31話 氷の魔女
「ちょっと……こっちじゃなかったんじゃない!?」
ダンジョンコアに続く道を外れていることに気づいたルーリアはパーティーの最後尾から声を上げた。
「そうだったか? 間違えちまったかな……」
とぼけた調子で言うクザンに苛つく。早く進まなければならないのに。
「確かさっきの道を、右に……」
「『永遠の従者よ、主に逆らい自由を喰らえ』」
突然リンツが詠唱を始めた。
ルーリアは顔を上げ、敵の姿を探す──が、なにもいない。
「なっ……!?」
ルーリアの影が体を這うように立ち上り、彼女を縛る。『影縛』の魔法である。
「リ、リンツ!? どういうつもり!?」
「すまんが、リーダーの命令でね」
エドガーはニヤリと笑い、クザンの肩を叩いた。
「いやあ……こいつがアンタに用があるって言うんでね」
「縛り上げて、用事ですって……!? くっ……!」
抜け出そうともがくが、束縛はますます強くなり、その場に膝をついた。
影は精神に影響を及ぼす。
意識にも徐々に霞がかかっていく。
(思考が……まとまらない……!)
「こいつはお前に譲ってやる。まあ楽しめ。よし、ステラを探しに行くぞ」
「す、すまねえ兄貴」
エドガーたちは去り、暗い洞窟の通路でクザンとルーリアだけが取り残された。
「正しいルートに目印をつけてある。脇道のこっちには誰も来ねえよ」
「……クザン……あなた……!」
「……オレもお前のオヤジに目をつけられちまったし、もうオーパスには居れねえ。だから最後に……」
動かない体を引きずってなんとか壁にもたれかかったルーリア。
だがクザンは彼女を逃すまいと壁に手をつく。
「や、め……!」
「オレ……オマエのことが……!」
「『呪球』」
不意に横から聞こえた声に振り返ったクザンの顔面に勢いよくなにかがぶち当たった。
──────
「ぶはぁっ!?」
ああ、振り返るから……
鼻面に『呪球』を食らったクザンは派手に吹っ飛ばされ、鼻血を撒き散らしながら地面に叩きつけられた。
「だ、誰だ……なな、なんだお前は!? ゴーレム!?」
通りすがりの、ハニワです。
「『呪球:投球装置』」
ポコポコと空中に生まれた魔力球。
最初5発が限度だった並列起動は進化とレベルアップの魔力上昇により14発まで増えた。
生み出された魔力球は俺の周囲で回転を始め、だんだんと加速していく。
「まさか……ま、待て! やめろ!」
やめない。
回転から解き放たれた魔力球は次々にクザンの顔面に襲いかかる!
ボコボコボコボコボコボコ……
「あばばばばばばば」
14発のストレートを顔面でキャッチしたクザンはひっくり返って伸びてしまった。
続いて、上からすーっと降りてきた蜘蛛がクレーンゲームのようにクザンの顔面を掴み、近くの穴に落っことしていった。
ゴミはゴミ箱へ。一件落着。
……しかしなんだ、一瞬、中学生の告白みたいのが聞こえたような……
実はほっといても問題なかったんじゃなかろうか。
「……う、あ、あなた、なに……?」
俺がニョロニョロと光る糸を伸ばすと、ルーリアが体を強張らせる。
えーと、胴体ならどこでもいいんだが……胸はちょっとアレなので、お腹あたりにしとくか。
えい、プスリ。
「ぎゃぅ! あ、あれ、いたく、ない……?」
非物理モードだからな。
有線接続でルーリアにかけられた呪縛を解析・リライトして無力化する。ちょちょいと。
「……!? 体、動く……助けてくれたの……?」
うむ。まだ痺れは抜けてないだろうからちょっと休んでた方がいいぞ。
後続も来てるだろうし、それとなく誘導だけして、ルーリアはこのまま放置でいいか。別に話をするつもりはない。
ハニワがクールに去ろうとした時、背後からクールな声が聞こえた。
「そんなところにいたのね、ルーリア。クザンは?」
「ステラさん……」
姿を現したのはローブ姿の美女……遠目に見たことがある。上級冒険者、氷の魔女ステラ・フォード。
冷たい視線に睨まれ、足で踏まれたいと言う冒険者がオーパスにはたくさんいた。俺には理解できない。
「エドガーはあっちで氷漬けになってるのだけど……純真なあなたは引っかかってるかと思ってね、助けに来たのよ……それ、なあに?」
近づいてきたステラはルーリアのそばのヘンなものに気づいてしまった。
まずい、ここで戦っても勝てるかどうか分からん。ステラは正真正銘の上級である。
……ええと、とりあえず誤魔化してみよう。
敵意がないことを示すため、陽気に踊ってみる。
フリフリ、フリフリ。
悪いハニワじゃないよ。
「…………」
ステラは冷たい視線を俺に注いでいる。
フリフリ、フリフリ。
「……ああっ……!」
それを黙って見ていたステラは、突然立ち眩みでもしたかのように片手で顔を抑え、ふらりと壁に手をついた。
不思議な踊りが効いた……!?
「ステラさん……?」
「……な、なんて……なんて……かわいい生き物……!」
えっ。
顔を上げたステラの目には、炎が燃え盛っているように見えた。
標的はもちろん俺だ。
「ちょっと……あなた、ゴーレムよね? ……ハアハア……わ、私のモノに……ならない? 悪いようには、しないからあぁ!」
に、逃げろ!
──────
ダンジョン入り口に立つレダードの前に、息を切らした男が走り込んできた。
報告を聞いたレダードは腕組みをしたまま片眉を上げる。
「行方不明だと?」
「は、はい、ギルド長。かなりの数の冒険者が、ダンジョン内でいつのまにか行方不明になっているようです」
「いつのまにか、とはどういうこった?」
「言葉通りです。ストーンゴーレムや盗賊との戦闘中に、いつのまにかいなくなっていた、と……先頭にいたエドガーなどは氷漬けになって発見されたとか……!」
「なんだと……!?」
思わず舌を打つ。
形を変えるリビングダンジョンとはいえ、クザンやルーリアの報告によればそこまでの危険はないはずだったのだが……
人喰いダンジョン。かつてそう呼ばれたダンジョンのことが頭をよぎる。
もし今回があれと同じなら、急がなければまずい。いざとなれば自分がなんとでもできる。そう考えていた自分の失態だ。
「エドガーのことはいい。多分ステラだ。他の連中が行方不明なのがまじぃな。……オレも中に入る。指揮を頼んだぜ!」
レダードは駆け出す。
狙いは一つ。コアだ。
一刻も早くコアを破壊しなければ。
「え!? え、いや、お待ちくだ……指揮って言われても……!」
疾風のような速さでダンジョンの中に消えていったレダードを見送り、一人残された伝令の初級冒険者は立ち尽くしていた。