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うぃしゃぽなすた!  作者: 上野ハオコ 
第一部 彗星少女と吸血鬼
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4 詩葉の日常、或いは百合姉妹の日常

私のクラス、二年A組の教室は二階校舎の端っこにある。

階段を昇ってすぐの扉を開ければそこが私の教室だ。


お姉ちゃんのクラスは二年C組。

流石に姉妹一緒のクラスという訳にはいかないようで、彼女とは別々のクラスに所属している。

名残惜しそうにこちらを見るお姉ちゃんにしばしの別れを告げ、私は教室へと入る。


級友たちと挨拶を交わしながら、窓際の一番後ろの席へと向かう。

そこが私の席であり、教室一面が見渡せるお気に入りの特等席だ。

開かれた窓から春風が爽やかにそよぎ、薄桃色のカーテンが揺れる。

優しい風を横顔に感じながら、チャイムの鳴る音を聞く。


担任の女性教師が教壇に立ち、朝のホームルームが始まる。

出席確認によると今日も一人の生徒が欠席らしいが、それ以外概ね殆どが出席している。

皆健康で学校に来られるのが一番だけど、お休みしてる坂上さんのことは少し心配だなぁ、なんて考えながら私には直接関係ない各種連絡事項を聞き流していく。


やがてホームルームが終わると、担任の教師が受け持つ一時限目の授業がそのままの流れで始まった。


ごく平均的な学力ののんびりとした共学校で、高校に通うのにもこなれてきた二年生であり大学受験もまだ遠い初春であることから、私のクラスの生徒たちは皆一様にのほほんとした雰囲気を纏っている。

教室の一番後ろから生徒たちの様子を窺うと、真面目に授業を受けている生徒もいれば、こっそりと机の下でスマホを弄ってる生徒もいるし、机に突っ伏して堂々と寝ている生徒や立てた教科書の陰で既にお弁当にがっついている生徒もいる(朝ご飯食べてこなかったのかな?)。

私たちの担任教師は、特別指導に熱心な訳でもなく、生徒たちに自分の好きなようにさせている、半分放任主義的なところがある。

だから私も、こんな風に欠伸をしながら人間観察に勤しむことが出来るのだ。


趣味が人間観察と言うと、結構な確率で「うわあ」というリアクションを取られることがあるが、私はクラスメイトがどんな風に時間を過ごしているのか、その仕草や癖などを何となしに眺めることが好きだ。

変わった動きをする生徒などを見ていると思わずにやけちゃったりもする。

そういう時に限って教壇に立つ教師と思いっきり目が合ってしまって小恥ずかしい思いをしたりもする。

一番後ろの席は生徒を見渡すのには丁度いいけれど、教師たちからは逆に監視されやすい場所なのだ。


人間観察に飽きた頃、今度は窓の外の風景に気が取られる。

朝からグラウンドでは体育の授業が行われているらしい。

体操着のハーフパンツの色が緑色であるから(学年によってそれぞれ色が違う)、どうやら授業を受けているのは一年生のようだ。

有栖ちゃんを探してみると、颯爽とトラックを走り抜ける彼女の姿があった。

勉強も運動も出来る有栖ちゃん。

走る姿も様になるなぁ。


退屈な授業、気を紛らわせられるような事を一通り終えると猛烈な睡魔が襲ってくる。

毎晩のように真夜中のお散歩をしていると当然寝不足気味になりがちだ。

今朝も結構ぎりぎりの時間まで寝ていたけれど、とはいえ眠いものは眠い。

板書の書き写しを放棄して、このまま睡魔に身を任せてしまおう。

結局のところ、定期テストできちんと点数を取れればいいのだ。

夜更かしと一夜漬けには自信あるもんね。


はあ、こんなことしてたらまた有栖ちゃんに怒られちゃうなぁ。

私は悪い子なのです。

そんなことを考えながら、机に寝そべり私は意識を手放した。


ぐぅすかぷぅ。



……時の流れは早いもので、気付けば時既に昼休み。

だらだらしてるだけであっという間に午前中の授業は終わってしまった。

ちょっと本格的に自分の自堕落さに焦っていると、お弁当の包みを持ったお姉ちゃんが私のもとへとやって来る。


「うたちゃん、今日も一緒に食べよ!」


お姉ちゃん、にこにこ笑顔で大声を出すものだからクラス中の視線を集めてる。


「峯崎さんのお姉さんだわ」「ああ、例の」「愛が重いお姉さん」「シスコン疑惑浮上中の…」「サイコレズだとかヤバレズって言われてるらしいね」「俺はそういうのいいと思うな」


こそこそと噂されてるのも気付かずにお姉ちゃんはうきうきるんるんで、


「今日もうたちゃんの為に作ったお弁当、真心込めて愛を込めて拵えたお姉ちゃんの愛情の結晶がうたちゃんの血肉になっていくのを横で眺めたい!」


周りのことなんて気にせず独自の世界観を貫いているのだった。


「ちょっとお姉ちゃん、声量考えて!あと、二人きりの時ならいいけどあんまりクラスで恥ずかしいこと言わないでよ!変な風に見られちゃうじゃない!」


「周りのことなんて気にならないわ。私にはうたちゃんがいてくれればそれでいいもの!」


「私が気になるの!」


「うたちゃんってば恥ずかしがり屋さんなんだから!でもそんなところももがががぁ」


尚も我が道を行くお姉ちゃんの口を塞いでそそくさと教室から連れ出す。

このままでは私たちがおかしな姉妹だと思われてしまうので、昼食は人気の少ない屋上あたりで食べよう。

教室を出て行く時に生暖かい視線をたくさん感じたのはきっと気のせいではないだろうなぁ。


はあ……。


「もう、うたちゃんってば強引なんだからぁ。お姉ちゃんちょっと興奮しちゃった」


屋上のベンチに座ってお弁当を食べながら、お姉ちゃんはなんだか息を荒げている。


「いつも言ってるでしょ。周りに変な風に思われたくないから学校ではあんまりべたべたしないでよ~。私たち裏で何て言われてるのか知ってる?」


「いいえ。でもちょっと気になるわ」


「百合姉妹って言われてるんだよ!私恥ずかしいよ!」


私たちは、同級生の間で百合姉妹などと嘯かれている。

…主にお姉ちゃんの言動や行動のせいで。


「別にいいじゃない。百合姉妹って響き、嫌いじゃないわよ。むしろちょっといいわね」


「よくない」


「どうして?事実じゃない」


「事実じゃない!」


「お姉ちゃんのこと、嫌いなの?」


とても悲しそうな表情で、お姉ちゃんは言う。

そういう表情はずるい。


「嫌いじゃ、ないよ。好きだよ。でもやっぱりクラスのみんなから変な噂されるのは嫌だもん。私は普通の女の子として扱われたいの」


当然お姉ちゃんのことは好きだ。

でもその好きは家族愛とかそういう類いのものであって、百合姉妹とかそんなものじゃ断じてない。

…お姉ちゃんの方はどうだかわからないけど。

わかりたくないけれど。


「ごめんなさいね、うたちゃん」


お姉ちゃんは至極真面目な表情で。


「そうよね。お姉ちゃん重いよね。自覚はしてるの。うたちゃんに迷惑かけちゃってるわね」


「そこまでは言ってないけど」


「ううん、いいの。わかってるもの」


いつも元気なお姉ちゃんが、時々こんな風に落ち込んでしまうと私まで悲しい気分になる。

こんな顔にさせたい訳じゃなかったのに。


「私が女の子だからいけないのよね!」


「うん?」


突然この人は何を言い出したのだろう。


「私、男になるわ。うたちゃんのためなら性転換手術も怖くない!」


「そう言う問題じゃないし!ちょっと心配した私の気持ちを返して!」


私のお姉ちゃんは何というかもう、ダメかもしれない。



「だからね、有栖ちゃんからも言ってよ!もうちょっと自重してって」


放課後。

約束通り有栖ちゃんと一緒の帰り道。

日の傾いてきた住宅街を三人でぞろ歩きながら、お姉ちゃんの私に対しての愛が重すぎることについて議論を交わしている。


「まあ、みか姉のアレは今に始まった事じゃないしね。諦めるしかないんじゃない?」


「そうそう。諦めて受け入れちゃえば楽になれると思うわよ」


「ダメだ。誰も私の味方になってくれない!」


有栖ちゃんは真面目に取り合ってくれないし、お姉ちゃんは相変わらずにこにこと自分の世界を貫いている。


「でもまぁ、男になるってのはちょっとねぇ。みか姉もあんまり変なこというもんじゃないわよ?」


「私は至極真面目に言ってるのよ?うたちゃんが女の子同士は恥ずかしいっていうなら私が男になるしかないじゃない」


「ないじゃない、じゃないよ!私は女の子同士だから嫌って言ってるんじゃなくて、そもそもクラスのみんなに変な風に見られるのが嫌なの!」


「じゃあ別に詩葉は女の子同士でもいい訳?」


「う~ん、ちゃんと愛し合ってれば性別は関係ないと思うけど…って今はそういうことじゃなくて」


結局のところ、お姉ちゃんの愛が重すぎることに関しては私の中でそこまで問題視していることではない。


「せめて人前ではべたべたするのは控えて欲しいってことなの。二人きりの時は別に構わないから」


有栖ちゃんも言っていた通り、お姉ちゃんの愛が重いのは今に始まったことじゃない。

それに関しては私も慣れているし、今さらお姉ちゃんの愛情を拒絶したいわけでもない。

私が嫌なのは、同級生たちに百合姉妹だと噂されることだけなのだ。

私はいついかなる時も平穏無事に毎日を過ごしたいと思っているし、変な子だと思われるのはどうしても自分の日常を壊される気がしてしまう。


「わかったわ。うたちゃんがそう言うならこれからはちょっと気をつけるようにします」


「うん。ありがと」


お姉ちゃんも常識がない訳ではないのだ。

きちんと話せばこうしてわかってくれる。


「でもその分二人きりの時は今以上にいかせて貰うわよ!」


爛々と目を輝かせてお姉ちゃんはガッツポーズをする。


「お、お手柔らかに頼むね…」


「ええ。無理矢理貞操を奪うようなことはしないから安心して頂戴。でも勿論うたちゃんがOKということであれば今すぐにでもお姉ちゃんは、お姉ちゃんは!」


「有栖ちゃん、助けて!お姉ちゃんが怖い!」


「こればかりは私にはどうしようもないわね」


「諦めないで~!」


ギラギラした瞳で私を見つめるお姉ちゃんと、一歩距離を取ってこちらを警戒している様子の有栖ちゃん。

すれ違う人々も何だか変わったものを見るような目で私たちを見ている気がする。


ああ、私の日常がどんどん崩れていく音が聞こえる。


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