32話 真眼
レダードは洞窟を駆け抜けながら状況を大まかに確認する。
道中の戦闘はおおむね終わっていた。
ストーンゴーレムは倒され、盗賊たちは捕縛されている。
だが、確かに冒険者の数が少ない。
最初50人近くいた冒険者たちは半分以下、20人程度まで数を減らしていた。
残された冒険者たちの中に娘と女魔術師の姿を見かけて声をかける。
「ルーリア、ステラ! 無事か!」
「父さん……」
「ギルド長、報告は受けましたか? あ、エドガーのパーティーは私が処分しときました。多分まだ生きてますが」
「ああ、行方不明者が出てるそうだな。オレはこのままコアを目指す。オレの思った通りなら、急がなければ手遅れになる。お前たちはここで残りの冒険者を集めて他の奴を捜索してくれ」
言いたいことだけ言ったレダードはそのまま走り去っていく。
「……落ち着かないギルド長ね。ルーリア、どうする?」
「あたしも行きます。アルフィンを探さないと」
「付き合うわ。さっきのハニワさんを探したいし。どうやってコアを探すつもりかしら……」
ルーリアとステラはレダードの後を追った。
──────
俺かビートくらいしか通れないような細い通路に入ってステラをやり過ごした。
なんとか撒いたか……
なんなんだ、あの女は。聞いてたのと別の意味で怖かったぞ。
逃げてる間にコアルームから離れてしまった。
早く戻らなければ……その前に近くの端末で状況を確認しよう。
「コレット、ブラン。聞こえるか? 状況は?」
『兄ちゃん! なんかとんでもない奴が凄い勢いでこっちに向かってて……コレット姉ちゃんが迎撃に行ったんだけど、ヤバいと思う!』
「とんでもない奴……?」
『トラップは全部避けられるし、人狼たちも反応できなくて……! もう最終ラインまで来そう!』
……なるほど、速過ぎる。
コアまでのルート──冒険者たちを油断させるために前半はそのままだが、途中からは迷路化してある。
冒険者の手口を知っている俺が、冒険者対策で作った迷路を容易に突破してくるとは。
こちらは人手が足りず、コアの防衛には戦力を回せていない。すぐ対応できるのはコレットだけだ。
上級はエドガーとステラだけのはずだった。
エドガーは仲間割れによりリタイアし、ステラは俺を追っかけ回していた。
すると、他の町からの応援メンバーとかだろうか?
端末からコアにログインし、解析ログを確認してみる。
えーと……こいつ、か?
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レダード・グレイムーア
レベル 64 DMP 14,629
HP 1,217 / 1,221
MP 525 / 540
STR 44 AGL 33 MAG 27
適性:風6 体5
詠唱魔術 瞬発力 持久力 高速回復 山岳適応
直感 闘技 悪食 洞窟適応 加速 真眼
紋章術
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うっげ。なんだこのチート野郎は。
レダード・グレイムーア……どっかで聞いたような……記憶を検索する。
……そうか。
ラウジェス王国冒険者ギルド長にして、わずか5人の特級冒険者のうちの1人、『竜殺し』のレダード。
かつてアバンドンド近くの山から現れ、近隣の町を荒らした邪竜を倒した英雄。
あらゆる攻撃を弾き返す竜の弱点を見抜いて致命的な一撃を加えたという。
おそらくはスキル『真眼』の効果だろう。トラップや迷路を突破されたのもこのスキルのせいか。
俺たちの戦法は基本的に待ち伏せと奇襲。特級冒険者とまともに戦ったら不利だ。
人質を使ってなんとか戦闘を回避しなければ……
「ブラン! コレットを……」
いや、ダメか。
指令室には誰かがいないと……それに、もし戦闘になったらブランやジナを巻き込むわけにはいかない。
それに、レダードの目的がコアなら最終ラインで足止めしなければならない。
コアをやられれば俺は死ぬ。コレットの判断は正しい。相手が悪すぎるだけだ。
「ブラン、指令室にいてくれ。俺が行く」
『……兄ちゃん。お願い──あれ、ジナ? ……兄ちゃん、ジナがいない!』
おいおい、マジかよ。
──────
ホールの外は自然の洞窟を模した大きな空洞になっており、実質的に最後の防衛ラインとなっている。
立ち並ぶ鍾乳石により視界は悪く、随所にトラップが仕込まれている。
その上部の暗闇にはキャットウォークのような通路が渡されており、姿を隠しての狙撃が可能だ。
馬鹿げたステータスを持つ新たな侵入者はまっすぐコアへ向かっている。ここで食い止めなければ。
コレットは黒いフードつきの外套を纏い、キャットウォーク上で気配を殺しながら弓を構えて侵入者を待つ。
(来た……!)
2メートルを超える大男、レダードは空洞に出るとあたりを見回し──ホールの方にまっすぐ歩き出した。
(やっぱり、コアの位置がバレてる……!?)
コアはホールの真下にあるが、ホール自体の入り口も隠されている。
だというのに、この男はその入り口にまっすぐに向かっている。強力な探知魔法でも使っているのか。
(まだ距離がある。引きつけて──膝を射抜く)
あるいはトラップにかかった瞬間を狙う。
そう考えていたコレットは驚愕する。
コアの位置がバレているだけではない。
感圧板やワイヤーによるトラップも軒並み避けて通られている。
アルフィンとダールたちはシミュレーションを重ねて『自然と通りたくなる場所』にトラップを仕掛けていたのだが、不自然なまでにそれを避けている。
偶然ではない──見破っているのだ。
それに気づいたコレットが冷や汗を流した瞬間、レダードが顔を上げる。
目が合った。
「────!?」
驚きに思わず矢を放った。
レダードはそれを簡単に掴み取り、叫ぶ。
「──矢だと!? そこにいるな、何者だ!」
レダードはまっすぐにコレットに向けて走る。速い。
「くっ!」
直接射っても当たる気がしない。
コレットはとっさに男の進行方向に向けて矢を放った。
矢はトラップを起動し、大きな鍾乳石が崩れかかる。降り注ぐ瓦礫は土煙の中にレダードの姿を覆い隠した。
(あっ……しまった!)
すぐに己の失策に気づくが、遅かった。
煙が晴れてきたが、レダードの姿はもうそこにはない。
見失った──
そう思った瞬間、足下の感覚が消失した。
キャットウォークが崩壊する。
「きゃ……!?」
通路と共に落下したコレットが地面に落ちる前に、その細い首が大きな手に掴まれ、足が宙に浮いた。
「ぐ……く……!」
「なんだ……? たいした射撃の腕だからどんな奴かと思えば、随分とかわいらしい狙撃手だな」
レダードは眉をひそめるとすぐに手を離す。
解放されたコレットは地面に手をついて咳き込んだ。
咳き込みながら、涙が出てきた。
首を絞められたせいだけではない。
(……わたし、弱い……!)
悔しい。
アルフィンに最後の守りを任されていたのに──
なにもできない。通用しない。
エルフの村でアルフィンに言われた言葉を思い出した。「あらゆる状況を想定して準備する」──分かったようで、分かっていなかったのだ。
(違う、嘆いてる場合じゃない。考えないと……!)
しかし、相手は待ってはくれない。
「お前は何者だ? エルフ……ハーフか? 何故オレに攻撃した?」
矢継ぎ早に質問するレダードだが、コレットがうつむいたまま答えないのを見ると、ため息をついて踵を返した。
「まあいい、話は後だ。オレには急いでやらにゃならんことが……!?」
ホールの方に向かおうとしたレダードは絶句した。
コレットもレダードの異変に気づいて顔を上げると──
そこには10歳にも満たない猫耳の少女が立っていた。
精一杯の怒りを顔に浮かべ、レダードを睨んでいる。
「……おねえちゃん、いじめた……」
振り絞るような声とともに、胸元の牙のペンダントから光が溢れた。
「うおっ!?」
暗闇の中、突然の強烈な光にレダードの目が眩む。
光が収まった時──
目の前には、白銀の毛並みを持つ巨大な猫が黄金の眼光を放っていた。




