40話 はぐれ冒険者、ダンジョンを巡る
「さて……どこから見るか」
トイは周囲を見回す。
まず目に入ったのは、剣と盾が描かれた看板だ。鍛冶屋だろうか?
「『ダールの鍛冶屋』か。……うん?」
看板の店名を読み上げた途端、中から全身を覆うほどの白髪と髭の小さな老人が出てきて看板をひっくり返すとすぐに店内へ引っ込んでいった。
看板の裏には『エンテの道具屋』と書かれている。
「……どっちなんだ」
店頭にはゴミのようにバケツに武器類が突っ込まれており、『失敗作につき大特価・一個5,000ゴル』と書かれている。
「特価って割に高いな」
「いや、結構良さげに見えるぞ。本当に失敗作なのか?」
『目利き』スキルを持つマルゴはそれらが今まで見たどの武器屋よりもよく見えるのだが、とても5,000は払えない。
「一個かっぱらっていくか……?」
トイが小声で呟くと、背後からとててて、と何かが走ってくる足音が聞こえた。
(子供……?)
振り返った瞬間、顔面に強烈な痛みが走る。
「にゃっ!」
「ぐわっ!」
小柄な襲撃者はそのまま走り去っていった。
「ぐおお……な、なんなんだ……」
抑えていた手を離したトイの顔面には3本の線が綺麗に入っていた。
「……そこに注意書きがある」
リンツが示した張り紙にはこうある。
『盗んだ者は10日間爪研ぎ係の刑』
「……まだ盗んでないのに……」
トイは理不尽に思いながら鍛冶屋だか道具屋だか分からない店を離れた。ここは危険だ。
「えーと、次は……」
3人が田舎から都会に出てきたばかりのようにあたりを見回していると、通りがかった冒険者たちの会話が耳に入った。
「……ジャック、お前荒稼ぎしてるらしいな……」
荒稼ぎ──内容が気にかかり、さりげなく足を止めて盗み聞きすることにした。
「ああ、ボブ。オレは休みなしでダンジョンに潜り続けてるからな。新技『光神月輪剣』も身につけたぜ」
「技はいいけど、休みなしで大丈夫なのか?」
「その秘密は、こいつだ」
うそぶく冒険者が取り出したのはガラスの小瓶だった。
黄色のラベルには黒でハニワのイラストが描かれている。……ドクロのようにも見え、なんとも奇怪な薬である。
「こいつを1本飲めば、24時間はぶっ続けで戦えるのさ」
「マジかよ! そんなものまであるとはさすがホワイトキギョーだな!」
「あの宿屋の売店で売ってるぞ。今は犬耳の子供が店番してるが、エルフの娘がいる時に買いに行くぞ」
「お前その娘が目的なんじゃ……」
話しながら通り過ぎていった冒険者の示した先を見ると、扉にかけられた看板にはやはりハニワの絵と『宿屋ホワイトキギョー ご宿泊80ゴル』という文字が書かれている。
80ゴルは宿屋としては割高だが、ダンジョン内ということを考えればボッタクリとは言えまい。妥当なところだ。
その扉が突然開き、3人は慌てて顔を伏せつつチラリとその人物を確認する。赤毛をポニーテールにした少女は見覚えのある顔であった。
(……ルーリアだ)
元クザンパーティーの紅一点、ルーリアである。
今回の件でギルド長の娘ということが知れ渡り、クザンが騙してパーティーに誘ったことを知っているトイとマルゴにとっては顔を合わせるのが気まずい。確実に目的を問い質されるだろう。
(ダンジョンにいるとは聞いてたが……気まずいな)
(……私にとっては気まずいどころではない……)
背後からルーリアの自由を奪った張本人であるリンツは2人よりもさらにまずい。確実に恨まれている。
ルーリアは中級冒険者の中でも実力ではトップクラスの魔術剣士だ。専門魔術師であるリンツなど正面からでは軽く捻られてしまう。
「…………」
ダンジョンに行くとは思えないラフな格好のルーリアはこちらを一瞥したようだがなにも言わずに立ち去っていった。
「……気づかれなかったようだな」
リンツが安堵したようにため息をついた。
「早くコアを探そうぜ」
「……あれはなんだ?」
「マルゴ、遊んでいるヒマは……なんだ、あれ」
マルゴの視線の先には2つの台座のようなものがあり、その前で冒険者がなにやら上機嫌で話していた。
興味をかられた3人は冒険者たちが去った隙にその台座に近寄ってみた。
台座は斜めになった石碑のようだが、魔法による映像で説明文が表示されている。
「なんだこれ、すげえな。魔道具か? えーと……『ステータスチェックシステム』……『コインいっこいれる』?」
横にはコインを入れる穴が開いている。
3人は顔を見合わせ、恐る恐る10ゴル硬貨を投入した。
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トイ
レベル 15 45位 / 106人中
HP 188 / 188
MP 81 / 81
STR 14 AGL 17 MAG 8
適性:光3
罠感知 持久力 危険感知
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「これは……オレの能力ってことか?」
「数字で能力が確認できるってことか。これは面白いな、鍛えるのが楽しくなりそうだ」
「順位も出ているのか。ふむ、私は……24位だと!? そんなはずはない! オーパスでは10位以内には入っているはずだ!」
「他の奴らはこれで確認しながらダンジョンで鍛えてるんだろう。どんどん置いていかれそうだな……」
悔しがっているリンツを見るに、順位が確認できることで競争心を煽る効果もありそうだ。よく出来ている。
「ダンジョンコアを奪えればこれもオレらのものか。ワクワクしてきたぜ」
興奮した様子のマルゴだが、トイは逆に不安になってきた。
このような斬新な発想を持ち、それを実現できる魔術師──『魔王』相手にダンジョンコアを奪うなどできるのだろうか。
そうしてダンジョン街を一通り見て回り、ついにそれを発見した。
ひとけのない通路──看板には『関係者以外立ち入り禁止』と書いてある。
「ダンジョンに立ち入り禁止もあるまい。きっとこの先だ」
奥は明かりが届かない暗闇だ。
トイはその中からただ事ではない気配を感じ取り、冷や汗が頬を伝った。
「今ならまだ引き返せるぞ……」
「怖気付いたか、トイ。オレは行くぜ。上手くいけば冒険者なんて廃業しても釣りがくるってもんだ」
「ここまで来て手ぶらで帰れるものか。この私を信じろ」
「……チッ、行くさ。お前らの覚悟を聞いただけだ」
3人はダンジョン『ホワイトキギョー』の暗部へと足を踏み入れていく。
不安と期待を半々に胸に抱きながら。




