまま所在なさげなルーリアが呟く。
俺も以前苦戦した相手だったんだが、瞬殺か。
「拙者も殿のおかげで少しはマシになれましたかな」
「……俺の?」
なんもしてないけど。
「異国の達人たちの映像──その優雅でありながら猛々しい動きは、ただ荒っぽい戦い方しかなかった拙者には衝撃でした」
時代劇の殺陣かよ。
……あれは達人じゃなくて役者なんだが……まあ強くなったならいいか。
「! また敵よ!」
戦闘音を聞きつけたか、奥の方から複数の反応が近づいてくる。
ウゾウゾと現れたのはジャイアントリーチ。体長1メートル近い巨大ヒルが数匹こちらに向かってきた。
「よし、コレットの出番じゃな。成果を見せてみよ」
「はい、ディアさん!」
いつのまにか現れていた妖精に力強く頷くコレット。
コレットはワンタッチでベルトを外して俺を下ろし、両手を前に突き出して小声でなにかを呟く。精霊語らしい。
俺がディアから聞き出してコレットの内部で構築した精霊魔術の基盤システム。
基盤を介して精霊語により精霊を呼び集め、魔力で精霊体を具現化する。
「出でよ、ファイア師匠!」
掛け声と共に発生した炎が集中し、生み出されたのは──炎で形作られた──ハニワだ。
ハニワの楽しい仲間たちがポポポポーンと生み出され、両手を振り上げながら魔物に向かって走る。
「爆ぜよ、ファイア師匠!」
ドドドドーン。
炎のハニワたちのバンザイアタックによってグロモンスターは粉々になって飛び散った。
「うむ。まだコントロールが甘いが、上出来じゃ。よくやったのう」
「えへへ、ありがとうございます。師匠、どうですか!?」
得意げに振り返るコレット。
自分の姿が敵に突撃して爆発四散するところを見て喜ぶとでも思っているのだろうか。
「おまえ俺のこと嫌いだろ」と言いたくなるところをグッとこらえて一応褒めておく。
「……うん、強いよな。序盤中盤終盤、隙がないと思うよ。……でも、ハニワはやめないか?」
「えー、かわいいのに……」
コレットは頰を膨らませる。
なんかステラに毒されているような気がしてならない。この娘の行く末が心配だ。
「……あたしの出番は?」
ルーリアが剣をぶら下げてなんか寂しそうにしている。
よしよし。俺は君の味方だよ。
──────
そんな感じで危なげもなく2層、3層を突破、4層に降りた。
良いペースだ。これならダンジョン内でキャンプすることもなく日帰りでいけそうだな。
「敵が強くなってきたわね……あなたたちと一緒じゃなかったらここあたりがあたしの限界ね。正直、あなたたちがこんなに強いと思ってなかったわ」
倒したドレイクの鱗を剥ぎながらルーリアが呟く。
下位の竜種であり、中級に分類される中でも強力な魔物だ。鱗は防具などに有用な素材なので高く売れる。
「そう言えば俺も自分の強さがよく分からんな」
ドレイクは人間だった頃の俺にはとても手が出せる相手じゃなかった。肉体を失って強くなったというのはなんとも皮肉な話だ。
しかし、俺が全体としてどれくらいの位置にいるのかは未だによく分からない。
中級の上の方であろうドレイクは敵ではなかったが、王国でトップクラスの強さを持つであるレダードには勝てる気がしないことを考えると、上級の下の方といったところか。
それを測るためにレベルを可視化したはずだが、ベースとなっているクレイゴーレムの性能のせいで結局よく分からないんだよなあ。
「師匠は、誰にも負けません!」
「殿が負けるところは想像つきませぬ」
コレットとザオウがヨイショしてくるが……うーん、多分死ぬ時はあっさり死ぬぞ俺。
だからこそ奇襲には最大の警戒を払っているわけで……ほら、新しい反応だ。
マップにマーカーが表示され、全員同時にそちらを目を向ける。
通路の先から現れたのは、人間だった。
もう一人に肩を貸し、引きずるように歩いている。
その男はこちらの姿に気づき、片手に持ったクロスボウを構えかけた。
「待ってゲイル、あたしたちは敵じゃないわ」
ルーリアの姿を確認した男はホッとした表情で武器を下ろした。顔見知りか。
「ルーリアか……人狼はここで会うにはおっかないぜ」
「なにがあったの? そっちは……ジャック?」
ゲイルと呼ばれた男は顔をしかめ、言葉を絞り出した。
「……2人、殺られた。もう1人も行方不明だ。ヤバいのがいやがった。あいつら突然……」
ゲイルが話している途中で急にマップ上に赤いマーカーが現れる。
──後ろだ!
「殿!」
ザオウが抜き打ちで俺の背後を薙ぐ。
振り返ると黒い狼のような獣が斬り裂かれて地に落ちるところだった。
「こ、こいつら! 追ってきやがった!」
周囲にポツポツとマーカーが増えていく。
俺の『領域』の探知をかいくぐってきたか。
音もなく姿を見せたのは倒したのと同じ、炎のように揺らめく黒い毛並みを持った狼だ。
「シャドウビーストか」
ザオウが呟く。
聞き覚えがある──俺もアーカイブを検索して情報を取得する。
アバンドンドに生息する半霊半獣の魔物──魔獣。
影の中に潜む魔法で獲物を待ち伏せし、狙った相手はどこまでも追跡して喰い殺すとして恐れられる、凶悪な魔物だ。
それが、8匹。
「ザオウ、諦めるように言ってやってくれないか?」
「こやつらにとっては我々も餌でしかありませぬ。アバンドンドに住む者たちの恐れの対象。狙われればどちらかが死ぬまでやりあうしかござらん」
「……最悪ね」
ルーリアは最後に現れた個体を見て苦々しげに言った。
巨体──他のものより倍以上、3メートルを超えるような体躯。
闇の中でも威圧感を放つその個体にはある種の神々しささえ感じられた。
「アルファか」
「……おそらく」
ザオウも恐れるほどのシャドウビースト種のボス、アルファ・クリーチャー。
間違いなくあの大蜘蛛より強いだろう。
「……来ます!」
コレットが弓を構え、叫ぶ。
魔獣たちは一斉に飛び掛かってきた。
ゲイルを挟んでザオウとルーリアが左右に展開して突進を弾き返す。
「ぬうっ!」
「くっ!」
最初の一刀によりザオウの技量を脅威と見たか、4匹もの魔獣が素早くザオウを取り囲んだ。
影に溶けるように潜り、死角から現れて交互に一撃離脱。徐々に追い詰める戦法らしい。
まともに一撃を受けることはないが捉えられない。
ルーリアの方にも3匹。
まずいな、ルーリアでは捌き切れない。全身にかすり傷が増えていく。
「コレット、ルーリアを援護しろ。隙を見て精霊魔術で数を減らしていけ」
「はい!」
コレットが放った矢が命中した魔獣は影に潜り、今度はコレットの死角から現れて襲いかかる。
それを察知したルーリアはコレットと体を入れ替えて受け止めた。
2人ともアンザイレンのパーティー機能に対応できている。悪くないコンビネーションだ。
「そいつらは任せた。俺は……」
目の前の巨体を見上げる。
アルファは静かに立っているが、傍観しているわけではない。煩わしげに俺を見下ろしている。
一番警戒すべきは、アルファの動きだ。
動きを封じられたザオウやルーリアに飛び掛かられたらひとたまりもない。
……俺が囮になるしかないだろうな。
一発食らえば間違いなくティウンティウンするわけだが、こいつが相手なら誰でも似たようなものか。
「また貧乏くじだな……」
俺は『Code-X』の全機能を解放した。
『変形』スキルで体に取り込んだ魔神石の破片が反応し、周囲の空間に展開された魔法陣が俺を包むように輝きを放つ。
ちょうどいい。
レダード並みの相手を想定して作ったシステム、こいつで試してみるとしよう。




