19話 初入居
「すみません、アルフィン様。もう大丈夫です」
遠吠えを終えたザオウはサッパリとした表情で言う。
決闘を邪魔しようとした取り巻きたちはすでにウェアウルフたちによって仕留められているが、盗賊団のほとんどは健在だ。奴らはどう出るか……
「いたぞ! あっちだ!」
怒号が飛び、レーダー上の敵の動きが変わる。
最初に『探査』で調べたより多くの敵が群がってくる。地下にいたのだろう。
頭目を失って戦意を喪失してくれれば楽だったが、そういうわけにもいかないようだ。
「……面目ありません」
結果として敵を呼び寄せてしまったザオウは頭を下げた。
その手足が震えているのが分かる。拷問を受けた体で一騎討ちをしたのだ。その緊張が解け、もう体力は限界だろう。
蜘蛛とのバトルから休んでいないコレットも顔には疲労が色濃い。魔力切れの俺も同じくだ。多数の盗賊を相手に大立ち回りするのは厳しい。
「コレット。ザオウたちも、走れるか?」
「がんばります! ブラン、ついてきて!」
「オーケー、あっちだね!」
「皆、余力を振り絞れ! 行くぞ!」
コレットが俺を抱え、ジナをおぶったブラン、獣人たちと共に走る。
森の中だからか、森林適応スキルを持ったエルフや人狼たちは速い。
ろくに食事を与えられていないだろう奴隷たちも、そうとは思えないスピードでグングンと敵を引き離す……が。
「数人ほど森の外側を迂回してくる。このスピードは馬だな。抜けたところでかち合うぞ」
「む……それも対処しましょう」
「いや、相手してたら後続に捕まる。駆け抜けるぞ」
「『火蜂』、使いますか!?」
「この状況だと厳しい。俺がなんとかするから、持ち方を変えてくれ」
森を抜けると、横から馬に乗った野盗が迫ってくる。
新技を披露してやろう。
「『錘縄』!」
俺の放った4つの魔力球はそれぞれ追いすがる馬の足元に向かって飛ぶ。
「当たってないよ!」
「いいんだ、これで」
俺がブランに応えると同時、野盗たちは悲鳴を上げながら派手に吹っ飛んで宙を舞った。
馬が全速力のまま転倒したのだ。
「うわっ、すげえ吹っ飛んだよ!」
「コケさせただけだ」
転倒した馬の脚には紐が絡みついていた。
2つの『呪球』の間に『呪線』を通した合体魔法『錘縄』だ。
繋がった魔力球の射出速度をわずかに変えることで絡みつきやすくしてある。
「よし、あとは……走れ……」
ああくそ、限界だ。
ハニワの体なのに強烈な倦怠感と眠気が襲ってきた。
「はい! ……あれ、アルフィンさん? 様子が……?」
「魔力切れだ……スリープモードに移行する。ダンジョンのコアルームまで……たのむ」
「……任せてください!」
激しく揺れるコレットの腕の中で俺の意識は途切れた。
──────
ぷしゅー、レジューム中……
『Code-X』再起動……
ダンジョンコアとの通信回復……
魔力供給開始……
……プロセスコンプリート。
「……大丈夫です?」
まず視界に入ったのはコレットの心配そうな顔だった。
横からはブランとジナ、そしてザオウも覗き込んでいる。
俺がいるのは既に見慣れたコアルームだ。
あの後無事に逃げ切れたのだろう。
「もう平気だ。助かったよ」
「……ああ、よかったー。もう、無茶しないでくださいよ」
コレットは胸を撫で下ろし、ブランとジナはハイタッチをしている。
「重かっただろ? よく投げ捨てなかったな」
俺の体は脆くて空洞の粘土製だが、それでも10キロ以上はあるだろうし、抱えやすいとはいえない。
全速力で敵から逃げるのには相当に邪魔だったはずだ。
「……なんでそんなこと言うんですか。命の恩人を投げるわけないじゃないですか」
コレットは頬を膨らませて俺を睨む。
「なんというか、アルフィンさんはもっと自分を大事にした方がいいと思います。飄々としたまま命を投げ出しそうで怖いです」
ぎくり。
……そんなつもりはないのだが、確かにそうかもしれない。
というか、前世でもそんな感じで死んだわけだから完全に図星である。
「小娘。エルフごときがアルフィン様に説教など、何様のつもりか」
ザオウがコレットを睨みつける。
「う……そもそもなんですか、あなたは」
「俺の名はザオウ。アルフィン様の一の家来だ」
「……え、ズルい。1番はわたしですー!」
お前らいつのまに家来になったの?
「気をつけるよ。……ともあれ、これでひと段落だろ?」
誰の犠牲もなく、大蜘蛛『ビーストイーター』を倒し、盗賊団のアジトから子供たちと……ついでだが奴隷たちを救出した。完璧な成果だ。
そう思ってコレットの方を見てギョッとする。
コレットは涙をボロボロと流していたのだ。
「ほん……と、あの家を見た時は、もうダメかと……えぐっ。みんな無事で……よかっ……う、うう〜」
最後の方は完全に嗚咽になった。
コレットも限界だったようだ。張り詰めていた緊張の糸が切れたのだろう。
絶望的な状況だったのだ。無理もない。
「あー! ハニワの兄ちゃんが姉ちゃんを泣かしたー!」
「……泣かした……」
「うるせえ、元はと言えばお前らのせいだろうが」
子供たちの方が余裕があるな。たくましい連中だ。
その分コレットの苦労もひとしおだろうな。
「それで……えぐっ。恩返しがしたいんですが……わたしたちになにかできますか?」
あ、そんな話をしてたな。
ちゃんと休んでからでもいいんだが……この際、いいか。
「よし、じゃあ……君たち3人、このダンジョンに住んでもらおうか」
「……え?」
3人はキョトンとした顔をしている。
「むう、イヤか? ……確かに今は殺風景だが、ちゃんとそれぞれ部屋も作れるし、なんなら……」
「……いや、そんなことでいいんですか? 全然恩返しになってない……というか、むしろありがたいお話なんですけど……」
「そうなのか? 村を出たくないのかと思ってたんだが」
「いえ、そんなことはないです! ただ行くあてがなかっただけで……もっと安全な場所があれば引っ越したいと思ってました」
「なら都合がいいな。決まりだ」
3人の表情がパッと明るくなる。
「でもお返しできるものがなにも……じゃあ、働きますね! 腕によりを掛けてエルフ料理をご馳走します!」
気持ちは嬉しいが、ハニワは飯を食えんぞ。
「このダンジョン、兄ちゃんのなんだろ? スゲー、楽しそう!」
「……ダンジョン……すき……」
ブランとジナも喜んでいるようだ。
俺は内心ほくそ笑む。
ククク、これでコレットが恒常的に放出している魔力を継続して稼げる。
恩返ししてくれるというのだ。せいぜい体で(※魔力のことです)払ってもらうとしよう。
「……アルフィン様、我々もご一緒させてもらってもよいでしょうか?」
ザオウがおずおずとそう申し出た。
「帰る場所はないのか?」
「我々は元々流浪の民。いずこにも受け入れられず『見捨てられし地』を彷徨っておりました。もし住まわせて頂けるならば、命をかけてお仕えいたします」
重いわ。命はかけなくていいぞ。
「2番さんならいいですよー」
「お前には聞いてないぞ、小娘」
「もちろんいいが、仲良くしろよな、お前ら……」
こうして、俺のダンジョンは賑やかになってきたのであった。