37話 サイコダイブ
新設した魔術訓練室。
普通の訓練室と比べるとさらに広く、より強度を増してある。
仮に『火蜂』を出しても周囲に被害が及ぶことはあるまい。
DMPはそれなりに消費したが、強大な魔力を持つコレットが魔法を使えば、それだけ多くの魔力が零れてダンジョンに吸収される。長い目で見れば元が取れるのだ。ぐふふ。
「ダンジョンの方はひと段落したことだし……本格的に魔術の修行に入る。言った通り、魔力操作の練習はやってたな?」
「はい、師匠!」
元気良く返事をするコレット。
だが、横目でチラリと部屋の隅にいるステラの方を見て、口を尖らせる。
「……なんでこの人がいるんでしょう」
「あら、いけない?」
「わたしの属性は火ですし、氷のステラさんに教わることなんてないと思うんですけど!」
「アルフィンの古代魔術知識は大したものだけど、詠唱魔術なら私の方が長けてるのよ」
それを聞いたコレットは、鳩が豆鉄砲を食ったような顔で俺の方を見る。
「……わたし、詠唱魔術を習うんですか?」
「そうだな。俺の古代魔術は『幻視』というスキルがないと本領発揮できない。これは本来であれば役に立たない呪いスキルなんだが、俺はそれを利用して魔法を使う方法を編み出した」
「『幻視』をそんなふうに使えるなんて誰も考えたことはなかったわ。これはもうアルフィン独自の……『情報魔術』とでも呼ぶべきものかもしれないわね」
ステラには俺の魔術の仕組みをある程度話してある。
使ったらバレた、という方が正しいか。
さすが上級の魔術師であって古代魔術にも造詣が深く、幻視スクリーン上で発光した魔法陣によってバレてしまったのだ。
「だからお前には使えない。エルフであれば精霊魔術を習うのが筋だろうが、それは俺たちも知らないから教えられない」
「コレットちゃんはハーフエルフだから、詠唱魔術を使える可能性があるわ。だから私が立ち会うことにしたのよ」
「一応俺も学院で習ってるから教えられるが、細かいところはステラに助けてもらった方がいいかと思ってな」
俺が、というより、コレットの話をしたところステラがノリノリで助手に名乗り出たのだが。
むむむ、とコレットは不服そうに唸る。
「へー、師匠とステラさん、いつのまにかそんなに魔術談義するほど仲良くなってたんですねー……ふーん……」
「妬いてるのかしら、お嬢ちゃん?」
「……そっそんなことないです! それにお嬢ちゃんじゃないです。ハーフエルフですから」
「……いくつなの?」
「聞いて驚かないでくださいよ……なんと今年で20歳です!」
「……私の方が年上だけど」
……反応に困る微妙な数が出たぞ。
あとステラは20過ぎてると。メモメモ。
「ハーフエルフだから成長が遅いのかしら?」
「……ハーフエルフの成長はエルフと違って人族と同じくらいらしいですけど…… あれ? わたしひょっとして小さいですか……?」
「……まあ、関係ない雑談はそのへんにしとこう」
なんか哀れになってきたし。
「まず、あの時みたいに魔力を練ってくれ。その状態を維持しつつ呪文を詠唱すれば発動できるはずだ」
本当はそれだけではなく、詠唱しながらの魔力調整が必要になる。
これはセンス次第であり、属性が合っていても人によって扱える魔法は違う。とはいえ初級魔法ならば駆け出しでもぶっつけでできるくらいなのでそう難しくはない。俺にはできないが。
「はい! ……こう、ですね?」
コレットが腰を落として踏ん張ると、空気が張り詰め、蜃気楼のようにゆらり、とその姿が揺れる。
……練るだけで視覚に影響を及ぼすとは、やはりとんでもない魔力だ。なにも感じないはずのハニワの肌がピリピリと痛い気さえしてくる。
「……とんでもない魔力ね」
部屋の気温が上昇し、ステラもうっすらと汗をかいている。温度のせいだけではないな。
「出し過ぎだ、もう少し抑えて……そうそう。で、呪文を復唱してくれ。『源より来たれ。我に火を』」
詠唱魔術、火属性初級『発火』の呪文だ。
呪文は魔術語なので、勉強してないコレットには意味は分からないだろうが、発音さえなぞれば発動するのが詠唱魔術の特徴である。
「『源より来たれ。我に火を』……っ!?」
唱えた瞬間、コレットの魔力が目に見えて膨れ上がり、室内を炎が吹き荒れる。
「うおおっ?」
本来ならライターの火を大きめにしたものが一瞬ボッ、と燃える程度なのだが……やべえ、なんだこりゃ。
「と、とまらない──です!」
これは『発火』の効果ではあり得ない……別の存在の干渉がある!
ダンジョンにはそれらしい反応はない。
とすると……コレットの中しかないだろう。
「悪魔憑き……!?」
俺と同じことを考えたらしいステラが呟く。
この世界でも悪魔憑き、という言葉がある。
人に取り憑く存在──悪霊や精霊、あるいは神。
コレットの持つ強大な魔力も中に宿る何者かのものだったのだ。
魔術によりそれを引き出したことで外に出ようと荒れ狂っている、というところか。
「ど、どうしましょう……!?」
コレットは必死で抑えようとしているようだが、その表情を見るに、長くは持ちそうもない。
気を失いでもすればこの炎は本人を焼き尽くしてしまいかねない。
俺も焼成されて焼きハニワになってしまうだろう……なんかそれは大丈夫そうな気がしてきたぞ。
「……すまん、気づかなかった俺のミスだ。一か八かになるが、ちょっと試してみよう。今から俺がすることに、一切抵抗するな。いいか」
「──はい、お願いします、師匠!」
コレットは信頼しきった目でこちらを見つめている。裏切れないよな。
「『呪線:接続』!」
俺から伸びた一本の光る糸がコレットの胸に突き刺さる。
「──っ!?」
一瞬驚いた表情を浮かべるが、すぐに俺の言葉を思い出し、糸を受け入れた。
よし、いける!
通常、人間の精神というのは強固な防壁を持っており、外部からの侵入は自動的にはじき返してしまう。目に見えない攻撃はなおさらである。
そこでまずは物理的な干渉力を持たない魔法の糸を視覚化して受け入れさせることでハンドシェイクを行い、接続をキープした上で糸を通してコレットの精神に入り込む。
SFでおなじみ、精神潜行だ。
魔法学院で学んだこと、古代魔術のアーカイブの情報と前世の知識によって立てた仮説を元に試してみたが……なんとかうまくいきそうだ。
「アルフィン、大丈夫なの!?」
俺のやろうとしていることに気づいたステラが焦った様子で叫ぶ。さすが、お見通しか。
このサイコダイブ、基本的に『される側』が圧倒的に優位である。蟻サイズになって手のひらに乗ってる、とでも言えば分かるだろうか。
もしコレットがその気になれば精神支配や精神防御の魔法の使い手でもない俺など簡単に握り潰せる。そうなれば俺の精神は完全に滅びてしまうだろう。
「なんとかしてみよう。こっちの糸を持っててくれ、命綱だ」
ステラは真面目な顔で頷いた。
……ちょっと不安だが、信用するしかない。
俺はすべての感覚を閉じ、コレットの精神世界に潜行した。
一瞬のような、永遠にも感じるような──短く長いトンネルを抜けると、真っ白な空間に出た。
すぐに違和感を覚える。
その元は──視界に映る、自分の手だ。
人間の手!
そういや俺は人間だった。すっかりハニワづいていて忘れるところだったよ。
ここはコレットの精神世界を視覚化したものだ。
おそらくはコレットの記憶や意思を引き出して映像化したり言語化したりもできるだろうが、俺はあえてそれらをシャットアウトしている。
それをすれば本人にも分かるし、そこで咄嗟にでも防御的な反応をされてしまうと前述の通り俺がどうなるか分からないのだ。
今回の目的はコレットの内部に潜む別の存在だ。
魔法に干渉し、暴走させた原因がいるはずなのだ。それを探し──
ゴォッ!
強烈な圧力に、思わず目を瞑りそうになる。
俺の正面に突然巨大な炎が巻き上がり、一つの形を取った。
『……貴様! こんなところまでのこのこと来おって!』
数十メートルはあろう炎の巨人は俺を威嚇するように雄叫びを上げる。
『愚か者め! 燃え尽きるがいい!』
げっ……問答無用かよ!
巨人は仰け反って大きく息を吸い込み──その口から轟音とともに吹き出された爆炎が俺を飲み込んだ。
ああ──こんなところで、終わりか。
さらば、ダンジョンパラダイス。




