35話 ハニワ師匠誕生
レダードたちを見送り、俺とコレットはブランたちのいるホールに向かった。
冒険者たちの解放とその後の監視は人狼たちに任せておけばいいだろう。ネコから戻って呆けていたジナが気になる。
「ブラン、ジナは!?」
「あ、姉ちゃん、兄ちゃん……」
椅子に座って疲れた様子のブランがコレットの声に振り返ると、その顔には縦横にたくさんの線が入っていた。
「な、なにその顔?」
「……アレにやられた」
ホールはメチャメチャに散らかっている。
ブランが示した先に視線をやると、端に寄せてある荷物のてっぺんでジナがうつ伏せに寝そべっている。
「おい、ジナ?」
こちらを顔を向けたジナは呼びかけに応えて口を開く……
「にゃあ」
「見ての通り、野生化しちゃった……」
ああ、うん。心配してたわけじゃないんだけどね。
俺たちも椅子に座り、ブランに事情を聞くことにした。
「前にもああなったことがあるのか?」
「うん。元々ジナはエルフ村の獣人族じゃないんだ。3年くらい前に俺の父ちゃんがどっかで拾ってきたんだけど……」
捨て猫かよ。
「アバンドンドでってことだな」
ブランは頷く。
アバンドンドの奥地は未踏の古代遺跡があり、謎の魔獣や神獣も目撃されている。
ジナもその類なのかもしれない。
「コレット姉ちゃんと会う前、魔物に襲われた時にペンダントが光ってあのネコに変身したんだ。その後も同じ状態になって……」
「変身のせいだったんだ。ネコっぽくなってたのは知ってるけど、原因はわたしも知らなかった」
最初に会った時にジナに飲ませた薬は正気に戻すための薬か。
「黙っててごめん。言う機会がなくて…… コレット姉ちゃんの薬のおかげでだいぶ回復してたんだけど、また元に戻っちゃったよ……」
コレットとブランたちはずっと一緒にいたのだと思い込んでいたが、意外と短いってことか。
「あそこまで回復するのにどれだけかかった?」
「前の蒼月の夜からだから……一年だね……」
「……まあ、俺たちもいるし……がんばれ」
貧乏くじ仲間としてブランに同情せざるを得ない俺であった。
──────
ダンジョン下層の暗闇にて。
一人の男が頭を垂れ、暗闇に浮かぶ赤い双眸に向き合っていた。
「ビッケ。どうであったか」
「はい、戦士長。捕獲した冒険者たちの幾人かに絞り、言われた通りの処理を行いました」
「うむ。これで冒険者たちの中にもホワイトキギョー戦士が混ざることになる」
「もし裏切られた場合に内側から切り崩せるというわけですね」
「……殿ならばそのような小細工など不要であろうが、念には念を入れておくに越したことはない。お優しい殿がやらぬことは我らホワイトキギョー戦士の仕事だ」
「はい、心得ております」
「じきにラウジェスからの開拓団が来るだろう。冒険者もいるはずだ。人族のお主はその中に紛れ……」
「彼奴らをコントロールする」
「これからもお主には昼夜を徹して働いてもらうことになる。覚悟しておくがよい」
「はっ。喜んでこの身を捧げましょう。我らが殿のために」
「我らが殿のために」
ホワイトキギョー戦士は暗躍する。
全ては王であるアルフィンのため。
そしてホワイトキギョーのため。
──────
ラウジェス王国、オーパスの町。
治療院を訪れたルーリアはそこで見たくなかった顔を見つけた。
「クザン! あなたも解放されたの……!?」
「……ルーリアか」
思わず身構えたルーリアだが、腫れ上がった顔のクザンはルーリアにまるで興味がないような様子である。
(あれだけのことをしておいて……!?)
ダンジョン内で仲間の自由を奪い、暴行を働こうとした。
立派な罪である。
現在この町の支部長を代理しているのは父であるレダードだ。
ステラという証人もいることだし、ルーリアが訴えたならすぐにでも処分が下るだろう。
父を利用したくないルーリアは今のところ何も報告してはいないが。
「……なにか一言でもないの?」
「ああ、悪かった。もうしねえよ」
あまりに素直なので拍子抜けする。
いや、なにかを企んでいるに違いない。
「……なにが狙い?」
「絡むな。オレはもう以前までのオレじゃない。しなければならないことがあるんだ」
「……それは?」
クザンは煩わしげに立ち上がり、治療院から立ち去る。一つの言葉を残して。
「──我らが殿のために」
──────
「おう、ハニワ小僧! ミスリルはどっちに持っていくんじゃい!」
「ああ、お前たちの作業場になるのはあっちの……」
「ホールから遠過ぎるぞ」
「居住区の近くは困る。人狼はドワーフと違って暑さには弱いんだ」
「むう、軟弱な連中じゃな」
ダールとエンテは手押し車でせっせとミスリルや魔石を運び込んでいる。
これを使えばいろいろと便利な道具が作れる。武器もだ。冒険者の探索拠点となるなら武器を売りつけるのも悪くないな。
と、そこをもう見慣れた姿が通りかかった。
「あ、コレット。ちょっと付き合ってくれ」
「……アルフィンさん。どちらへ?」
「アバンドンド側の山の上までダンジョンを伸ばして展望台を作ってみた。地理を説明してほしくてな」
「……はい、お伴します」
相変わらず他人行儀なやつだ。もう少し打ち解けてもいいんだけどな。
それにしても──少し、元気がないようにも見える。大丈夫だろうか。
エレベーターを使い、展望台まで上がる。
これはダールとエンテがワイヤーと滑車でサクッと作ってくれた。
動力源は変形させたレッサークレイゴーレムだ。これならダンジョンからの魔力供給で動かせるからな。
「わあ……! すごい、絶景ですね! こんな高いところから見るのは初めてです!」
展望台に出るとコレットが歓声をあげた。
目の前には荒れた『見捨てられし地』の大地が広がっている。
遠くにはアバンドンドの代名詞でもある巨大なクレーター『大空洞』も見える。
色気のない景色だが、それでもあまり見れるものでもない。
「そこの森がお前たちのいた村だ。ラウジェスからの開拓団に引き継ぐことになるから……」
周辺の地理を確認しようとコレットの方を振り向く。
少しの間楽しそうな表情で景色を眺めていたコレットだったが、すでにうつむき気味になっていた。
やはり、元気がないな。
「……悪かったな、コレット」
「……え?」
「いや、あんな化け物の相手を一人でさせちゃってさ。怖かったろ」
「……いえ、アルフィンさんは悪くないです。アルフィンさんがあれだけ考えてくれた戦法も、わたしのミスで台無しにしちゃって、ごめんなさい」
「いや、あれは誰がやっても無理だった。気に病むな」
俺が相手をしていたとして、勝てた気はしない。
あんな化け物が来るとまでは想定していなかった。ルーリアの父親だったこと、悪い奴じゃなかったことが救いだった。
「……アルフィンさんは、すごいです。いろんなことを考えて、今回も完璧に計算通りで……」
「そう見えるか? 綱渡りだよ。いつもな」
「それに比べて、わたしは……ジナにまで助けられて、お姉ちゃん失格ですね……」
…………
……イラァ。
「いつまでもウジウジしてんじゃねえ。力の無さを嘆いたってなにも始まりゃしないんだよ」
「でも、どうすればいいのか……」
「合理的に考えろ。厚かましくなれ。周りに頼れ。使えるものはなんでも使え」
俺のようなプログラマーは合理的に考える。
『車輪の再発明』という言葉がある。既にあるものを1から作ってしまうような無駄を戒める言葉だ。
既にあるものは利用することを考えるし、他の人に任せた方がいいことは任せる。
今回の件はレダードに一人で対応しようとしたのが間違いだ。先に俺やザオウに連絡していれば、一対一で勝てないにしても他の手が打てたはずだったのだ。
責任感があると言えば聞こえがいいが、手に負えない仕事を自分で抱え込んだ挙句取り返しのつかないことになるのは新人プログラマーあるあるでもある。
俺の叱責に、コレットはハッとした顔をした。
しばらく考え込んだ後、姿勢を正して俺の目をまっすぐに見て──深く頭を下げた。
「……アルフィンさん! わたしを弟子にしてください! 魔術を教えてください! お願いします!」
……あれ? そうなるのか?
確かに、周りを利用しろと俺は言った。
言った俺が──断れるわけもない。
「……お、俺の指導は厳しいぞ。お前にはついてこれないん……」
「なんでもします! 決してくじけません! だから──お願いします、師匠!」
…………
……また仕事が増えてしまった。
体を取り戻してのんびり生活を送れるのは一体いつになるんだろうか。
第2章、完




