13話 手がかり
大蜘蛛の巣に戻ってきた。
依然として糸で埋め尽くされているが小蜘蛛たちはどこかに逃亡したらしくもぬけの殻である。
あるいは俺の支配領域下になったのを察したのかもしれない。
ボスが死んだせいか乾燥したせいかは分からないが、張り巡らされた蜘蛛の巣はもう粘着力が弱い。ベリベリと剥がしながら奥に向かう。
「アレだな」
奥には繭のように糸の塊が並べられていた。食糧貯蔵庫ってところか。
「ブラン! ジナ! 返事をして!」
駆け寄って短剣で繭を裂いたコレットは小さく悲鳴をあげる。
中から顔を出したのは半分干からびたミイラだった。
子どもかどうかも分からないが、これじゃ……ないよな。
コレットの表情を窺うとやはり違うらしい。首を振ってため息をつくと、次の繭に取りかかる。
黙々と繭を切り開いていく。
俺もやっているのだが、ハニワの手ではなかなかもどかしい。
そして……最後の1つになった。
「…………」
ここまで、息のある「中身」はなかった。
コレットは泣きそうな表情で、短剣を持つ手が震えている。
最後ということは──2人いるはずの子どもたちのどちらかはいないということが確定してしまった。
……いや、本当にそうだろうか。
「待て、コレット。そもそも子どもたちが蜘蛛に連れ去られるところを目撃したのか?」
「え……?」
「思い込みじゃないのか? どういう状況だったんだ?」
コレットは視線を上にやり、思い出すそぶりを見せる。
「……確かに、その瞬間を見てはいません。わたしが家に戻った時、小さい蜘蛛たちがいたのでてっきり……以前から村の者が連れ去られることはあったので」
「……とりあえず、最後のを開けてみるか」
コレットは頷くと最後の繭に短剣を刺し込む。
縦に割いていくと、中から出てきたものが倒れこんできた。
「ぶはっ! ゲハ、ゲホッ!」
中から出てきた人間はうずくまって激しく咳き込む。
これも子どもには見えない。
どちらかと言えば人相の悪いおっさんだ。ひょっとして繭の中で高速成長したのだろうか。
コレットもかぶりを振る。ハズレらしい。
「ああ……助かった。死ぬかと思ったぜ…… 助けてくれたのか? すまねえな……」
と、そこでコレットに目をやった男は動きを止めた。
「あれ、お前は……?」
「……あなたは誰ですか?」
コレットの反応を見たおっさんは考え込む。
ややあって何かを思いついたように慌て気味に喋り出した。
「いや、すまねえ。急に蜘蛛どもに襲われてな。助けてくれてありがとう。それじゃ、オレはこれで……」
「待て」
そそくさと去ろうとしたおっさんは俺の出した『呪線』につまずいてすっ転んだ。
ずっと閉じ込められていたからフラフラのようだな。
「うぶぁっ! な、なんだ!? ……なんだテメェは!? 魔物か!?」
「俺のことはどうでもいい。お前、コレットを知っているな?」
コレットはおっさんを知らないようだが、おっさんはコレットを知っているような反応だった。不自然である。
「だったらなんだってんだ!?」
「コレットの弟妹をどうした? 言え」
「弟妹……? あいつらは……い、いや! なんのことだかサッパリ分かんねえ!」
スッとぼけるおっさん。
コレットはこちらに不思議そうな顔を向ける。
「……どういうことですか?」
「こいつはなにか知ってるぞ。そうだな……コレットの家に行ったことがあるだろう?」
「いや、ねえよ! なんで決めつけんだよ! 証拠は!?」
「ねえよ、そんなもん」
状況証拠は完璧なんだがな……
面倒くさいので『呪線』を出して簀巻きにする。
「く、くそっ、またかよ!」
「コレット、家からなくなったものはなかったか? 例えば……これとか?」
おっさんの懐から引っ張り出した小瓶を見せる。
中は透き通った青い液体で満たされていた。
おっさんの表情が変わる。
「あ、わたしの作った薬です! ……ひょっとして、盗んだんですか!?」
「盗っ人だな。いや──人攫いか」
「……っ!? くそ、ハニワがなんでそんなこと分かるんだよ!?」
この洞窟はラウジェス王国と、無国籍地帯『見捨てられし地』の境にある。
俺が来たのはラウジェス側だが、洞窟はおそらくあちらと繋がっている。ラウジェスにはエルフはいないからコレットが住んでいるのもそちら側なのだろう。
魔物や犯罪者が横行する不毛の地……
当然野盗や人攫いなど掃いて捨てるほどいるのだ。
「コレットを知っていたってことは下見を重ねた計画的犯行だ。弓を使えるコレットが外出している隙を狙ったんだろう」
おっさんは舌打ちし、開き直って叫ぶ。
「……ああ、そうだよ! 先に2人を人質にして、そこの娘も後から攫う予定だった──邪魔がなければな!」
なるほどね。ダブルブッキングか。
「犯行の時、ちょうど蜘蛛の襲撃があった。間抜けなこいつは蜘蛛に捕まり、他の奴らは子どもたちを攫って逃げおおせた──こんなところか」
「……どこですか? あなたたちのアジトは……」
静かな怒りを湛えたコレットが詰め寄る。
男は地面に唾を吐いて押し黙った。
「そういう態度でいいのか? ……コレット、とりあえず家の様子を見てくるといい。ひょっとしたらヒョッコリ家に戻ってる可能性もあるしな」
「えっ、この人は……?」
「うん、俺が聞き出してみよう」
「けっ、ハニワなんぞに話すことはねえよ!」
強がるおっさんだが、突然暗くなったことに気づいて簀巻きのまま顔を上げる。
そこには巨大なストーンゴーレムが立っていた。
「な、なな、なんだこいつは!?」
「俺が呼んだ。タスカリアス、連れていけ。丁重にな」
タスカリアスは男の爪先を持つと、よっこらせとばかりに肩に担いだ。
丁重に振り回された男は何事かを喚いている──が俺には聞こえない。アジトの場所以外は。
「じゃあ、また後で」
洞窟にちょうどいい空間があった。
そこにダンジョンコアの機能で新しい部屋を作ろう。
拷も……じゃなくて、なんだ……うん、取り調べ室だ。
ここももう俺のダンジョンだからな。