27話 ダンジョン防衛システム
その深夜──
俺がいるのはダンジョンの指令室。
中央に円卓が置かれた、白い壁の部屋だ。
防衛システムを完成させる最後の仕上げ中である。いきなりレイドを仕掛けられるとは思っていなかったから急ごしらえだが、仕方ない。朝には攻撃が始まってしまうのだ。
「うふふ……燃えてる……」
部屋の隅で毛布を被って仮眠を取っているコレットの寝言が聞こえた。
急ぎで回復薬を作ってもらったため疲れてるらしいが……危ない寝言に集中力が削がれる。
「よし、仕上げだ」
黒背景に緑文字の『幻視』スクリーンが浮かび、ソースコードが流れ、魔法陣が組み上がっていく。
「Code-X ver.2.0 『プロフェッショナル・エディション』。起動」
ダンジョンの各所に埋め込んだ端末が光を放った。
壁内の魔力通信網が繋がり、ネットワークが完成する──
端末はダンジョンから供給される魔力を使い、刻み込まれた『探査』を発動、情報はリアルタイムでここに送られる。
指令室に備えた映像魔道具によってそれらの映像が壁面に映し出されるのだ。
「こ、これは……なんという……」
「凄まじいのう……」
「かっけえ……」
俺の作業を見守っていたザオウが唸り、エンテが感嘆の声を上げた。ブランとジナも子供らしく目を輝かせている……子供は寝る時間だぞ。
「これで、ここにいながらにしてダンジョン全域を監視できる──要塞の完成だ」
データセンター管理室、あるいはセキュリティ監視室──というより宇宙戦艦のイメージで作ったのだが、予想以上にそれっぽくなった。うむ、満足だ。
もちろんできることは監視だけではない。
今回の防衛作戦には必須の機能を盛り込んである。
「さて、システムを優先したが──まだ考えなければならないことがある。戦力だ」
冒険者たちはダンジョンに俺たちのような防衛戦力があるとは考えていない。
存在を知られているのはタスカリアスのみ。他に多少の魔物がいる程度と考えているはず。付け入る最大の隙はそこだ。
警戒させてはならない。消耗戦になれば勝ち目はない。
通常のダンジョンと思わせ、油断させて引き込み、一網打尽にする。
そのためには手頃な戦力が必要だ。
まったく手応えのないダンジョンでは逆に罠を警戒されかねない。ある程度の戦力で迎撃しなければ。
だが、元からいた魔物はほとんど駆逐してしまっていたのだった。
今こちらで見せられる戦力として動員できるのは──タスカリアスと、ビート率いる蜘蛛部隊50のみ。
敵戦力は上級冒険者がリーダーを務める上級パーティーが2、中級〜初級パーティーが4〜6といったところか。
蜘蛛部隊では上級2パーティーを相手したらあっという間にやられそうだ。ビートも大蜘蛛だった頃の強さはない。
頑張っても足止めできる限界は上級1と中級1。それもかなりの被害が出る。
タスカリアスで上級1パーティーを相手できるとしても、もう少しなければ手応えがなさすぎる。
くそ、戦力が足りない──
「……あれ、なに?」
食い入るように映像を見ていたジナが、そのうち一つを指差した。
そのカメラに映っているのは一人の男だ。
松明をかざし、キョロキョロと周りを警戒しながら洞窟を進んでいる。
すでに冒険者に侵入されていたか? と思ったが、違うな。
「あいつは盗賊団の簀巻き男だ」
「簀巻き?」
ボス蜘蛛に簀巻きにされ、俺に拷も……取り調べされ、ゴルディオに冷たくあしらわれ、俺にまた簀巻きにされた盗賊だ。
「簀巻きになるのが好きらしい。お前と気が合うかもしれんぞ」
「オレは簀巻き好きじゃねーよ……」
ビートに簀巻きにされた経験のあるブランはウンザリした顔で呟く。
「ザオウ、アイツを捕まえ……」
言い終わる前にザオウは指令室を飛び出していった。
そしてすぐ戻ってきて、男を地面に放り投げた。そいつは当然……
「殿、簀巻きにして連れて参りました」
分かってるじゃないか、ザオウ。
「で、なにしに来たんだお前」
「て! てめぇ……やっぱりここにいやがったな! ほどきやがれぇ!」
「時間がない。そういうのいいから、吐け」
吐かせた。
「……うう、殺せよ、もう……」
奴らはどうやら冒険者のレイドのことを知らず、アバンドンド側から侵入しようとしているようだ。頭目の仇討ち──というより、俺が回収したお宝の奪還が目的らしい。
こいつは斥候として一人で派遣されてきたのか。不憫な奴だ。
「オレの仲間たちは外で待機してる。オレが合図を送ればすぐになだれ込み、お前らを……」
「ほう」
「殿、挟撃されては……」
「しっ」
こっちの状況を教えてやる必要はない。
ザオウを黙らせる。
「お前──そういえば、名前は?」
「……ビッケだ」
「ビッケ、仲間にどうやって連絡するつもりだ?」
「……オレの懐にある魔道具は一対になってて、これを動かせば外にいる奴に連絡がいくようになってる。お前らが寝静まってる隙に侵入して皆殺しにするはずだった」
皆殺しか。物騒な連中だ。
「……そんなことまで言うとは、やけに物分かりがいいな? 俺がお前をどうするか分かるだろ?」
「……もうイヤなんだ。いつもオレは貧乏くじだ。蜘蛛に捕まった時も、オレは捨て駒にされて……今回も一人で偵察しろって……しかもあいつらは子供たちまで殺そうってんだ。本当はもうイヤなんだよ。もう、殺してくれ」
ビッケは簀巻きにされたまま顔を伏せ、涙声で死を望んだ。
……嘘を言っているようには見えんな。
こいつも、被害者なのか。
荒れ果てた『見捨てられし地』、奴らの仲間になるしか選択肢はなかったのかもしれない。
「……ビッケ、俺たちの役に立つ気はあるか?」
上手くすれば、戦力問題も解決するか。




