34話 和平会議
ホールとは別の場所に設えた会議室に冒険者たちを招き入れる。レダード、ステラ、ルーリアだ。
他の連中はまだ迷宮を突破する気配はない。とりあえず放っておいて大丈夫だろう。
こちら側のメンツはまずハニワに、コレット、ザオウ、ダールとエンテ。
意外に多い仲間に、レダードたちは驚いていた。
「……本当にダンジョンを制御できているんだな」
四角い会議室を見回したレダードは信じられないという様子で呟く。
ダンジョンコアは今まで誰も制御できていないということは俺も魔法学院で聞いていたが、どうやら本当のようだ。
「さっきは悪かったな、嬢ちゃん」
「いえ、こちらが先に矢を射かけましたし……どうぞ」
コレットがテーブルに置いたコップを覗いたレダードは唸った。
「……真っ黒だ。毒じゃねえだろうな、これ」
「なかなか上手いぞ。ワシも気に入りじゃ」
エンテが試作のコーヒーを飲みながら応える。
砂糖もミルクもないのでブラックなのだが、住人の中で一番コーヒー好きなのはエンテだった。俺も飲みたい。
「ノームの味覚なら信頼できるな。……あっつ! にっが!」
「ふはは、最初だけじゃ」
エンテは愉快そうに笑っている。ノームはいたずら好きでもあるのだ。
「こんなにいろんな種族がダンジョンに住んでたとはね……」
「いつのまにか集まってたな」
席に着いたルーリアはうろんげな眼差しを俺に向ける。
「……本当にアルフィンなの?」
「ああ。少なくとも別人じゃないつもりだ」
「その回りくどい言い回し、確かにアルフィンぽいわね。でもちょっと性格変わってない?」
「そうか? 置き去りにされてダンジョンの壁に閉じ込められてみろよ。ヤケクソな気分になれるぞ」
前世の記憶を取り戻したことも一因だろうが、それは別に言う必要はないな。
「だから! あたしはストーンゴーレムにやられて意識が朦朧としてたんだって……!」
「……そうだな、悪い」
「まったくもう。あたしが置いてったなんて、ひどい誤解だわ……まあ生きてるなら……良かったけど」
「まあ、そこはな。すれ違いがあったってことでいいだろう。話を進めさせてもらうぜ」
もう回復したレダードが手振りでルーリアを遮る。
「落ち着いたところでもう一度最初から説明してもらおうか」
俺は頷き、事情を説明する。
俺の体がダンジョンに飲まれ、眷属となったことでダンジョンコアと一連托生になったこと。
肉体を取り戻すためには多くの魔力が必要なこと。
そこへレイドを仕掛けられ、自衛せざるを得なかったこと。
「最初から説明してくれれば……」
「それは無理ね。ただ名乗り出てもダンジョンは接収されるわ。自分の命を他人に握らせることになる。私でもしないわね」
ルーリアの疑問にステラが答えた。レダードも頷く。
「それで防衛したわけだ。力を見せつけてから和平交渉を有利に進めるために冒険者たちを生け捕りにした」
「話が早い。人質の命が惜しくば──なんて言うつもりはない。ザオウ」
「はっ、部下たちに指示して解放を進めております。だいぶやつれてますが」
「……冒険者たちに何をした?」
「さっき言っただろ、俺は体を取り戻すために魔力が必要だ。ちょっと搾らせてもらったが命に別状はない。歩いて帰れるだろ」
たぶんね。
「今回は無条件で解放する。元仲間だしな。ただし、次に攻め込んでくるなら容赦はしない」
「ありがてえこって」
レダードは苦々しい表情だ。
実質的に冒険者たちは敗北し、情けをかけられたのだ。
「……今回の敗因は普通のダンジョンだと侮っていたことだ。次はこうはいかんが、解放していいのか?」
「次はないようにしたい。そこで取引だ」
「……オレもレイドまで発令しちまった以上、手ぶらでは帰れん。お前に何が提示できる?」
「『見捨てられし地』の開拓……狙ってるんじゃないのか?」
ピクリ。
レダードの眉が上がる。手応えありだ。
「アバンドンドは険しい山脈に囲まれてる。開拓団を送っても支援が難しいし、魔物の襲撃が激しい。ラウジェス王国は以前から進出を狙っているのだけど、結局成功はしていない……というところね」
ステラの言葉にレダードが続ける。
「アバンドンドは古代遺跡の宝庫だ。冒険者ギルドとしては探索拠点がほしい」
「そこで提案だ。このダンジョンはアバンドンドと繋がっているし、あちら側の廃村も俺が掌握している。ダンジョン機能の支援を使えば拠点化するのはたやすい」
「……もし、冒険者や軍を率いてこのダンジョンを奪取したら、アバンドンドへのルートは確保できても……」
「ダンジョンを使った支援は期待できない、ということね」
「それが一つ。二つめは、このダンジョンの地下にある別ダンジョンへの通行権だ」
「別ダンジョン……?」
「このダンジョンと繋がった別ダンジョン。俺たちも探索が進んではいないが、かなり深いようだ。ここならいくら荒らしてもいいし、補給などは俺たちが支援してもいい」
「ワシらが住んでいたところじゃ。ミスリル鉱が採掘できる。ワシらもかなり掘ったが、底が見えんくらいにはある。魔石もな」
顔をしかめながらコーヒーを飲んでいたダールが補足する。
ダールたちが10年掘り続けたミスリルや魔石を運び込んでおかないとな……
「資源に関しては折半だ。いや、こちらは人数が出せないから多めに渡してもいい」
「なるほど、ミスリルと魔石は魅力的だ。……加えて、レイド中止の言い訳にも使えそうだ。ダンジョンが予想外に深かったため、拠点を構築して長期探索に切り替える……悪くない」
「そして三つめ」
「まだあるのか……!?」
「これで最後だ。新米冒険者の訓練場。練習用のダンジョンを提供できる。アバンドンド開拓と併せて、他の国に対して優位に立てるだろう」
「確かに冒険者の訓練不足は課題に上がっている。……うーむ、いい話だな」
レダードは腕組みしてしばし黙考する。
「……我々に充分なメリットがあることは理解した。条件は?」
「こちらと冒険者ギルドとの対等な関係。ダンジョン内の一部開放区域以外への不可侵。ダンジョン周辺における人狼等亜人種族への差別撤廃。交易。こんなところだ」
「と、殿……!」
ザオウが感涙している。こいつらはほとんどの国で差別されてるからな……
「国ではなく、ギルドと直接取引をしようというわけだな」
「国境にあるとはいえ、独立に近い。頭の固い連中が許可するとは思えないな。だから、秘密保持も条件に入る」
「雇われギルド長には難しい話もあるが……なんとかするさ。できる限り対応しよう。交渉成立だ」
レダードは立ち上がり、握手を求める。
ハニワに握手は……あ、できるな。
腕を変形してにゅっと伸ばすとレダードは気持ち悪そうな顔をしている。じゃあやるなよ。
「……承服できかねるわ」
握手の寸前、異議を唱えたのは……ステラだ。
全員の視線が注がれる。
「魔術師ギルドの代表として発言させてもらうわ。このレイドは我々の承認があってのもの。魔術師ギルドにもメリットがなければ許可できません」
ステラはすっくと立ち、敢然と言い放つ。
「アアアルフィン。わ、私のペットになりなさいな。それが条件です。ハアハア」
……完全に個人の欲望じゃねえか。
「ダメ(です)(よ)!!」
コレットとルーリアの怒声がハモった。
なんでお前らが叫ぶんだよ。
「アルフィンさんはわたしの……たちの、ボスです! ペペ、ペットになんかなりません!」
「あたしのパーティーメンバーになるのよ! そんなのできるわけないでしょ!」
ボスはともかく、ハニワが冒険者をやるのは無理があるぞ。
「……ともかく、ペットは無理だ。魔術師ギルドにはダンジョンコアに蓄えられていた知識と、俺の研究成果を提供できる。魔術のミッシングリンクを埋められるぞ」
「……ぐ。分かったわ、それで我慢します」
ステラは不満そうな表情を見せながらも素直に座った。ほっ。
今のは演技だろう。自分もちゃっかりメリットを確保したわけだ。やり手だな。
……いや、チラチラと流し目を送ってくるところを見ると、分からん。
「じゃあこれで和平成立。レイドも終結だ。よろしく頼むぞ、アルフィン」
「ああ、こちらこそ。レダード」
「……言うねえ、元初級が。だが、お前は力と知恵を示した。認めよう、対等な関係だと」
改めて握手をする。
……ふう。疲れたが、なんとかなったな。
──────
「では案内しよう、ギルド長どの。こちらへ」
会議が終わり、レダードは冒険者たちにレイドの中止を急ぎ伝えることになった。
冒険者が解放された場所までザオウが先導する。
途中、レダードが思い出したように笑った。
「しかし……くくっ。あいつは面白い奴だな」
「本当、人騒がせよね。人がどれだけ心配したと思ってるのかしら」
ルーリアは嬉しさ半分、戸惑い半分といった複雑な表情をしている。
「娘の恩人だ。多少のワガママは聞く気でいたが……ワガママどころか、こちらのメリットの方がデカい。自力で解決しやがった」
「かわいいしね。また踊ってほしかったわ……」
ステラの残念そうな顔を見ながらルーリアは思う。
残念なのはあんただ、と。
「たった10日ほどでダンジョンを掌握し、これだけの勢力を作り上げたって言うんだぜ。初級だって? ギースの野郎は何を見てやがったんだ。クビにして正解だったな」
オーパスの町のギルド支部長であったギースは横領や書類の偽造の罪により王都に移送した。
彼が支部長であったならアルフィンがギルドを信用しなかったのも頷ける。
「なあ、アンタも相当なモンだが……アルフィンをどう思ってるんだ?」
レダードはザオウを見る。
アルフィンに従うこの人狼も、『真眼』によるとかなりの実力を持っているようだ。
「……我らは殿──アルフィン様によって奴隷から解放され、忠誠を誓った。他の者も多かれ少なかれ殿によって救われたのだ。あの方のためであれば喜んで命を捨てよう」
おいおい、たかだか10日で大袈裟だな──そう笑い飛ばそうとしたレダードだが、人狼の目を見て悟る。
嘘も誇張もない。本気である。
「……そういや、アンタらはなんて名の集団なんだ?」
「我らはホワイトキギョー。アルフィン様を王として戴き、アバンドンドに新たな王国を作る」
「ホワイトキギョー……」
「レダードどの、貴殿がもし殿を裏切るならば──我らホワイトキギョー戦士が地獄の果てまで追い、この命を尽くしても討ち果たすこととなる」
「……肝に銘じておこう」
ホワイトキギョー戦士。
なんとなく空恐ろしい響きの単語であった。




