36話 ダンジョン宿屋開店
レイドの中止から10日──
「よし、こんなもんかな……」
取り急ぎ、ダンジョン内にアバンドンド開拓者や新ダンジョンに挑む冒険者向けの宿を作った。
俺が部屋を作り、オーパスから家具を購入したのだ。
前世のホテルのように豪華で近代的な感じにはしていない。
土肌剥き出しの壁に蝋燭。ちゃんとダンジョンらしい薄暗い雰囲気を保っている。俺は空気を読むハニワなのだ。
しかし仲間たちに改善案を募ったところ……
「師匠、光るブロックを天井につけてワンタッチで明るくなるようにしたらどうですかねっ」
「映像魔道具を各部屋に設置したいところですな。毎晩大河ドラマを流すのです」
……なんでお前らが現代技術チートしようとしてるんだよ!
ちゃんとファンタジー世界のルールに則ってうんぬんかんぬん。小一時間ほど説教してやった。
……まあスイートルームはそうすることを考えておこう。金が取れそうだ。
というわけでダンジョン宿屋は本日開店だ。
あ、名前決めてないぞ。
なんて名前にしようかな、うーん……
考えながら宿の外に出ると、すでに看板が掲げられていた。ハニワのマークと共に店名が書かれている。
「宿屋『ホワイトキギョー』ご宿泊80ゴル」
……ホワッツ?
ホワイト企業?
「これ書いたの誰だ?」
「あ、わたしです」
コレットが悪びれもせずに手を挙げた。
「ハニワの絵は無駄に上手いが……なんで店名がホワイト企業なんだ?」
「いえ、師匠よく言ってるじゃないですか、『ウチはホワイトキギョーだ』って」
自分でホワイト企業を名乗るとか逆にブラック臭凄くなっちゃうだろが。
うーん、そうか。そういう概念ないよな、この世界。労基もないし。概念がないなら他の奴にも分からないし、まあこれでもいいか……
あとは──あ、店員がいないじゃん。
コレットやダール・エンテには他にやってほしいことがある。
人狼には暇そうな奴はいるが……絵的にお客に塩を揉み込んで生クリームとか酢とか塗ったりしそうで怖い。人狼は狩りか警備係だな。
「ザオウ、ビッケは?」
「はっ。奴は開拓村の手伝いに向かわせております」
うーむ、まああいつも人相悪いしな。
どうしたものか……
「──お困りのようね!」
「お前はルーリア!」
「アルフィンがどうしてもって言うならあたしが宿屋の店員をやってあげてもいいけど!? か、勘違いしないでよね!」
なにをだ。
とにかくそんな感じでいきなり現れたルーリアが店員をやってくれることになった。
本当にいきなりだな。ビックリするわ。
ルーリア一人じゃ宿屋の管理は辛いので、責任者としてバイトを集めてもらうことにした。
新ダンジョンに挑むついでにタダで宿泊でき、バイト代まで出るということですぐに人手が集まった。ルーリアは女冒険者の間で人気があるしな。
宿屋だけじゃない。
冒険者が集まるということで、ダールとエンテには武器・道具屋を開いてもらうことにした。
「おう、任せとけぃ」
「10年ぶりじゃ、腕がなるのう」
なかなか頼もしいが、口が悪いので冒険者とケンカしないかは心配だ。
そしてもう一つ、薬剤調合の得意なコレットには薬屋を頼んだ。
「薬は作れますけど、ブランとジナに店番を頼んでもいいですか?」
「いいけど……アレにか?」
俺の示した方で魚を咥えて走り回るジナを追いかけるブランが通り過ぎていった。
「……薬の瓶を全部割られそうですね」
「うーん……薬屋の売店は宿屋のロビーに置いて、ジナはブランに見張ってもらいつつ宿屋のマスコットキャラにするか」
冒険者たちが爪研ぎに使われないか心配だが、ルーリアになんとかしてもらおう(丸投げ)。
それぞれの店は冒険者に需要があるし、腕は一級品だ。みんなにはこれでガシガシ稼いでもらう。
肉体を取り戻した後にグータラ生活を送るために、金はいくらあっても困らん。
もちろん、一番必要なのは肉体を取り戻すためのDMPである。
そもそもそうやってダンジョンを居心地のいい空間にするのは冒険者たちに居着いてもらいDMPを稼ぐためだ。
レイドのすったもんだで結局今のDMPは5,000弱だが、冒険者たちが来ることによって1日300ほどのDMPが稼げる予定だ。
このペースなら1年かからず10万となり、肉体が取り戻せる。開拓の支援にはケチケチ使うことにしよう。
ギルドとの約束を果たしつつ金とDMPも落としていってもらう。ギルド長レダードはこちらの出した好条件を喜んで受けたのだろうが、俺は別に譲歩したわけではない。これがこちらにとっても一番効率がよい方法だったのだ。
「おっと……客だ」
そんなことを考えていると、頭の中で警報が鳴る。
一定以上の強さの侵入者がダンジョンに入ったのだ。
ダンジョンの各所に埋め込んだ端末は無線アクセスポイントのように俺の魔力操作を経由、壁内の魔術通信網を通ってコアへの通信経路を開く。
ダンジョン内にいさえすれば常にコアとの相互通信ができるようになったということだ。
それにより確認した相手は見知った顔であった。
遠慮してか入口近くに留まったままなので出迎えに行くことにする。
「よう。状況はどうだ?」
ラウジェス王国の冒険者ギルド長、レダードは存外に気安い様子でハニワに向かって片手を挙げた。
「見てきたろ? とりあえず形にはなったかな」
「新ダンジョンの件は噂が広まってる。続々と集まってくるぞ」
「あんまり広まったら国に目をつけられそうだな……」
「取引やコアのことはちゃんと内緒にしてるぜ。レイドに参加した冒険者たちもなんとかごまかせた。お前らもほとんど姿を見られてなかったし、設置されてたトラップやらも盗賊どもの仕業ってことでカタがついてる」
捕まえた盗賊たちは搾れるだけ搾った後はギルドに引き渡してある。
アバンドンドの情勢や地理を聞き出すらしい。
「ああ、娘が世話になるらしいな。そっちもよろしく頼むぜ」
「こっちこそ助かってるよ。で、今日は? 開拓の視察か?」
「それもあるが、ここに町ができるならギルドの出張所を置かせてもらおうと思ってな。冒険者たちもいちいちオーパスと往復してたら面倒だろ?」
「出張所か……」
確かに、ちょっとした手続きのために往復されるよりはその方がこちらとしても助かる。
だが……
「あんたが居座るんじゃないだろうな?」
気まぐれにコアをぶっ壊しそうな特級冒険者に居座られたらたまったもんじゃないぞ。
「オレも暇じゃない。オーパスの支部長も代理してるしな。適任者を連れてきている」
あ、嫌な予感。
レダードの後ろから顔を出したのは──予想通り、氷の魔女だった。
「久しぶりね、アルフィン。私がラウジェス冒険者ギルド、新ダンジョン出張所の所長、ステラ・フォードよ。魔術師ギルドとしてもダンジョンの共同研究の件があるから、私もここに滞在することになるわ」
氷の微笑を浮かべ、すっ、となんでもない様子で右手を差し出す。
……むう、10日経って正気に戻ったのだろうか。
興奮しなければただの美人だからいいのだが……
「……よろしく、ステラ」
手を伸ばしてその右手に軽く触れるように握手する。
するとみるみるうちに頰が紅潮し、鼻息が荒くなっていった。
「……手が今、にょーんって……あぁ……はぁ……いえ、よ、よろしくお願いするわね」
……やっぱヤベー奴だこいつ。
ハニワは貞操の危機を覚えるのであった。




