33話 告白
シュッバアァァァッ!
ロケット型に変形したハニワがダストシュートのような細い通路をカッ飛んでいく。
ダンジョンに張り巡らせた俺専用のショートカットである。
みんな……俺が行くまで無事でいてくれ……!
シュートを抜け、通常形態に変形しながら空中に躍り出る。
ホール前空洞の天井だ。地面に激突しないように『呪線』を引っ掛けて減速しながら降りる。
そこに見慣れた姿が佇んでいるのを見つけた。
「無事か、コレット!」
「あ、はい。アルフィンさん。ですが……」
言い淀むコレットの視線の先を追う。
そこには──想像を絶する光景が広がっていたのである。
ばしっ。
「いや、待て……!」
ばしばしっ。
「やめ……!」
ばしばしばしっ。
……4〜5メートルくらいの巨大ネコが猫パンチでゴムボールのように男を弾ませている。
実際はそんなにかわいらしいものではなく、男は岩柱を砕きながらそこらじゅうに叩きつけられているわけだが。
「……ピンチだと思って飛んできたんだが」
「さっきまでピンチでした……」
もうお前らのことは二度と心配しねえよ。
「……説明してくれ」
「大きなネコが侵入者で遊んでます」
それは見れば分かる。
状況から察するに……あのネコはジナだな。
変身能力、か。
ジナは一度解析したのだが、コレットと同様にスキルは『???』となっており、DMPが高い理由は分かっていなかった。
あれは俺の知識──および、ダンジョンコアのアーカイブに存在しない能力だということを意味する。
「ジナだよな? あれはなんなんだ?」
「わたしにも分かりません……ブランならなにか知ってるかも……」
ばしばしばしばしばし……
「……や、め……ぶっ」
話してる間にもだんだん『竜殺し』らしき男の元気がなくなっていく。今まさに命の灯が消えようとしているのだ。
……助けてやった方がよさそうだ。
「ジナ、やめてやれ」
白銀のネコに声をかけると、金色の瞳がこちらを向いた。
瞳が嬉しそうに輝き、こちらに向けて……
駆けてくる。
「おい……く、来るな!」
あの質量がじゃれついてきたら俺は割れてしまう……!
俺はローラーダッシュで全力で逃げ出した。
なんか……逃げてばっかりだ、俺。
「やめろ、ジナ! 止まれ!」
俺の前に飛び出したブランが両手を広げて叫んだ。
巨大ネコはブランの前で急ブレーキをかけ、止まる。
ネコはシュンとうなだれた後、全身が崩れて光の粒子に変わっていく。
光が散った後は、呆けた顔のジナが座り込んでいた。
「二度とやるなって言ったのに……せっかくちょっと良くなってきたってのに」
ブランはジナを抱き上げてブツブツと言っている。
……問いただしたいが、それは後だ。
今は、レダードを……
「ぶ……ぶふっ!」
レダードは鼻血を噴き出しながら、大剣を杖代わりによろよろと立ち上がった。
あれだけやられて立てるとは……
「コレット、ブランと指令室に戻れ。俺は彼と交渉する」
「はい、気をつけて……」
どことなく元気のないコレットを見送り、俺はレダードと対峙した。
目の前に現れたハニワに、レダードは怪訝そうな目を向けている。
よし、ここはとりあえず敵意がないことを示すために踊ってみるか。
……いや、顔がマジだな。やめておこう。
「ラウジェス冒険者ギルド長、レダード・グレイムーア。レイドを率いてるのはアンタだな」
レダードは呼びかけにピクリ、と動きを止めた。
「お前は、なんだ……? ゴーレムが、なぜオレの名を知ってる。……魔術師の遠隔操作か」
名乗るべきか……?
……いや、俺のことを知らない相手に名乗ったところで信じてはもらえまい。
会話を引き延ばして反応を見つつ、目的に探りを入れる。
「それはどうでもいい。俺が言いたいことは、ダンジョンから手を引いてもらいたい、ということだ」
「……お前がここのボスか。……あれでオレがやられたと思ったら大間違いだぜ……オレはまだ本気を出してねえだけだ」
ヨレヨレの体とガクガク震える膝、ボコボコに腫れた顔で言っても強がりにしか聞こえないが、おそらくは本当のことを言っている、か。
「あのネコに変身したのが女の子だったからか?」
「そういうことだ。予想外にパワフルでちょっと……戸惑ったがな。ハニワを真っ二つにするくらいの力は残ってるぜ」
震える手で大剣を構える。こういう時、重い武器は大変そうだな。
「仲間が行方不明だ。さっさとコアを破壊しなきゃならねえ。邪魔をすれば斬る」
「冒険者たちなら無事だ。今のところな。こちらで保護しているが、手を引いてくれるなら解放する」
「てめぇが、やったのか……!?」
レダードの両手に力が込められる。
……選択肢をミスったか?
「先に手を出してきたのは、そ……」
「……ああっ、見つけた! ハニワのゴーレムさん!」
うわっ、ステラだ。
反射的に逃げそうになった。ここで逃げるわけにはいかんか。
「……父さん、ボロボロじゃない!? ……アナタがやったの!?」
ステラと共にルーリアも駆け寄ってきて俺を睨みつける。父さん? レダードが……?
「いや、ネコにやられた」
「なに言ってんの。ネズミじゃあるまいし」
似たようなもんだったな。
「このハニワじゃないのね? ……そんなことより父さん、アルフィンは見つかった!?」
アルフィン……?
そんな名前の冒険者が俺の他にいるのか?
……んなわけないよな。そうかよ。大体理解した。
「それどころじゃねえんだ。急いでコアを破壊しねえと、手遅れに……」
「……話の途中、すまんが」
ハニワの手を上げながら会話を遮ると、全員の視線が俺に集まる。
やめろよ、緊張するだろ。
「俺がアルフィン・ダグハイムだ」
面倒くさくなった俺がバラすと、全員の目が点になった。




