14話 盗賊アジト潜入作戦
「お待たせしました!」
待ち合わせに指定したコアルームにコレットが戻って来たのは数時間後だった。
「一応、場所は聞き出しておいた。こっち側の出口から出て西に20キロほどの岩場だそうだ」
砂の地面にハニワの手でたどたどしく地図を描く。
マップで確認したところ、洞窟には4箇所の出口があるようだ。
東のラウジェス方面に1つ、西のアバンドンド方面に3つ。
男が吐いたのはコレットの住む北西の森側ではなく、西の出口だった。
「そのあたりは人の住めそうもない岩場ですが……」
「ヤツが言うには、だからこそ隠れ住むにはいいらしいぞ」
「……そういえば、あの人は?」
「処分した。と言いたいところだが、逃がした」
それを聞いたコレットは複雑そうな表情を見せる。
「もし、嘘だったら?」
「十中八九嘘だな。だから逃がしたんだ」
「……どういうことです?」
「追跡魔法をかけてある。衰弱しているヤツは真っ先にアジトに向かうだろうな」
悪党の言うことなど最初から信用するつもりはない。
情報に納得したフリをしてこっそりと追跡魔法『呪標』をくっつけて逃がしたのだ。
『呪標』は俺が放つ魔力波に反応して反射し、戻ってきた魔力の強さと時間差により距離を知ることができる、という魔法だ。
方向までは分からないため、移動しつつ何度も確認しなければならない使い勝手の悪い魔法であった──のは昔の話だ。
今はかなり正確に座標を割り出せるようになっている。GPSである。
GPS衛星は『呪標』と同じく、自分の位置情報を発信しているわけではない。
電波に含まれる時刻情報と受信時の時刻の差から受信側で計算しているのだ。
その仕組みを応用し、複数の定点に設置した呪標の位置関係を『Code-X』で計算してコアを基点とした座標を割り出すようにカスタマイズした。
『呪標』の魔力波はGPS電波と違って通常の地形の影響は受けにくいので衛星を打ち上げる必要もないし、衛星軌道情報なども不要なので、俺でもなんとかプログラムを組めたのだ。
「よく分からないけど、さすがハニワさん!」
「ハニワはやめてくれ。アルフィンだ」
「……ハニワって名乗りませんでした?」
そうだっけ?
……ああ、こんな姿になってると冒険者たちに知られたくなかったから名を伏せていたんだっけ。
「じゃあ……アルフィンさん。これを」
コレットが取り出したのは1本の木の枝だった。
「いろいろと良くして頂いて……ありがとうございます。これくらいしかお礼できるものがありませんが」
「これは──なんだ? 木の枝?」
エルフの間で使われてる通貨とかじゃないだろうな。
「エルフの霊樹の枝です。なんでも魔力を通わせると大地の力を出すとか……」
『解析』の魔法で調べてみる──純魔力を地属性魔力に変換できる枝か。
これは面白いことに使えそうだぞ。
さしあたり、地属性魔力が使えるようになるならアレが使えるかな。
ダンジョンコアの機能から抽出した魔法、『掘削』だ。
魔法自体はコアから抽出しておいたのだが、俺には使えなかったのだ。これがあればダンジョン外でも使える。
いつでも穴を掘ってトイレを作れるのだ……あ、俺には必要なかったわ。
……お。
ヤツの動きが止まった。一番目立たない、南西の出口を出てすぐのところだ。
やはり嘘だったな。
「よし、行くか」
「これ以上、お世話になるわけには……」
「乗りかかった船だ、気にするな。それに後で頼みたいこともあるしな」
「うう、すみません。ありがとうございます。無事に救出できたらなんでも」
ん? 今なんでもするって?
……なんてな。まあそんな変なことを頼むつもりはない。
「急ぐぞ、ついてこい!」
「はい!」
……テクテク。テクテク……
「……俺、歩くの遅いから……」
「はい、抱えて行きます……」
すまんのう。
──────
「アレだな」
コレットに抱えられた約2時間の長い旅路の末、ついに敵の本拠地にたどり着いた。
……本当は洞窟を出てすぐそばである。
すでに陽は落ちている。侵入するならいい頃合いだが。
「こんなところに村が……?」
盗賊団のアジトはおっさんの言っていたような岩場ではなく、森に隠れるようにちょっとした集落になっていた。
木で造られた粗末な壁に囲まれており、いくつかの篝火が焚かれている。
入り口には篝火のそばに見張りが2人。さっきの男は奥の方ににいるようだ。
最大範囲で『探査』を使い、内部を探る。
「ダメだ。生体反応が多過ぎて個体識別まではできない」
ボス蜘蛛くらい巨大ならすぐ分かるのだが、大人と子どもみたいな微妙な差までは識別できない。
「潜入しますか?」
「待て。見張りは何かを話し込んでいる。盗み聞きしてみよう」
見えにくいように調節した『呪線』を伸ばして近くの木に巻きつける。糸電話だ。
聞き取りづらいが『Code-X』で音声処理、話し声を増幅してノイズを除去する。
「……今度のは毛むくじゃらじゃないんだろ? どこにいるんだ?」
「……奴隷小屋じゃなくて地下牢だ。遊ぼうなんて思うなよ、商品を傷物にしたらお頭にぶっ殺されるぞ」
タイムリーな話題で助かった。
ふむ、奴隷小屋の隣の地下牢か。
『探査』を分析して構築したマップによると……奥の方に生体反応が密集している小屋がある。これが奴隷小屋だろう。
その隣に小さな小屋がある。これが地下牢の入口か。
「地下牢か。商品らしいから、無事なはずだ」
「よかった……無事で」
コレットはホッと胸をなでおろす。
……本人かどうか、五体満足かどうかはまだ分からんが、水を差すこともないか。少なくとも息はある。
「さっそく乗り込みますか!?」
「待て、敵を数えてみよう。予想より多い」
1、2、3……多いな。
10、11、12……まだいる。
「……見張りを入れて26人。奴隷らしき反応は8人。10人に満たないくらいだと予想してたが……」
「正面突破は厳しそうですね」
『火蜂』で全員肉片にすることは可能かもしれないが、精密な制御が難しい魔法なので子どもたちを巻き添えにしかねない。
人質に取られる可能性もある。隠密行動が無難だろう。
「さっそくこれが役に立ちそうだ」
ハニワの体の中から霊樹の枝を取り出す。『掘削』。
初めて使った魔法は問題なく効果を発揮し、土の地面に穴を開けた。
「む……狭いな」
穴は開けられたが、俺はともかく人が通るには狭すぎる。
もっと広くすることはできそうだが、地下牢まで延ばすとなると魔力が足りないかもしれない。ここではダンジョン内と違って俺の魔力は制限されるのだ。
「コレットは無理そうだな」
「入れますよ、ほら」
コレットがスルリと穴に入っていった。
だが。
「……で、出られません──!」
「……何をしてるんだ、お前は」
俺が引っ張っても持ち上がらないので『呪線』を近くの木に括り付けて渡してやると、それをロープのように引っ張ってやっと這い出る。
「出れました!」
「しかしよく入れたな……」
「凹凸が少ないので!」
自分で言うのか。しかも自慢げに。
……あ、エルフの間ではスレンダーな方がいいのか。
「しかし、さすがに通るのは無理だろう」
「弟たちなら通れると思います……よし、わたしは陽動に回ります」
コレットは背中から弓を取り出した。
蜘蛛との戦いでほぼ使い切っていた矢も家で補充してきたようだ。
確かに陽動をかけてもらえれば救出は楽になるだろう。
しかし、それでコレットが捕まっては元の木阿弥だ。
「……大丈夫か?」
「エルフはゲリラ戦が得意ですから。ここは森の中ですし」
金緑色の髪と皮鎧、草色の服はまんま森林迷彩である。
コレットの弓の腕は折り紙つきで、加えてエルフは夜目が利く。夜の森でエルフを捉えるのは容易ではない。
「分かった。子どもたちは任せてくれ。ブランとジナだったな……あ、待て。俺1人で信用されるか?」
なにせこんなナリである。
見た目魔物でしかない。
「……うーん、わたしの名前を出せば大丈夫だと思いますが……あ、そうだ。これを渡してください」
そう言ってコレットが手渡した小瓶には見覚えがあった。
「……あの男が盗んでた薬か」
「これはジナ──妹のための薬です。定期的に飲まなければならないんですが、そろそろ発作が起こるかもしれません。わたしからこれを預かったと言えば間違いないです」
「分かった、そうしよう。じゃあ……そうだな。ここから『呪線』を伸ばしていくから、これが解除されたら攻撃を仕掛けてくれ。無理するなよ」
「アルフィンさんもお気をつけて」
俺は穴に飛び込んだ。
何度か魔法を使って穴を掘っていかなければ……
やれやれ、やっと地上に出たと思ったらまたモグラの真似事か。