28話 レイド開始
冒険者側、三人称です。
朝日が照らすダンジョン前。
岩山にぽかりと空いた洞穴の前にオーパスを拠点としている冒険者たちが集められていた。
レイドは現地集合。早めに着いた者がキャンプを張り、後から冒険者たちが合流する形である。
近くで活動していた者たちも集まり、最終的には50人近くに達していた。
「よお、お前も来たのか」
「全員に報酬が出るんだろ、太っ腹だよな」
「レイドは初めてか? オレはダルトンのレイドに参加したことがある。あの時は大変でな……」
「でも、このダンジョンがそれほど危険なのか?」
寂れた辺境の町オーパスでは初めてとなる大規模攻略。
通常であればダンジョン探索は冒険者パーティー各々の裁量に任される。
だが、ダンジョンから魔物たちが溢れる『氾濫』の予兆があったり、有害な組織に占拠されたりといった緊急事態が起こった場合、冒険者ギルド主導で所属する冒険者たちを集めて展開されるのがレイドである。
「諸君、よく来てくれたな! 俺がラウジェス冒険者ギルド長、レダード・グレイムーアだ!」
レダードは山向こうのアバンドンドにまで届きそうな声量で叫ぶ。冒険者たちは思わず耳を抑えた。
雑談が止まったのを見てレダードは満足そうに頷いた。
「今回のレイドの目的はリビングダンジョンの攻略、ダンジョンコアの確保となる。今回は本来ならレイドを行うほどの危険はない! 安心して参加してほしい!」
「……危険がないのに、なぜレイドを?」
「それは……」
1人の冒険者が疑問を口にする。レダードが答えようとすると、それを遮るように女が前に進み出た。
ゆったりしたローブを着ているが、そのスタイルと美貌は隠し切れない。
男の冒険者が口笛を吹くが、冷たい視線に睨まれて押し黙った。
「……私からお答えするわ。上級のステラ・フォード。魔術師ギルドのオーパス方面エージェントを兼任しています」
オーパスを拠点とする上級冒険者『霧氷』のステラ。
彼女は魔術師ギルドの構成員でもあり、この地方の魔法的現象の調査・相談を一手に引き受けている。
「レイドの理由は2つ。1つは私の所属する魔術師ギルドがダンジョンコアを欲していること。迅速・確実にリビングダンジョンを攻略するためのレイドとなります」
レイドの発動には他のいくつかの主要ギルドの承認が必要となる。
冒険者が一時的に他の仕事から手を引くためだが、魔術師ギルドはその中でも強い権限を持っており、この地方ではステラにそれが委任されているのだ。
「もう1つは冒険者ギルドの方針変更。かつてのコロッサス、そしてダルトンでの手痛い経験から、小規模なレイドを頻繁に行い経験を積むことが必要だと判断されました」
最近の2度のレイドでは、目的こそ達したもののかなりの被害が出ることになった。経験不足により冒険者パーティー間の連携が上手くいかなかったことが一因とされたのだ。
そのためレダードは各所に根回ししてレイドの発動権限を緩めることにした。頻繁にレイドを行うことで各地の冒険者たちに経験を積ませるのだ。今回はそのテストケースを兼ねている……という建前だ。
「……こんなところでよろしいかしら?」
「ああ、ありがとう」
ステラは含みのある視線をレダードに投げる。
レイドを急いだもう一つの理由があることに彼女は気づいている。
行方不明の冒険者──アルフィン・ダグハイム。
レダードの娘の仲間であるその男を救うという私的な理由があることを。
基本的にはダンジョン探索は自己責任である。
リーダーの私怨により置き去りにされたとはいえ、一人の冒険者の救出が目的の一つと知られたら問題になりかねない。
「貸し一つね、ギルド長」
下がる際にレダードの耳元で囁く。
おそらくこの女にも別の目的がある。それを隠し、貸しまで作ろうというのだ。
油断のならない女──それがレダードがステラに抱いている印象だった。
「もう質問はないか? ……ダンジョンに入ったことのあるクザン、上級エドガーのパーティーを先行させ道案内とする。リビングダンジョンゆえ構造が変化している可能性があるが、そうであっても慌てないように! では、レイドを開始する!」
レダードの宣言とともに冒険者たちはバタバタと慌ただしく動き出す。やはり不慣れである。
その中に娘の姿を見つけ、声をかける。
「ルーリア、お前もクザンたちと先行するのか?」
「……パーティーはもう抜けるつもりだからこれで最後だけどね。アルフィンを見つけるためには先行組に入った方がいいでしょう?」
(この気性の荒い娘にここまで言わせるとは、一体どんな男なのか)
気性が荒いのは基本的に父親に対してだけであることにレダードは気づいていなかった。
「……父さん、アルフィンは……無事かな」
「うむ、10日が経過している。厳しくはあるが……なに、大丈夫だ。高難度ダンジョンの底で3ヶ月。魔獣を食い、泥水をすすって生き延びた者もいる。俺だが」
「……そんな化け物、父さんだけよ」
ルーリアは呆れたような口調で返すが、父が自分を励ますためにわざと軽口を叩いていることは分かった。
そこに一人の美女が近づいてくる。ステラだ。
「あら、ルーリア。クザンのパーティーを抜けるんでしょう。ウチに来ない? あなたなら歓迎するわよ」
「ステラさん。先約があるので……そいつと一緒なら、考えます」
「ふーん……それが行方不明の初級、というわけね。さすがに初級は困るわね。──それはそうと、ギルド長。その初級の他に、もう一つ理由があるんじゃない? 私にだけは教えてくれないかしら?」
それは初耳だ。ルーリアはレダードの表情をうかがう。
無表情だが──これは図星のようだ。
「……なんのことか分からんな。さあ、始まるぞ。ルーリアも先行組に入るなら急げ」
そう、自分には関係ない。
今はアルフィンを救うことだけを考えればいい。
きっとダンジョンの奥で助けを求めているのだから──
ルーリアは腰に提げた剣の感触を確かめ、ダンジョンの入り口に向かった。
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