29話 ステータスセンサーゲート
右手に松明を持ったクザンは、逆の手を壁につきながら慎重に坂を下っていく。
以前に入った時と同じ──道は覚えている。ダンジョン探索経験は豊富なのだ。
「待てクザン。おいリンツ、探知だ」
先行偵察として混合パーティーのリーダーであるエドガーはパーティーの魔術師リンツに指示して探知魔法を使わせた。
短い詠唱の後、リンツは呟いた。
「ふむ、話に相違はないようだ」
「やっぱ兄貴のパーティーの魔術師は違うな。ここではぐれたウチの初級魔術師はトロくてな。詠唱魔術が使えないからって古代魔術なんか使いやがって……」
「古代魔術だと? ははは、あんなものを実際に使ってる者がいるのか。それで魔術師を名乗るなど、お笑いだ」
「クザン、仲間はちゃんと選んだ方がいいぞ」
「ああ、前回はそれで失敗したようなもんだ」
(アルフィンは探知はしっかりやっていたわよ。時間がかかってたのは確かだけど……)
最後尾でクザンたちの会話が聞こえたルーリアは心の中で反論した。
クザンとはもう話したくもない。父の言葉によると、自分を助けたことを騙ってパーティー入りを強制したようなものだ。
探索を再開した一行は、散発的に襲ってくる魔物を撃退しながら進んでいく。
「チッ、あのオヤジめ……今に見ていやがれ」
痛めた腰をさすりながらボヤくと、背後を歩くエドガーからたしなめられる。
「ギルド長のことか? アイツに余計な真似はやめとけ。あのオヤジは面倒だぞ、バカみてえに強えし」
「いやあ……しかし、勘違いでぶん投げられちゃかなわねえ」
「勘違いか? あのオヤジに口八丁は通用しねえぞ。口の回る支部長が更迭されちまった。アイツはこの町に居座る気らしい。支部長とツルんでたオレだってやべえんだ。今までのようにはいかねえ」
「でもよ、兄貴……このままじゃ収まらねえ」
「……オーパスからトンズラすんなら、やりようはあるさ。お前、あの女が欲しいんだろ?」
小声で言いながらチラリ、と背後に目をやる。
最後尾をついてくるギルド長の娘ルーリア。
「ここはダンジョンだ。仮にもレイドをするほどの。奥で行方不明者が出てもしょうがねえよな? 背後からかけられた呪縛魔法には抵抗できねえだろ」
「……さすが兄貴だ。何度もやってんのか?」
「デカい声で言うなよ。へへ、あまりやったら怪しまれるから、別パーティーの女を含めて3回くらいな。今回トンズラするなら、俺はあのすました魔術師──ステラで遊んでいくとするか」
──────
……デカい声を出さなくても聞こえてるぞ。
指令室のマルチスクリーンには冒険者たちが映し出されている。
各所に埋め込んだ端末から映像と音声が送られてきているのだ。もちろん、入り口付近にも。
先行偵察はクザンとエドガーのパーティーか。ルーリアもいる。リーダーの性格はともかく、それなりに経験を積んでいるパーティーだ。
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エドガー・ロールソン
レベル 32 DMP 3,049
HP 530 / 530
MP 106 / 106
STR 26 AGL 17 MAG 11
適性:体3
詠唱魔術 持久力 瞬発力 剛体 闘技 威圧
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クザン・ラヴィナス
レベル 17 DMP 1,420
HP 264 / 264
MP 78 / 78
STR 16 AGL 16 MAG 7
適性:風2
殺意感知 威圧 隠密
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ルーリア・グレイムーア
レベル 24 DMP 2,426
HP 259 / 259
MP 246 / 246
STR 17 AGL 21 MAG 16
適性:光5 治癒3
詠唱魔術 魔力回復小 集中力 記憶力 加速
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スクリーンには冒険者たちのステータスが表示されている。
データサンプルが集まってきたので、『Code-X』のバージョンアップに合わせてステータス表示も分かりやすくしてみた。ステータス2.0である。
今までは直接、あるいは『呪線』で触れなければ解析できなかったが、ダンジョンの通路両側に赤外線センサーのように端末を埋め込んで魔力を繋ぐことにより、その間を通った者を解析するようにしてあるのだ。
危険人物が紛れていてもこれで判別できる。
やはり上級だけあってエドガーは要注意だが、ザオウならば問題なく勝てるはずだ。
後続パーティーも続々と投入され、ダンジョンの魔物たちの生き残りを掃討しながら進んでいる。
だが、手応えのないことに誰かが気づき始める頃だろう。
「あの人たち、良からぬことを企んでいるようですね」
隣で見ていたコレットが腹を立てている。
「どうでもいい。ルーリアも俺を見捨てたことに変わりはないしな……」
あの時、必死で呼んでも誰も来なかったのだ。
来てくれれば──こんなことにはならなかった。
だが、それももうどうでもいい。そうでなければこのダンジョンも、幻視コンピュータも手に入らなかったのだから。
「……それ、ほんとにそうですかね? 来れない理由があったのかも……」
「それは後で確認してもいい。まあどっちにしろ、いかがわしいことをする前に奴らを大変な不幸が見舞うだろう。ククク……」
「魔王みたいですねー」
聞き捨てならないツッコミを聞き捨てながら映像で配置の最終チェックだ。
タスカリアス、ビート、ザオウ、人狼戦士、ヒゲ兄弟。あとビッケ。よし、配置済みだな。
初撃が肝心なのだ。油断している相手を一斉に無力化する。
「ザオウ、ダール、声は届いてるな?」
『はっ、明瞭に届いております』
『ああ、問題ないぞ』
端末は通信機を兼ねている。指令室からの音声を届けるのだ。
「ダールたちは仕掛けの操作、人狼たちは掛かった敵を捕獲する遊撃だ。俺が席を外す時はコレットかブランたちがオペレーターとなるから、指示を聞いてくれ。頼んだぞ」
『任せておけい』
『委細承知。頼むぞ、ブラン、ジナ』
「任せて、ザオウさん!」
ブランが元気よく返事し、ジナは無言で親指を立てた。……ジナ、それは伝わらないぞ。人選ミスったかな……
「コレットはここで待機。敵が来たら対処、ケガ人が来たら治療を頼む。状況次第で俺も前線に出るが、もし俺が倒れてシステムがダウンしたら、なんとかしてアバンドンド側に脱出しろ。コレットたちは投降してもいい。殺されたりはしないだろう」
「……はい、無茶しないでくださいね」
人狼はラウジェスでは危険視されているから、投降は受け入れられない可能性があるが、見た目が人族に近いコレットたちはなんとかなるだろう。
「よし、行動開始。ビッケ、やれ」
『はい、アルフィン様』
一人だけアバンドンド側に配置されたビッケが魔道具を起動し、奴の『仲間』を呼んだ。
うまく誘導してもらおう。
「アルフィンさん、『様』って……?」
「ザオウたちの『教育』の成果らしい」
内容は聞いていないし知りたくもないが、数時間でビッケは妙に従順になった。
まあ、サムライ化しなかっただけいいか。
──────
「ビッケ、遅かったじゃねえか。帰ろうかと思ってたぜ」
「ああ、悪かったな。奴ら夜中まで宴会してやがってな……そのぶん、今はグッスリ寝てるぜ。こっちだ」
ビッケは松明を掲げ20人弱の仲間たちを先導する。
ゴルディオ亡き後、頭目を継いだ男は、やはりビッケとは合わない男だった。
「宴会だと? 人狼どもめ、奴隷のくせにいいご身分だな」
「いや、エルフの娘の他にも人間の仲間が数人いた。襲撃したのもそいつららしい。酒で手懐けて手駒にしようとしているようだ」
アルフィンたちがアジトを襲撃した時の混乱により、盗賊団は敵を正確に把握していなかった。
アルフィンの姿はゴルディオたちしかまともに見ていない。
ビッケはハニワの襲撃を主張したのだが、「そんなハニワがいるワケない」と一蹴されていたのだ。
神出鬼没の狙撃手──コレットの存在も一役買った。
森を素早く移動しながら攻撃を仕掛けたコレットは、敵が複数人の弓手であるという認識を盗賊団に持たせていた。
「やはり人間か。数人くらい、この人数ならなんとかなる。酔い潰れてるんだろうしな」
「酒があるんだな、そいつも頂こうぜ。この洞窟に拠点を移すのも悪かねぇな!」
「エルフの娘もいただろう、そいつもだ。前のお頭はすぐ売り飛ばしちまってたからな。本当は好きなだけ遊びたかったんだよ……へへ」
(ククク、クズどもめ。アルフィン様の糧となるがいい)
ホールに続く脇道をスルーしながらビッケは笑む。
ザオウたちによる教育を経て、ビッケにはもはや裏切りの罪悪感などカケラもなかった。




