1話 落ちこぼれ魔術師の華麗なる最期
暗い洞窟内、松明の明かりだけを頼りに魔石粉のチョークで地面に魔法陣を描いていく。
「おいアルフィン、早くしろよ。お前の役目だろうが」
「……分かってる。急かさないでくれ」
冒険者パーティーのリーダー、クザンの催促に返事をしつつ作業の手は止めない。
集中を要する作業だ。
急かされれば書き間違えてしまうし、そうなれば最初からやり直しだ。
催促される度に返事をするのは面倒ではあったが、怒らせてもいいことはないのだ。
クザンはウロウロしながら1分おきに愚痴ったりボヤいたりを繰り返している。
1人を除く、他2人のメンバーも似たような感じで苛つきを隠そうともしない。
周囲の警戒なり調査なりできると思うが、とにかく早く先へ進みたいらしい。
「だからこんな奴を誘うのは反対だったんだ。初めて見たぜ、今どきクソかったるい古代魔術師なんぞ」
「探知が使える魔術師が捕まらなかったんだ、仕方ないだろ。未探索のダンジョンに探知魔法なしってわけにもいかねぇ」
あからさまにこき下ろされている俺はアルフィン・ダグハイム。18歳くらい。
今や絶滅危惧種である古代魔術師だ──というのも、魔法適性がなくて詠唱魔術を使えないから、という消極的な理由だが。
魔法適性がなくても使える古代魔術は、発動させるために魔術書数冊分に及ぶ複雑な手順の魔法陣を描く必要がある。
詠唱魔術ならば5秒の詠唱で発動できるのと同程度の効果でも、古代魔術だと最短でも10分はかかる。
詠唱魔術が歴史に登場して以来、古代魔術が急速に廃れることになったのも頷けるというものだ。
そんな魔術の使い手である俺は、当然のようにこのあたりの冒険者界隈では鼻つまみ者である。
詠唱魔術によるサポートに慣れた冒険者たちだ。探知魔法を使うたびに10分待たされるのでは無理もないかもしれないが……
クザンたちが新たに発見されたダンジョンの探索に俺を誘ったのは、先行者利益を確保するために急いでいたからに他ならない。
新ダンジョンをいち早く探索できれば手つかずのお宝が満載──なはずだったのだが、ここまでなにも見つけられていない。
それも彼らのイラつきの一因だろう。
「はい、結局アルフィンに頼ってるんだから文句言わない。気が散って余計に時間かかるわよ」
5人パーティーの最後の1人、赤毛の女剣士ルーリアがフォローしてくれた。
このパーティーで俺を庇ってくれるのは彼女だけだ。
「ちっ……攻撃魔法も使えない無能は足手まといなんだよ。そう言うならお前が守ってやれよな」
「よく言うわね。さっきの戦闘でも最初から守る気なんかなかったじゃない」
クザンは再び舌打ちをして口をつぐむ。
ルーリアは剣術に長け、光魔法と治癒魔法も扱えるこのパーティーのエースである。
リーダーであるクザンよりも発言力を持つほどだ。
「よし、完成だ。『探査』発動」
完成してすぐ魔法を発動した。モタモタしていればせっかく込めた魔力が霧散してしまう。
地面に描かれた魔法陣が輝いてその場を中心に波紋のように魔力が広がり、半径200メートルほどを探知する。
魔力波が触れる一瞬に情報を読み取るのも慣れが必要なのだ。このあたりも使い勝手が悪い。
「この先左手に虫型の魔物の群れ、右に縦穴。降りたところの広間の先に扉がある」
「よし、さっさと行くぞ。日が暮れる前にな」
嫌味を言いながら動き出すクザンたちに聞こえないようにルーリアが囁く。
「……気にすることないわよ。敵の位置を事前に分かるだけでも充分助かってるんだから」
無能、と呼ばれたことに対してだろう。
「慣れてるよ。魔法学院時代からな。その前も……」
もともと辺境の貧乏小作農出身の俺が人並みの生活を送ろうとすれば選択肢は少ない。
出自を気にしないのは盗賊ギルドか冒険者ギルドである。
戦闘系の『才能』があれば苦労せずに戦士として冒険者になれただろうが、それもなかったのだ。
誰もが生まれつき持っていると言われる『才能』。
俺のそれは自分の想像したものが視覚化される、『幻視』と呼ばれる呪いのスキルだった。
幻覚なのでなんの役にも立たないのだが、それだけであればまだいいのだ。
このスキルはコントロールが難しく、妄想と現実の区別がつかなくなって狂ってしまう者が続出したため呪いのレッテルを貼られて迫害対象となっている。
それゆえに俺は故郷を飛び出したし、このスキルの存在を隠し通してきた。
だから今はスキルなしの無能魔術師と呼ばれてしまっているのだが、迫害されるよりはマシということだ。
幼少時にスキルが目覚めてからその制御に四苦八苦しつつ危険な仕事をこなし、なんとか入学金を貯めて入った魔法学院で必死に勉強したが、待っていたのは『魔法適性なし』という事実だった。
そこで適性なしで使える古代魔術を必死で覚えたところでその甲斐もなく退学となり、一応魔法が使えるということで冒険者となって今に至る──というわけだ。
「魔法学院で学んだだけあって知識があって頭の回転も速い。戦いが苦手だからってそんな見下されるような筋合いはないわよ。アルフィンの意見を聞かないのはアイツのせいなんだし」
自己顕示欲の塊であるクザンは見下してる俺の意見など聞きはしない。
むしろ意見するだけ対抗するように行動されるのでもう口を出すつもりもない。
「君はなんでこのパーティーにいるんだ? 満足してはなさそうだけど」
「危ないところを助けられた借りがあるからね…… 借りを返すまでは仕方ないわね。そうだ、そのうちあたしがパーティーを作ったら、あなたも誘うわ。どう?」
「そうだな。期待しないで待ってるよ」
力なく笑う俺にルーリアは不満げな表情を見せる。
期待して裏切られるのは──慣れっことはいえ、気持ちのいいものではない。
ならば最初から期待しなければいい。それが俺自身の精神を守るための処世術だ。
『探査』の結果を元に敵を避けて縦穴を降りると、人工的な石壁が見え始めた。
「古代遺跡か? ここからはお宝にも期待できそうだな」
はしゃぐクザンたち。
俺は──少し迷ったが、懸念を一応口にしておく。
「人工的な迷宮ってことは罠がある可能性も高い。気をつけて進んだ方がいい」
「はあ? んなことてめえに言われなくても分かってんだよ。コッチはプロだぜ? 普段薬草集めくらいしかできねえアマチュアに口出しされたかねえんだよ」
ホラな。意見してもこうなるだけだ。
もう黙っておこう。
石壁の通路を進んだ先の扉を開ける。
まず目に入ったのは魔力の働く時に発する小さな青い光。
障害物が多いようで、その光だけでは細部までは見えない。
「暗いな……ルーリア、明かりを増やせ」
「『導きの光よ、行く道を照らせ』」
ルーリアが短い呪文を唱えると、新たな光球が生み出された。これが詠唱魔術だ。
数秒の詠唱で照らされた室内は見慣れない魔術文字や仕掛けで所狭しと埋め尽くされており、低く鈍い音がひびいていた。
「ここは……なんだ?」
なんらかの魔術的な施設のようではあるが、詳しくは分からない。
どうせ俺に聞いてるわけじゃないだろうし無視しておく。
「ここはお宝の匂いがするな。手分けして探そうぜ」
クザンが指示をして全員が部屋を思い思いに調べ始める。
と、ルーリアが俺に近寄ってきて耳打ちした。
「見たところ古代魔術文明の遺跡みたいだけど……あなたなにか分かるんじゃないの? 古代魔術使いなんだから」
「普通は学院の教授たちでも何年もかけて調査するんだ。俺がちょっと見たくらいじゃなにも分からんよ」
部屋に仕掛けられている巨大な歯車のようなものや石板をそれぞれ魔術文字を解読したり解析魔法にかけたり……総合的に判断する必要がある。一朝一夕にはいかない。
価値があるのかないのかも不明だ。
「……推測も?」
「……推測なら。ここはおそらく俗に言うリビングダンジョンってやつだ。実際に見たのは初めてだが、勝手に迷宮を作り出して巨大化していくらしい。この部屋はその中心部の可能性がある。今は休眠状態のようだがなにかのきっかけで……」
「おい、サボってないでちゃんと探せよ!」
クザンから怒声が飛び、俺とルーリアは肩をすくめた。
自分は部屋の中央から指示しているだけだ。リーダーってのはいいご身分だな。
「話は後にした方がよさそうだ。とりあえずリーダー様のご機嫌がよくなりそうなものを探そう」
「……ちょっとしたお宝より遺跡自体に価値がありそうだけどね。まあ、しょうがないわね」
ルーリアは呆れながらまだ誰も調べていない隅の方に移動して漁り始めた。
俺も反対側を同様に調べることにする。
黙々と調査する一行だが、価値がありそうなものはなかなか見つからない。ガラクタばかりだ。
「おい、お前らちゃんと探してるのか!? 魔法道具とか少しはあるはずだろう!?」
苛ついたクザンが中央の魔術装置を蹴っ飛ばすと、部屋中に赤い光が点灯した。甲高い音が鳴り響く。
「な、なんだ!?」
警報? 罠か?
訝しむ間もなく、ガシャン、と部屋の中央の床から何かがせり上がった。
装置に入った、ひと抱えほどある双四角錐の青い石だ。
それは徐々に青い光を強めていく。
とっさに手をかざして自分の魔力を放出して光を抑えた。
なにかヤバいものが発動しようとしている──
「うわっ!」
「敵だ!」
俺からは見えない部屋の反対側で悲鳴が上がった。
ダンジョンの守護者が警報に反応したのか。
「クザン、俺が抑えている間にこの装置の──」
「アルフィン、ここはお前がなんとかしろ! オレはあっちを助けに行く!」
「おい、そこを押すだけだから──」
クザンは話も聞かずに行ってしまった。
まずい。
おそらくは停止させられそうなスイッチがすぐそこなのだが、装置の暴走を抑えている俺は動けない。
発動すればどうなるか分からない。下手すれば遺跡ごと自爆する恐れもある。
ひたすらに耐える──少しずつ放出される魔力が強くなっていく。
抑えるのも限界が近い。
永遠のように感じる時間が過ぎ、戦闘音がやんだところで大声で叫ぶ。
「おい、そっちが終わったならすぐに来てくれ!」
少しの沈黙の後、遠く──部屋の入り口の方から声が届いた。
「いったん撤退する。なんとかして帰ってこい」
──なんだって?
問い返す間もなくバタバタと足音が遠ざかっていった。
「おい、そこのスイッチを押すだけなんだ! 頼む、クザン! ルーリア! 誰か、いないのか!」
俺の叫び声だけが虚しく部屋に響き、やがて限界を迎えた。
抑えきれないほど膨れ上がった魔力は弾け、仕掛けられた魔法が発動する。
視界が魔力の青い光に埋め尽くされ──そして、俺の意識は途絶えた。