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うぃしゃぽなすた!  作者: 上野ハオコ 
第一部 彗星少女と吸血鬼
9/47

9 来たる日に備えてショッピングモールの巡回は欠かさないことにしている(嘘)

「満腹満腹なのです」


たっぷりとお昼ご飯を堪能し、幸せそうな表情でコメットちゃんは自分のお腹をさすっている。


街に遊びに出掛けた私たち四人はまずはじめに、大型ショッピングモールにある手頃なファミレスで昼食を摂ることにした。

各々が好きな料理を食べ、食後にはデザートのパフェを注文し、ドリンクバーでは幾つかの味を混ぜたりと、女子高生定番のランチスタイルだ。

コメットちゃんにとっては、それらは観測者として知識にあるものだったようだが、実際に彼女が体験するのは初めてのことだったので、とてもきらきらとした表情でそれらを楽しんでくれていた。

にこにこ笑顔で天真爛漫に楽しんでいるコメットちゃんを見られただけでも一緒に連れてきて良かったなと思わされる。


「それにしてもコメットちゃん、たくさん食べたわねぇ。小さな身体なのにあれだけの量を食べられるなんてお姉ちゃんびっくりしちゃったわ」


お姉ちゃんが言うとおり、コメットちゃんはその身体に似合わないほどにたくさんの料理を平らげてしまった。

次から次へと注文を繰り返すから本当にそれだけ食べられるのか心配になったが、平然とした表情でどんどん料理を口に運ぶ彼女の姿は見ていて気持ちいいほどであった。


「私たちは色々とエネルギーを膨大に消費しますからね。あれくらいは簡単に食べられるのです。それにしても、この世界の料理というものは美味しいですね。普段は効率重視の固形食糧ばかりですからあれだけ多彩な味覚を味わえるだけでとっても幸せなのです」


「コメットちゃんが幸せそうでなによりだよ~」


コメットちゃんの食べっぷりのおかげで支払いをした私のお財布の中身は薄くなったけれども、これだけ幸せそうにされたらそれでもいいかなと思う。

まあ、皮肉にも特別お金には困っていないしね。


「お腹も膨れたし、次はお店でも回ろうか」


大型ショッピングモールに来たのは昼食を摂るためだけでなく、中にある専門店を回って遊ぶためだ。

私自身特別気になる何かや欲しいものがあるわけではないが、ショッピングモールというものはのんびり歩いているだけでわくわくして楽しい。

あと、世界がゾンビとかで満たされた時のために逃げ込む準備を妄想したりするとなお面白い。

スーパーやショッピングモールといえばゾンビだよね、うんうん。

…でも実際のところ、ゾンビが現れて世界中にパンデミックが起こった時は、そういった場所に籠城するよりも田舎の山の中なんかに籠もった方がいいらしい。

本気でゾンビについての心配をしているのはきっと、火葬をしない海外の人たちくらいだろうけれど、そういう研究をするのってロマンがあるよね。


「みんなはどこか回りたいところはあるかな?」


「それだったら私、本屋さんに寄りたいわ。気になってる小説があるの。別に急ぎじゃないから他の場所を回ったあとで構わないけどね」


「有栖ちゃんは本屋さんね。お姉ちゃんはどう?」


「ううん、私は特に気になるものはないわねぇ。強いて言うならペットショップでも覗きたいかしら」


「オッケー。了解したよ。コメットちゃんは何か気になったりする?」


「私は、見るもの見るもの新鮮で楽しいのでどこでもいいのですよ」


三者三様の答えが出揃い、結局のところみんなでゆったりのんびり回ろうという結論が出た。


四人連なって会話をしながら専門店を巡っていく。


「春っぽいワンピース、すごく可愛いね」


「詩葉着てみれば?似合うんじゃない?」


「そうかなぁ。でも今日はいいや」


可愛らしい春服にコーディネートされたマネキンたちが客を誘う洋服店たちを横目に通過したり。


「変な顔のついた貯金箱…」


「これ押すと気持ち悪い声が出るんだけど!?」


「ここは何だかサブカルな匂いがして楽しいわねぇ」


不思議な小物やコアな漫画や雑誌類の置かれている雑貨屋を見て回ったり。


「この曲、なかなか良い感じだわ」


「どれどれ、聞かせて聞かせて」


「音楽というものはなかなか興味深いのです」


黄色地に赤色のロゴマークが目立つCDショップで流行の音楽を試聴したり。


「色んな色のお菓子なのです」


「コメットちゃん試食オッケーだって」


「もう食べてるけどね」


色とりどりでファンシーな外国製お菓子を幾つか味見したり。


その他色々なお店を巡り、わいわいと楽しんでいく。


有栖ちゃんご所望の本屋さんでは、話題の小説やコミックスなどをチェックし、私は丁度欲しかった漫画の単行本があったので一冊購入した。

有栖ちゃんは何だかおどろおどろしい表紙の小説を買っていたが、ちょっと怖そうだったので深くは聞かないことにした。


最後に辿り着いたのはお姉ちゃん希望のペットショップ。

広々と取られたわんちゃんねこちゃんのスペースでは、四人とも動物たちの可愛さにメロメロになってしまった。

その中でも特にボーダーコリーの赤ちゃんは本当にころころとしてもふもふとしていて、我が家にお迎えしようかと本気で考えてしまうくらいにその可愛さに悩殺されてしまった。


「結構色んなところ回れたね。たくさん歩いたからちょっと足が疲れちゃったよ」


「ええ、楽しかったわね。うたちゃん、疲れたならお姉ちゃんがおんぶしてあげようか?うたちゃんのふとももをさすさすしたい」


「大丈夫、自分で歩けるよ~」


ことある毎にボディタッチを狙ってくるお姉ちゃんの姿勢には恐怖を通り越して一種の尊敬すら抱けてくる。


「私は欲しかった小説の新巻が買えたから満足だわ。前巻で遂に解き放たれてしまった邪神をどうやって封印するのか凄く気になる」


「有栖ちゃんって、意外とそういうの好きだよね」


「何よ、悪い?面白い作品に貴賤はないでしょ」


ぷりぷりとほっぺたを膨らませつつも、上機嫌に書店の袋を抱える有栖ちゃんが可愛い。


「私も、色々なものが見られて凄く楽しかったのです。特に、あの緑色で少しぬめぬめした不思議な食感のお菓子はとても美味しかったのです」


コメットちゃんはお昼にあれだけ食べたというのに、試食のお菓子をばくばくと食べていた。

お昼の時の食べっぷりといい、彼女は食に対する興味というものが人一倍旺盛なのかもしれない。



「もう時間も時間だし、ちょっと遠回りしがてらお家に帰ろうか」


既に時刻は十六時。

談笑しながらショッピングモールを回っているだけであっという間に時は過ぎ、陽の傾き始める時間になってしまった。

遊ぶことにかまけて忘れかけていたが、当初の約束通りコメットちゃんに街を案内するため、ちょっと遠回りしながら自宅のマンションへと帰ることにする。

ショッピングモールから私たちの自宅までは、歩いて十分ほどの距離がある。

それを敢えて遠回りすることで三十分くらいかけてゆっくりと帰ろうという算段だ。


「この辺りが商店街だね。さっきのショッピングモールから比較的近い場所にあるけど、昔からのお店が多いからシャッター街みたいにはならずにそこそこ繁盛してるよ」


お肉屋さんがあったり、お魚屋さんがあったり、八百屋さんがあったり。

飲食店もあれば書店もあるし、ご婦人御用達の洋服屋さんもある。

どこにでもよくあるそんな商店街。

大抵の生活必需品はここに来れば揃ってしまうので、私たち姉妹もよく利用している。


「なるほど、確かにたくさん人がいるのです。先ほどのショッピングモールにもたくさん人がいましたが、こちらの商店街の方が通路も狭い分人が密集しているような感じがするのです」


そこかしこに自転車が置いてある商店街の道路は、場所によっては人がすれ違うのも難しいところがある。

この世界に現れたばかりのコメットちゃんにとっては目眩さえするような感覚なのか、ちょっと人混みに酔った風な様子を彼女はしていた。


「そういえば、今日一日遊んでいて、何か改変や異変が起こったような感じはあったかしら?」


有栖ちゃんがコメットちゃんに問いかける。


私たちは至って普通に一日を過ごしていたし、特別なにか変わった感覚のようなものも感じはしなかった。

その辺り、コメットちゃんとしては何か感じ取っていたのだろうか。


「いいえ、こうやって街を見渡す限りはそういったものはないように思えるのです。ただ…」


「ただ?」


コメットちゃんは会話の途中で少し言い辛そうに言葉に詰まってしまった。


「その、何でもない事なのです。気にしないで下さい」


コメットちゃんは繕うように、何かを隠すように笑う。

彼女の隠したその何かが一体どんなものであるのか、想像だに出来ないが、彼女が口にすることを憚られるのであればそれはもしかしたら重要なことなのではないかと思う。


「言いにくいこと、なのかな?どうしても気になっちゃうよ」


内容がどうであれ、不自然に笑みを浮かべるコメットちゃんの胸中にとどまった言葉を聞きたいと思ってしまう。

それはきっと、彼女との信頼関係の第一歩目をきちん踏み出したいからだ。


「言いにくいこと……ええ、そうですね。今はまだ確信の持てないことですから言うべきではないと思うのです。でも、いずれきっと伝えることになると思うのです。だから、その時まで待っていてくれませんか?」


寂しげな、でもとても優しい瞳でコメットちゃんは懇願の言葉を吐く。

その表情には、彼女の確固たる意志が現れていたし、何よりも彼女を信じると決めたのは私だ。

コメットちゃんが話してもいいと思えるまで、待ってみることにしよう。


「うん、わかったよ。今はそれで納得する。だけど、いつでも頼ってくれていいんだからね。私に出来ることなんてほんの少ししかないかもしれないけど、できる限り力になるからさ」


世界の危機が近づいているということ。

そんなあまりにも大きすぎる規模の事件に対して私の出来ることなんて、はっきり言って無いと言ってもいいかもしれない。

それでも、コメットちゃんを信じて彼女を助けたいと思った気持ちに嘘はない。

だから私は、たとえどんなに微力だとしても彼女の力になってあげたいと思うのだ。


「私も同じ気持ちよ。今朝も言ったけれど、うたちゃんが信じるなら私も信じる。だから私もコメットちゃんの力になるわ」


「乗りかかった船だしね。私だって出来ることがあるならやってやろうっていう気持ちよ」


「本当にありがとうございますなのですよ」


私たちの言葉に、コメットちゃんはとても嬉しそうに目を細めている。

まだ出会ったばかりの彼女に簡単に親愛を抱けるのは、こういった素直な表情変化や包み隠さない感情の吐露のおかげかもしれない。


私にとってはきっと、世界の危機だとかいうものは正直どうでもいいのだと思う。

何より実感が湧かないし、もし明日世界が終わるのだとしても、そのことを本当の意味で捉えることは酷く難しいことのように思える。

だって今ここに私たちがいるのだから。

たった今この場所で並んで、私たちは夕陽を浴びて歩いている。

たとえすぐそこまで終末が迫っているのだとしても、そのことに変わりはないのだ。


私は、日々を平穏無事に過ごすことに幸せを感じる。

それは、今そこにある幸せを見つける事が出来るから。

こんな風に、お姉ちゃんと、有栖ちゃんと、そしてコメットちゃんと。

ただ一緒にいられることが掛け替えのない幸せだということを知っている。


失ったものがあるからこそ、当たり前のことを誰よりも大切に感じるのだと思う。

私にとって今この瞬間こそが最も価値のあるものであると思うし、明日や未来というものはただ地続きに延長線上に続いていくだけのものなのだと思う。


だから私は、今この時に私の目の前で微笑むコメットちゃんのことを助けたいと思うのだ。

ここにある幸せをずっと続けるために。

幸せな今日を明日に繋げるために。


「夕陽がとっても綺麗ね」


商店街を抜け、住宅街や私のいつもの公園を回って、自宅マンション近くの河川敷を私たちは歩いている。


遠くに沈む夕陽を見つめながら、舗装された道をのんびりと歩く。

黄昏の匂い、長い影法師、燃える赤と静寂の青のグラデーション。

私たちの周りを取り巻くのは、少し幻想的で郷愁を誘う温かな色彩だ。


「どうして夕陽は赤いのかな?」


「それは確か色の波長の違いと大気の厚みによるものじゃなかったかしら」


私の呟きに、有栖ちゃんは至極真面目に答えてくれる。


「有栖ちゃんは真面目で可愛いね」


「うるさいわね。頭固いって言ってるの?」


「そういう訳じゃないよ」


有栖ちゃんの言うように、夕陽の色にも科学的な根拠があるのだろう。

でもきっと、今私が求めているのはそういうことじゃないのだ。

もっと詩的で、情感的な……


「夕陽が赤いのは、今日が終わるのが悲しいから。たくさん泣いて、泣き腫らして、真っ赤になって、それが世界を染めるの」


お姉ちゃんが呟く。


「夕陽が赤いのは、明日が来るのが怖いから。今日と変わってしまうことを恐れて膝を抱えてる」


それは、どこかで聞いたことのあるようなフレーズ。

遠く、幼い頃に。


「みか姉、何それ?誰かの詩か何か?」


「ふふふ。ええ、そんなところよ」


今日が終わるのが悲しい。

明日が来るのが怖い。

そんな風に泣き腫らした目の赤が世界を染める…だから夕陽は赤いの。

それは一体何処で聞いたものだっただろうか。

上手く思い出せない。

だけれどそれらの言葉は、不思議としっくりと来る。

胸の隙間をすっぽりと埋めるように、夕陽の赤に染まっていく。


「少し切ない詩ね。どちらも今というものに固執し過ぎている。変化を恐れていては前には進めないわ」


「有栖ちゃんは強いわね」


一呼吸置いてお姉ちゃんは、


「私は弱いから、この詩に何度も救われたのよ。後ろばかりを向いているのは、過去に固執しているのは、私だけじゃないんだってね」


酷く寂しげな声音で、消え入りそうな様子でそんな風に語った。

夕陽に照らされるお姉ちゃんは、これまで見たどんな表情とも違って、私の知らない色彩をそこに湛えていて。


だから私は、何も言わずにお姉ちゃんの手を握った。

そこにはただ一人分の温かさがあった。

変わらないお姉ちゃんの体温を、胸の奥にどくんどくんと感じた。


そしてそのまま私たちは、夕陽の中、ただ手を繋いで歩いた。

お姉ちゃんの眦に幽かに光る何かを見つけたことは、私だけの秘密にしておこう。


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