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12話 ホットフィックス

 


 ああ、分かっているとも。

 真下はコアルーム。コアを破壊されれば俺は終わりだ。逃げるわけにはいかない。


 だが、文字通り八方塞がりなのも確かだ。

 そこらじゅうが粘つく糸だらけ、回避すらままならない。


 大技を使ったボス蜘蛛はすぐには動けないようだ。

 粘性の糸をばら撒いたせいで小蜘蛛たちも近寄れない。自分もくっついてしまうんだろう。

 少しは時間がある。


 なにかないか、なにか──

 古代魔術のアーカイブを高速で検索する。


「ハニワさん……逃げてください」


 糸の隙間から顔と手だけ出したコレットが話しかけてくる。

 今忙しいんだよ──ん?


「コレット、火属性の魔法は本当にまったく使えないのか?」


 魔法で糸を焼き払えれば勝ちの目が出てくるかもしれない。

 だがコレットは首を振る。


「魔力を出す訓練をしてたところで火属性っていうことがバレて、結局魔法は教えてくれませんでした。二度と魔法を使うな、と」


「なるほど、魔力は出せるわけだ。ちょっと出してみてくれないか?」


「意味はないですけど……こうですか?」


 コレットが手に魔力を集めた。

 それを解析する──確かに火属性の魔力だ。


 魔法適性というのは、実質は属性魔力を生み出せるかどうかなのだ。

 俺はそれがないため、属性必須の詠唱魔術は使えずに無属性の古代魔術しか扱えないわけだが──


「ちょっと借りるぞ」


「え!?借りるって……」


 コアを解析して得た抽出魔法でコレットから火属性魔力を抽出する。


 これは俺自身には還元できない魔力だ。

 例えていうならバイナリデータみたいなものか。読み取れないし、書き換えできない。

 しかしこのまま加工することは──できそうだ。


 これを『呪球(オーブ)』に合成して──くそっ、かっちりと動く純魔力と比べて、魔力自体に意思があるかのように反発があるな。暴発しそうだ。


Code-X(コーデックス)』のエディタを立ち上げ、プログラムコードの書き換えをおこなう。

 一刻を争う修正、火属性付加。文字通りの緊急修正(ホットフィックス)


 コレットからもらった火属性魔力を俺の魔力で包み込んで魔力球を形成する。

 無理やり抑えこもうとすれば暴発するから小分けにして薄く包んだ上で動きは邪魔しないように──



 ──いつのまにかボス蜘蛛が起き上がっていた。


 じゃっ!


 そんな音を立ててその口から吐き出した網は、逃げ場のない俺をその場に縫い付ける。


「ハ、ハニワさん! なんで、動かないの!?」


 こちらに攻撃力がないことを知って、確実に仕留めようとしているらしい。糸で動きを制限した上で、じっくりと噛みつき殺す気だろう。

 本来蜘蛛は噛み付いた生物の体内を毒で溶かして啜るらしいが、俺の場合は噛み砕かれるだけだろうな。


 恐怖を与えるのを楽しむかのように時間をかけ、毒液が滴る凶悪な鋭さの鋏角が迫る──



 ……余裕を見せてくれたおかげで時間が稼げた。

 コンパイル完了。

 起動(ラン)


「『火蜂(ファイアビー)巣箱(ハイブ)』」


 俺の眼前、幻視スクリーン上にコンパイルされた魔法陣が瞬いた。


 糸に捕らわれた俺の周囲に小さな光が生まれる。

 蛍のように頼りない光球は俺の処理能力の限りに次々と浮かび上がり、あたりに漂い出した。


 コレットが息を飲む。

 薄暗い部屋に浮かぶ光の群れは幻想的ですらあった。


 突然に不可解なものが現れて一瞬躊躇したボス蜘蛛だが、構わず前脚で俺を抑え、牙を突き立てようと頭を振り下ろす。


 ボゥン!


 さほど迫力のない音ともに蜘蛛の頭が弾き飛ばされた。

 ボス蜘蛛は意外なほどの衝撃にひっくり返りそうになり、慌てて堪える。


 火蜂の一刺しの威力に顔面は焦げ、口から煙を吹いている。

 蜘蛛は焦ったかのように首を振る。

 周囲の光が一斉に自分に向かってくることに気づいたのだ。


 もう遅い。

 巣箱をつついてしまった者の結末は一つだ。


 死ぬがよい。



「『火蜂(ファイアビー)群襲(スウォーム)』」


 襲いかかった火蜂の弾幕は大蜘蛛の全身でかんしゃく玉の雨のように弾けた。

 お前の天敵だ。たんと召し上がれ。


 全身から糸を放出して身を守ろうとするボス蜘蛛だが、糸は一瞬で焼き尽くされ防御の意味を成さない。

 間断なく起こる小爆発は蜘蛛の全身を啄ばみ、肉片にしてちぎり飛ばす。


「ギィィヤァァァァア!!」


 一際甲高い叫び声を上げた瞬間、その大きな口に1匹の火蜂が滑り込む。

 それは蜘蛛の体内、奥深くで炸裂して胴体を両断した。



 その場に崩れ落ちるボス蜘蛛。

 痙攣する頭部はやがて動かなくなった。


 完全に動かないのを確認して──コレットは歓声を上げた。


「うわあ、凄いですハニワさん! こんな魔法使えたんですね!」


「……いや、今作った。凄いのは君の魔力だよ。正直ここまでエグいことになるとは思わなかった」


「作ったって……え、普通そんなことできるものですか? 人族の魔術師って凄いんですね……」


「それも勘違いだが、説明が面倒だからそれでいいや」


 一息をつきつつ部屋を見回す。


 部屋に入り込んでいた小蜘蛛たちは通気口と出口に殺到して散り散りに逃げていくようだ。


 ボスが死んだのに薄情なようだが、おそらく種の保存を優先する行動だろう。

 アルファが死んでも眷属が残っていればそのいずれかが後を継ぐのだ。


 ──さて、糸まみれの俺たちはなんとか抜け出さないといけないわけだが……


「さっきの魔法でこの糸を溶かしたりもできるんですよね?」


「……糸からは解放されるだろうが、多分ミンチになるぞ」


 そのつもりだったのだが、合成魔法は威力がありすぎた。

 実際、ここまでの威力があるとなると……俺たちを捕らえている糸を焼き切るのは逆に難しい。


『俺を攻撃した者に反撃しろ』のような大雑把な指示は出せるのだが、他人の魔力であるからか精密な制御はできないようだ。


「なんにしろ危険は去ったようだから、地道に剥がすしかないかな……」


「うう〜、全然取れないです……べたべた……」


 そういえば哀れなストーンゴーレムはまだもがいていた。

 というか巻き添えでさらに追撃を受けて完全に糸に埋もれている。


「さて……後始末だ」


 まずボスの死骸に触れてコアに指令を送り、吸収させる。

 ……の、前に。


 少し気になったことがあり、死骸に魔力抽出魔法をかける。戦闘中にはそこまで気が回らなかったが、ひょっとしたら……


「ようやく抜けられました……何をしてるんですか?」


「こいつは魔物種族の長、アルファだ。神代の古代魔術が組み込まれている。これを抽出、解析してコード化すれば……」


 ……よし、いけそうだ。

 コード化した魔法をざっと改修して俺のライブラリに登録し、コンパイルする。


「これで使える。『呪線(ライン)』」


 魔法陣スクリーンが閃くと、ハニワの体から光る糸が飛び出しウニョウニョと動く。

 ……これじゃ糸というより触手だな。


「これは……さっきの?」


「そう。アルファから抽出した魔法だ」


「人族の魔術師ってやっぱり凄いんですね……」


 コレットが尊敬の眼差しを向けてくる。

 うん、勘違いが加速しているようだ。まあいいか。


 用済みのボス蜘蛛の死骸はダンジョンコアに吸収するように指示を出す。


 それともう一つ。

 蜘蛛が支配していた洞窟を支配領域に取り込んでみよう。


 蜘蛛の巣を含めた洞窟全域を対象に指定……消費は3000DMPだ。

 ボスを倒す前に確認した時の見積もりは20万オーバーだったので雲泥の差だ。

 実行しておこう。ポチッと。


「よし、これで洞窟と──ボス蜘蛛の巣もダンジョンに取り込んだ」


「そうすると、どうなるんですか?」


「ダンジョンコア経由でいつでも監視できるし、マップも見れる。必要であれば穴を開けたり、構造を変えられる。……助けに行くんだろ、弟たちを」


「……はい!」


 コレットは強い眼差しで頷いた。


 ……タスカリアスを助けてからな。


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