38話 四魔聖・火のディアドラニクス
ウオオオオ!
紅蓮の炎が視界を舐め尽くす。
のたうち回る俺の眼球が蒸発し、全身の皮が剥がれ落ち、肉を焼き、骨を溶かす。
……という幻覚を見るくらいの凄まじい炎が過ぎ去った後、俺は普通にそのまま立っていた。
──なんともないぜ!
体があったなら心臓バクバク、冷や汗だくだくだっただろうが、幸いにしてここは精神世界である。
できるだけ平静を努め、当たり前のように言い放つ。
「……どうした? 今なにかしたのか?」
「な……なぜ焼けん!?」
炎の巨人はデカイ図体で激しく狼狽する。
ハッタリが効いてるようだ。本当はこっちが聞きたい。
「俺がこれまで経験した炎上案件に比べればこんなの屁でもないということだ」
「……そんなわけがあるか! くそっ、貴様……精神の成り立ちが違う──分かったぞ、異世界生物だな! わしの攻撃が通用せんとは……」
ちっ、ハッタリがバレたか。
にしても異世界生物って──もうちょっと言い方はないのだろうか。
「ぬう、気に食わんが……これ以上は宿主に悪影響か」
炎の巨人は意外に物分かりのいいことを言うと、シュルシュルと縮んでいく。
シュルシュル……俺と同じサイズになってもまだ縮む。
必要以上に小さくなった巨人は手のひらサイズになってしまった。
背中に虫のような羽のついた少女──妖精族、か。
「実体はずいぶんかわいらしいんだな」
「……ふん、ハニワに言われたくないわ」
もっともな話だが、今は人間の形なんだが……
とすると、ハニワの俺を知っている?
「コレットの目を通して貴様のことは見ていた。わしの力を勝手に使いよって。失礼な男じゃ」
「『火蜂』のことか。その節はどうも。おかげで助かった」
「……意外に殊勝じゃの。ふん、許してやってもよい」
ふんぞり返る妖精。
いきなり焼き殺そうとしたくせに……とは言わないでおこう。
「それで、あんたは?」
「わしは四魔聖の一、火のディアドラニクス。こんなにかわいらしくても千年を生きておる。わしを呼ぶ時は『様』をつけろハニワ小僧」
誰がデコスケか。違うか。
「それでそのディア……ちゃんはどういう存在なんだ?」
「……様をつけるどころか勝手に略してちゃん付けとか、貴様わしを舐めておるな?」
「そんなことないです。ディア……様」
まあ手を出せないみたいだし、ヘーコラする必要もないだろう。決して名前を覚えられなかったわけではない。
「ぐぐ……落ち着け、わし。すーはー、よし。わしは名乗った通りの存在じゃが、無学な貴様にはそこから説明せんとわからんようじゃな」
「四魔聖とは?」
「魔王ルーインダルヴの側近──各種族から選ばれた代表の4人。今ではその名すら伝わっておらぬようだが」
ルーインダルヴって──俺のダンジョン、そんな名前だったような。魔王の名前は現代に伝わっていないが、魔王の名を冠するダンジョンだったのか。
「俺の知る話だと……魔族を率いる魔王が他種族を滅ぼすべく戦争を起こし、他の種族が結託して対抗、神に選ばれた勇者たちが魔王を倒して世界は平和になった、ということになっている」
「……それが平人に伝わる話か。はっ。裏切り者が、盗人猛々しい。わしらが他種族を滅ぼそうとしたことなどない。魔術を編み出して他種族に伝えたのは、他ならぬ魔王なのだからな」
自らの正当性を力で押し通そうとすることで戦争が起きる。
必然的に歴史では勝者が正義だったことになるわけだが、実際はそう単純ではないのだろう。
「あんたの言う魔術って、俺の使う古代魔術のことか?」
「わしらにとって魔術とは唯一それのことじゃ。図形を描くのはもっとも基本的な使い方じゃが、それだけではない。平人の詠唱魔術も、エルフの精霊魔術も、発動方法が違うだけで根底で使われているのはわしらの魔術に他ならない。わしらが各種族の特性にあった魔術基盤を作って伝えたのよ」
むう、魔術談義も嫌いではないのだが……
話を戻そう。
「あんたはそもそもなんでコレットの中にいるんだ?」
「わしは魔術によって不死を得ておる。わしに反旗を翻したエルフどもは、その中で最も強い力を持つ精霊の巫女に封印して蘇りを封じることにした。それでわしはずっとこの精神世界に幽閉されることとなった」
「コレットが? 精霊の巫女? ハーフなのに?」
「母親から継いでおるのよ。巫女の力と共にわしの封印もな。だがハーフエルフが封印を継いだことで効力が弱まり、封印に穴が開いた。それでようやく外の様子が分かるようになったということじゃ」
「それまでは、ずっとこの空間に1人だったわけか……」
「ど、同情などいらぬわ!」
同情の視線を向ける俺に、顔を真っ赤にして怒るディア。
「じゃあエルフを──コレットを憎んでいるのか?」
「エルフが憎いのは変わらんが、コレットは──生まれてからずっと、見守ってきた。娘のようなものじゃ」
なるほど。コレットの目を通して外を見ているわけだし、感情移入するのも自然か。
「じゃあ、コレットが魔術を使うのを邪魔するのはやめてくれないか? 彼女は強くなろうとしているんだ」
「それとこれとは別じゃ。わしらを裏切った平人どもの詠唱魔術にわしの魔力を使うなど我慢できることではないわ。それに、意識的に邪魔してるわけではない。わしの怒りが勝手に暴れてしまうのよ」
結局は感情論かよ。
「だったら、詠唱魔術じゃなければいいわけだ。例えば、精霊魔術──も、エルフが嫌いならダメかな」
「うむ……精霊魔術ならまあ──わしが開発したものだし」
「え、そうなのか。じゃああんたが教えてくれれば解決だ」
「それができればな。封印の壁があるからここからコレットと意思疎通はできん」
「それに関しては考えがある。これだ」
俺は懐からひみつ道具を出す。
テッテレテッテッテーテーテー。
「……なんじゃこの箱は?」
「『Code-X・エージェント』だ」
この箱はもちろんコンピューターをイメージしたものだ。その後ろからはケーブルが外に向かって伸びている。
このマシンに入っているのはエージェント型のオーケストレーションツール、と呼ばれるソフトだ。
対象にあらかじめインストールしておき、名前の通りに俺の代理で様々な操作を行わせる。情報収集やソフトの構築・配置など。
外からでは権限がなくてできないようなことも内部に置いたエージェントならば可能だ。
コレットに師匠と呼ばれてしまった俺だが、正直口頭で教えるのは面倒なので考えていた方法だった。
俺の方でさっさとコードを書いて送信、コレットの内部でビルドする。
あとはそれを運用して慣れてもらう。昔からプログラマーの教育方法なんてOJT──「習うより慣れろ」と相場は決まっている。
「……なるほど。異世界生物だけあって、わしらの知らぬ概念があるようじゃな」
せめて異世界人て言ってくれないかな……
ただでさえ動くハニワという謎生物なので、人扱いしてもらわないと人だってことを忘れそうだ。
「じゃあ、そろそろ戻る。人の精神内にずっといるのは心臓に悪い」
「くくく、今もしコレットがその命綱を切る気になったらお前は永遠にこの中じゃな。……いや待て、お前とずっと一緒にいるなどわしはごめんじゃ。さっさと帰れ」
つれないなあ……ん? そうだ。
「ひょっとしたらだが、あんたもこの『呪線』を通って外に出れるんじゃないか?」
「…………」
俺の言葉に、呆けた顔をするディア。
気づかなかったのか……
「……精神体を外に出すことは可能そうじゃな。だが、肉体もないし力は持っていけない……」
「なら、つべこべ言わずに一緒に出ろ。本当はコレットと話したいんだろ」
何故かモジモジしているディアをがしっと掴んで呪線を手繰る。
「あっこら、待て! 心の準備が……! ひ、人攫い──!」
誰が人攫いか、失敬な。
俺は妖精を掴んだままコレットの精神世界をおいとました。
──────
「師匠、ご無事ですか!?」
「アルフィン、平気なの?」
目を覚ますと、目の前にはコレットとステラの心配顔があった。
「ああ、俺は平気だ。コレットも暴走は収まったようだな」
「は、はい。一体なにが……」
一緒に出たはずのディアは……ああ、いたいた。
コレットの尻の陰にコソコソと隠れようとする半透明の妖精を『呪線』でかんじからめにして捕まえる。
「は、離せ、無礼者ー!」
「妖精族ね。精神体みたいだけど」
真面目モードのステラに、俺も頷いて答える。
「この羽虫──じゃなくて妖精は、偉大なるヨンマセイの一人、ディアボロ様だ。これが寄生していたせいでコレットの魔力は暴走していたらしい」
「き、寄生……?」
「ディアドラニクスじゃ、愚か者! 寄生とか言うな! 虫でないわ!」
「えーと……敵、じゃないんですか?」
「どうなんだ? デッドオアアライブ様」
「あー……う、うむ。コレット。わしはお前の敵ではない。ハニワとともにお前に精霊魔術を教えてやろう。ありがたく思うがいい」
「……ついていけてないですが、ありがとうこざいます」
コレットは釈然としない表情で礼を言う。
これでようやくコレットも魔術を使えるようになるだろう。
ディアも悪態をついてはいるが、外に出れて嬉しそうに見える。一件落着。
……しかし、魔王のダンジョンか。
なんとなく厄介ごとの種っぽい気がするのは気のせいだろうか。
俺の悪い予感は当たるんだよなぁ。




