22話 エルフ村跡
次はコレットたちだ。
コレットたちの住んでいた村、一度見ておきたい。
放棄するのでも、まだ役立つものがあるかもしれない。
「コレット、一度エルフの村を見せてくれないか?」
「はい、案内しますね!」
そんなわけでブランとジナを伴い、洞窟北西出口の方にあるエルフ村跡に向かった。
洞窟を出ると、そこは昼なお暗い鬱蒼とした森の中だった。
森の中のちょっとした窪地の斜面に穴が開いていたらしいが、茂みに覆われていて簡単には見つからなさそうだ。
「蜘蛛はここから出入りしてエルフたちを攫っていたのか」
「わたしもこの洞窟の存在は知りませんでした。逃げる蜘蛛たちを追跡していて気づいたんです」
「それで何も考えずに飛び込んだわけだ」
「いや、そのー…… い、いいじゃないですか、結果オーライということで」
「いまさら言ってもしょうがないのは確かだな。でもあんな状況になる前に打てる手はあっただろう。冒険者ならあらゆる状況を想定して準備をしておくもんだ」
「……その通りですよね」
トラブルの芽は未然に潰す。
実際は冒険者というよりはプログラマー時代に培った考え方だ。
「とはいえ、その2人の面倒を見るので精一杯だったんだろ、頑張ったな」
「……ありがとう」
涙ぐむコレット。
なんか泣いてるところばかり見ているようだが無理もない。
姉代わりとして、やんちゃなブランとぼうっとしているジナの面倒を見ながら、過酷な『見捨てられし地』で送る生活はなかなか厳しいものだろう。
今後はコレットも年相応の……
……あっ。
そもそもこの娘は何歳だ?
見た目は10代中盤といったところだが……ハーフエルフだからな……
「あ、見えました! あそこが村です」
木で作られた家が森の木々の間に溶け込むように散在している。木をそのまま柱に利用しているような家もある。
これがエルフの村か。
聞いていた通り人の気配はないようだ。
放棄されてからそう時間は経っていないようだが、主人のいない家はすぐに朽ちていく。
だが村に漂う不気味な空気はそのせいだけではあるまい。
「なんか……空気が澱んでるな」
これは、魔力毒……瘴気、か?
ハニワの体は嗅覚や触覚などいくつかの感覚がない代わりに魔力的な感覚が鋭敏になっている。
その感覚が感じているのは攻撃的な魔力の残滓だ。
「そもそもここに住んでいたエルフたちはどうなったんだ?」
見れば分かるかと思って尋ねていなかったのだが、コレットの口ぶりによると襲撃により全滅した、という感じではなかった。
「……エルフたちは村を放棄して同胞の元へ向かいました。わたしたちは取り残されたんです」
「あいつらは見捨てたんだよ、オレたちを」
ブランは吐き捨てるように言う。
「オレたち獣人族はずっとエルフの下で戦士として働いていたんだ。なにかあった時に敵と戦う役さ」
「去年の蒼月の夜に村は魔物の襲撃を受けました。その時は被害も少なく撃退できたのですが、その魔物は死体から瘴気を撒き散らし、森ごと汚染されました。矢面に立って迎撃した獣人たちは瘴気に冒されてしまったんです」
蒼月の夜。
満月の夜、月が青く輝くことがある。
その日は魔物たちが狂暴化し、群れをなして町を襲うこともある。
『見捨てられし地』は特にその傾向が強く、開拓が一向に進まない。それゆえにどの国家も手を出さなくなったらしい。
そういえば、俺が前世で死んだあの夜、最後に見た月も青かったな……
「なるほど。だがなぜお前たちだけ置いていった?」
「……わたしたち3人だけではなく、獣人たち全員が置いていかれたんです。瘴気によって衰弱した獣人たちは動けなかったですし、なによりも合流先のエルフたちにいい顔をされないでしょうから、足手まといだったんでしょう」
エルフたちは村を守った獣人たちをあっさり見捨てて逃げ出したのか。
……ああ、そういう奴らには俺も覚えがあるよ。
エルフはよそ者を嫌う排他的な種族だが、そうでなくても病人の集団移民など歓迎はされないだろう。
理に適ってはいる──自分たちを守った者を見捨てたことは間違いないが。
「エルフたちはさっさとオレたちを見捨てて出て行ったんだけど、コレット姉ちゃんだけはオレたちのために残ってくれたんだ」
「……わたし自身もエルフたちの中では疎まれてましたし……村では薬剤師みたいなことをしていたので、瘴気を和らげる薬が作れたんです。ですが、大人の症状の進行は抑えきれませんでした。ブランとジナ以外はすでに……」
コレットの視線の先には墓標が並んでいる。
瘴気によって死んだ獣人たちの墓だろう。
「……湿っぽくなっちゃいましたね。あ、ここわたしの家です。とりあえず中へどうぞ」
村の外れに他と比べてもこじんまりとした家があった。
半壊している扉から中に入ると──すごく散らかっていた。
「あ……」
家具は無事なものはダンジョンに運び込んだようだが、破壊されたものはそのままになっており、矢の刺さった蜘蛛の死体がいくつか落ちている。
そうか、襲撃を受けてから片付けてないんだな……
「いや、いつもはこんなんじゃないんですよ!?」
そりゃ、いつも家の中に蜘蛛の死体はないだろう。
「ちょっとジナと外で待っててもらえますか? ブラン、手伝ってくれる?」
「うう、やだけど、分かった。この蜘蛛の死体はどこに持ってく?」
「さすがに家の裏とかじゃ嫌だから……あっちの崖下に落としてこよっか」
「遠いなー……」
ブチブチ言いながらも作業を始めようとするブラン。
だが、折り重なった蜘蛛の死骸がもぞりと動くのを見て弾かれたように跳びのき、腰から短剣を抜き放つ。
「い、今動いたよ! ……生きてるのがいる!」
「あ、待て。そいつは……」
他と比べても特に小さい蜘蛛の1匹が顔を上げ、ブランと目が合った。
俺が制止する間もなく、反射的にブランは短剣を突き立てようとする。
ザクッ! と短剣が突き立ったのはその下の死骸だった。
「速……!?」
蜘蛛は鋭い動きでブランの周囲を動き回り、糸でかんじがらめにする。
「ブ、ブラン!?」
コレットが背中から取り出した弓を構えるのを俺がジェスチャーで制止する。
「……そいつは味方だ。勝手についてきたのか、ビート」
30センチ弱の蜘蛛──ビートは糸で簀巻きにされてジタバタと暴れるブランの上で勝利のポーズを取っている。
「……味方?」
「ダンジョンコアの機能で召喚しちゃった」
「えー……さすがにちょっとイヤです……」
「……なんでそんなもん作るの……」
コレットとブランはドン引きである。ジナもすごくイヤそうな顔をしている。
散々エルフや獣人を苦しめてたらしいからな。
「それにしても、強すぎないですか? ブランでも3匹くらいまでは同時に相手できたんですけど」
「あー、それなんだが……そいつはアルファ──早い話が、あのボス蜘蛛の生まれ変わりだ」
「……マジ? ビーストイーターの?」
どうやらダンジョンはアルファとしての権能ごと吸収してしまっていたらしい。
それによって、本来なら生き残りのいずれかに継承されるはずが、ダンジョンで最初に作ったウェブスピッターがアルファになってしまったようだ。
「……害はないんですね?」
「ああ、お前たちや人狼、ダンジョンに対して友好的な者に危害は加えないはずだ」
「……これは危害じゃないの……?」
わきわきと勝利のダンスを踊るビートの下でブランが呻く。
まあこれは正当防衛かな……
「ビート、帰れ。空き部屋勝手に巣にしていいから」
ビートは脚で敬礼のポーズを取ると目にも留まらぬ速さで玄関から退出していく──
「……げっ!?」
ガサガサッ!
と音を立て、ビートが出て行くと同時にそこら中の物陰から出てきた蜘蛛が外に出て行った。
「な……あんなに作ったの、兄ちゃん!?」
「……いや、俺じゃないぞ。多分あの時の生き残りだな。ビートがアルファになったことで支配下に入ったんだろう」
「……あいつらも住むんですよね……部屋は離しておいてくださいね……」
コレットも疲れた顔で言う。
500DMPで強力なアルファと群れが手に入ったのはお得だったのだが……まあ寝てる横でガサガサされるのはヤだよな……
──────
簀巻きからようやく解放されたブランはなおブツクサ言いながら家の片付けを始める。
俺がなんとなしに窓から外を見ると、さまざまなな草が生えていた。
残念ながら枯れてしまっているが、育てていたのだろうか。
「ここでは薬草を育ててたんですが、瘴気にやられてます。ジナの薬の原料を育ててる『聖域』も遠からずダメになりそうです」
「聖域?」
「森の奥にそう呼ぼれてる場所があって、大地の精霊の力が豊富で年中暖かいので、いろいろな植物が育つんです」
一種のパワースポットのような場所か。
前世でも寒い地域なのに部分的に暖かい場所があるような話を聞いたことがある。おそらくは温泉やらマグマやらの地熱によるものだと思うが……この世界だと変な魔力の作用かもしれん。
「あ、あの赤い木の実のあるところ? ウマいよねアレ。種ごと食うとなんか力が出てくるし」
ブランが蜘蛛の脚をちぎりながら涎を垂らしそうな表情で呟く。それは食うなよ。
「ああ、コーヒーね。あれは獣人族の人が南から持ち込んできたらしいから……」
「──ん? 今なんて?」
「ご存知ですか? コーヒーです。南方の植物なんですが、獣人たちの好物なので昔から育ててるんです。あ、持ち込んだのは確かブラン、あなたのお父さんだったよ」
「コーヒー……あのコーヒーだよな」
コーヒーノキがあるのか。
この世界では噂にすら聞いたことがなかった。
プログラマーの傍らにいつもある、プログラマーの唯一の友であり相棒。
それがなければ作業効率は3割減とまで言われている。(※個人差があります)
「いかん──いかんぞ! コーヒーノキを枯らしてはいかん!」
「え、ええ……でもこの瘴気を止めないといずれ……」
「うーむ、そうだな……発生源を──いや」
もっと簡単な方法がある。
この森をダンジョンの支配下に入れてしまうのだ。
ここはすでにダンジョン化している洞窟と隣接している。
つまり、支配できるということである。
瘴気は発生源ごと魔力として吸収し、温度調整などのダンジョン機能によってコーヒーも守れる……一石二鳥ではないか!
「よし、決めた」
「どうしたんです?」
「この村をダンジョンの支配領域に入れてもいいか?」
「……え、ええ!?」
ダンジョン管理者である俺は領域の支配権がどこにあるか、見れば分かる。現在この村に関して権利を持っているのはコレットだった。
3人しか住んでいなくて、そのリーダーなのだから当たり前ではあるが、なんか意外だった。
支配権を持つコレットが同意することでこの森をダンジョン支配下における。
この森に蔓延する瘴気を除ける可能性があること、そして……目下の邪魔者である蜘蛛の死体も遠くまで捨てにいかずともダンジョンに吸収させられることなどを滔々と説明する。
「じゃあ、わたしが同意すればいいんですね……はい、分かりました」
こうして俺はエルフの廃村とコーヒー農園を手に入れたのだった。




