41話 はぐれ冒険者、ダンジョンに散る
松明を手に3人は暗い通路を進む。
残念ながらリンツは光明の魔法を扱えないらしい。
トイは手元の頼りない明かりをかざしながら、冷気すら感じるような闇の深さに身震いをした。
リンツが探知魔法を使い、迷路のようになっている通路を着実に進んでいく。
「私の探知魔法によるとこの先に大きな魔力反応があるが……壁や地面に小さな反応も無数にある。警報の魔法がかかっているかもしれない」
「ど、どうするんだ!?」
「フッ、見ているがいい」
リンツが呪文を唱えると影の手が伸びて壁に潜り込む。
彼の得意とする闇属性魔法は動きや能力を封じることに特化しているのだ。
「『影手』……これで魔法を無効化できる。魔法的トラップがあったとしても私の前では無意味だ」
さすがに上級パーティーの一員だっただけはある。その腕は確かなようだ。
「そういえばアルフィンの奴はどうなったかな……」
トイはダンジョンと魔術師の組み合わせで一人の男を思い出した。そう、彼が行方不明になったのはこのダンジョンだったのだ。
「トラップに引っかかったんだ、自業自得さ。こっちだってストーンゴーレムにルーリアがやられて危なかったろ」
「簡単にかかるほど迂闊な奴には見えなかったがな。クザンのせいだったんじゃねえのか」
「そうかもな。だがあの古代魔術ってのか? あれにゃあ実際オレらもイライラさせられただろ」
「ああ、レイドの時にも話していた男か。古代魔術など実践するものではないからな」
「だからって見捨てることは……おっ、扉があるぞ」
通路の途中に頑丈そうな石の扉を発見した。
トイが軽く確認したところ、トラップはなさそうだ。
「この奥から大きな魔力反応を感じる……ダンジョンコアかもしれん」
「開けるぞ、マルゴ」
意外と軽い扉を開き、中に入る。
内部は洞窟じみていた通路と違い、人工的に整えられた部屋となっていた。
「明るいな」
「間違いない。ダンジョンコアが作り出した魔法部屋だ」
太い柱が邪魔で見通しは悪いが、天井に埋められた光る石のせいで部屋は明るい。
「魔力反応は奥の方からだ」
リンツの言葉に従い柱の陰になっている奥の方に目を向けると、赤いものがチラリと見えた。
「しっ、なにかいるぞ……」
トイが後ろの2人に黙るよう合図をすると、マルゴは愛用のメイスを構え、リンツも呪文詠唱の準備をする。
固唾を飲んで目を凝らす3人。その目の前に、柱の陰からひょっこりと顔を見せたのは──赤い小さな人形だった。
低い頭身に短い手足、顔に当たる部分には3つの黒い穴が空いている。
「……ハニワ?」
そう、ハニワの形である。
かつて為政者や貴族の墓に納められた副葬品であり、古代墳墓の遺跡においては墓を守るゴーレムとして動くこともあるらしい。
だが、なぜ赤い──いや、赤く塗られているわけではない。その表面は揺らめいていた。
「これは──火、か?」
リンツが呟いた瞬間、柱の影から同様のハニワが大量にドバッとなだれ落ちてきた。
ドドドド……!
10、20──まだまだ増える。
床に倒れこんだハニワたちは──起き上がると、3人の方にまっすぐに走ってくる。
すぐに前方の視界が炎に埋め尽くされた。
「……な、なんかヤバい! リンツ、なんとかしろ!」
「『奈落の淵、静寂の……』、あ、待て……ウギャアアアア!」
呪文の詠唱は間に合わない。
リンツは増え続ける炎ハニワの波に飲まれてすぐに見えなくなった。
トイとマルゴは入り口めがけて一目散に駆け出していた。
体当たりするように扉を開け、背中で押さえつけた。
扉越しに断続的な衝撃を感じながら必死で押さえ続ける。
「リンツが……」
「奴はもうダメだ。それより見たか? あの柱の奥──女の子が火炙りにされているのを」
「あのハニワがか?」
「ああ。数え切れないほどの燃え上がるハニワが少女を火炙りにして踊り狂っていた。そのそばに小悪魔のようなものが飛んでいるのも見た」
「……いったい、どんな恐ろしい儀式をしていたっていうんだ……」
トイはゴクリと唾を飲み込んだ。
そうしているうちに、いつしか扉の衝撃は止まっていた。
恐る恐る扉を離れる。
今となってはこの石の扉が地獄の扉にしか見えない。
「……どうする、開けてみるか……?」
「消し炭になったリンツを回収するためにオレたちも焼肉になるのか?」
「だが、アイツがいなければダンジョンコアの制御など……」
トイがマルゴの方を振り返ると、マルゴは天井に向けて音もなく飛んでいくところだった。
「……マルゴ!?」
否。
むろんひとりでに飛んでいったわけではない。
顔を真っ赤にしながら声も出せずもがくマルゴの首と肩にはうっすらと白いものが絡みついていた。
(──糸?)
さらに上に目をやると、一瞬8つの光る目が見えた。
リンツが昇天するような格好で天井の穴に吸い込まれると、パタリと音を立てて閉じる。
暗闇は静寂に包まれた。
松明の爆ぜる音だけが虚しく響く。
なにも分からぬ間に2人が消えてしまったのだ。
「マルゴ……リンツ……あ、ハハハ。これは夢か……」
半泣きで笑うトイは来た道を戻ろうとして──フラリともたれかかった壁がくるっと回転し、その向こう側に倒れこんだ。
「うわっ!?」
隠し扉の向こうの滑り台を悲鳴を上げながら滑り落ち、床に投げ出された。
「いつつ……なんだ、隠し部屋……!?」
周囲からかすかな呻き声が聞こえ、顔を上げると──巨大な植物のツタに全身を絡まれて干からびた男たちの姿が目に入った。
「ひぃっ!? こ、こいつらは……!?」
「……お前のように、禁止区域に足を踏み入れた冒険者の成れの果てよ」
背後から聞こえた声に振り返る。
暗闇の中にぼんやりと浮かび上がったのは──ハニワの仮面をつけた大男の姿だった。
「死して屍拾う者なし──」
いや、ただの男ではない。全身から獣のように毛を生やし、その腕からはぬらりと妖しい光を放つ長い爪が伸びていた。
「拙者はザオウ丸……人呼んでダンジョン退屈男」
「うああ……く、来るな……!」
獣のような大男がゆっくり歩み寄り、トイは這うように後ずさる。
ドン。なにかにぶつかった。
恐る恐る顔を上げると──それは見知った一人の男であった。
「ク、クザン!?」
微笑みを浮かべ立っていたのは、行方をくらました彼らのパーティーリーダー、クザンその人である。
「トイ……大丈夫だ、心配いらない」
「なぜここに……まさか、オレを助けに……!?」
クザンはにこやかに頷くと、驚くほどスムーズにトイを縛り上げた。
「お前はとっくに別の町に逃げたものだと……って、なんでオレを縛るんだ?」
事態を飲み込めないトイ。
クザンは縛りつけたトイを巨大植物の上に吊るし上げた。
「……お前も我らの一員となる。そして共に働くのだ──我らが殿のために」
茫然自失のトイの眼前で巨大植物がくぱぁ、とその口を開いた。
中からいくつもの触手が蠢き、身動きの取れないトイに絡みつく。
「う、う……アッーー!!」
そしてそれが、『今の』トイが見る最期の光景であった。
──────
新たな苗床をマンイーターに吊るし上げた後、ザオウは近くの端末に報告する。
「……殿、侵入者を捕えました」
『……ルーリアから報告があった奴らは3人だったな。それで全部か』
「はっ。コレットの精霊魔術の練習に巻き込まれた男と、ビートの餌になりかけてた男とコイツで全部です」
『ほぼ自滅じゃん……まあこれで懲りるだろう。ちょっと搾った後、少し休ませてから帰してやれ』
リンツの魔法で狂わされた端末はすでに復旧していた。
端末はネットワークを通じて相互にバックアップ、および死活監視をしており、ダウンすれば自動的に復旧処理を行う。
自動復旧機能。ファンタジー用語のようだがれっきとしたシステム用語だ。
ルーリアからの報告がなくても端末に異常があった時点でアルフィンの『Code-X』には通知が来ている。ホワイトキギョーの侵入者対策は完璧である。
「御意。ついでにもうおイタはできないように教育しておきましょう」
『少し休ませる』。その意味を人狼はよく知っていた。彼らのボスの意図と違うのは知らないが。
3人の冒険者は決して這い上がることのできぬホワイトキギョーの深淵に落ちていった。
深淵を覗く者は──深淵にもまた、見られているのである。
こうして3人の新たなホワイト企業戦士が生まれたのだった。




