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うぃしゃぽなすた!  作者: 上野ハオコ 
第二部 夢世界旅行記 後編
36/47

8 夢世界と体操服

「これからどうしようかねぇ」


有栖ちゃんの尽力により、漸く私たちはトンネルの外に出られることが出来た。

あの閉塞的な空間をこれ以上歩き続けなくてもいいということだけで相当に精神的なストレスは減ったのは、事態が大きく好転したと言ってもいいだろう。

私たちの今いる場所は霧が立ちこめたり、夜空に星が見えなかったりと、雰囲気こそ妖しいけれど、随分と綺麗な街並みが続いているようだった。

景色が少しばかり綺麗になっただけで、何となく張り詰めていた精神が和らいでいくのを感じる。

私たちの普段暮らしている日本の都市部なんかとは遥かに違う、芸術的に整った街並みは、どう見ても異世界然としていたけれど、それでもあの閉塞的なトンネルよりもずっと開放感を感じる景色だ。


「手掛かりが無い以上、また辺りを歩き回るのが最善策かしらね。まだ暫くコメットちゃんの助けは来なそうだしね」


この世界に落とされて暫くの時間が経つが、未だコメットちゃんの助けは来ない。

それはきっと、この場所が彼女が簡単には来られないような場所だと言うことを示唆しているだろう。

小夜ちゃんの別荘から助けられた時も、一日程度の時間は要したのだ。

この世界が私たちのいる世界とはかけ離れた場所にあるのだというのならば、この場所を見つけるまでそれ以上の時間を要するのも想像に難くはない。

もし、この世界と私たちの世界で進む時間がそれぞれ異なっているのだとしたら、さらに私たちの体感時間で膨大な時間が掛かってしまうかもしれないし、はたまた今すぐにコメットちゃんが助けに現れることもあるかもしれない。

しかし、それらが分からない以上、このまま彼女の救助を待つだけじゃ、事態は一向に前に進むことは無いのだろう。


「確かにそうだね。ただ助けを待つだけじゃ何も変わらないかもしれないし。というか有栖ちゃん、この街を見て回りたいだけでしょ」


一応私も有栖ちゃんより年上のお姉さんなので、彼女の心の中は手に取るように分かるのです(嘘)。


「そ、そうよ、悪い?こんな所に訳の分からないまま一緒に連れてこられて、詩葉だってそりゃあ心細い思いをしているでしょうけど、だってこの景観、かなり私好みなんだもの!」


「大丈夫有栖ちゃん、私も結構こういう街並み好きだから!普段の日常じゃ味わえないような特別感があっていいよね!恋人といる時の異邦じみた街並みって特別な気分になれて私は好きです!」


「こ、こ、こ、ここ恋人!?ちょっと詩葉何言ってる訳!?訳わかんないんだけど!」


「そういうちょっぴり古いネタがあるんだよ有栖ちゃん、冗談、冗談だから」


「何よ、そういうことね。ほんと、驚かせないでよね!」


「冗談だけどまあ、私としては、有栖ちゃんが良いと言ってくれるのであればいつでも結婚するつもりでいるんだけどね」


「いきなり結婚とか!ま、まずはお付き合いしてからでしょ!?」


「だから有栖ちゃん、冗談だって!」


「も、もう!」


何だか有栖ちゃんの反応が結構本気っぽいので私自身吃驚してるんだけど、まあ、赤面してぽわぽわぷんぷんする有栖ちゃんが可愛いのでいいことにしておく。

ただ正直なところ、この世界に来てからというもの、私を守ってくれている有栖ちゃんに対して、凄く乙女としてきゅんとしてしまっているというか、大切な幼馴染みの女の子に向けちゃいけない類いの想いを胸の中に感じてしまっているのは確かなことなので、彼女のそういう反応が嬉しくないと言ったら嘘になる。

有栖ちゃんが魅力的な女の子だなんてずっと昔から知っていたけど、優しく抱き締められたり、ごにょごにょしたのもあって、私も彼女の事を変に意識してしまっているようだ。

ずっと逃げてきた自分の本当の気持ちに、今度こそ向き合わなくてはいけない時が近付いているのかもしれないなと、うっすらとだけど思い始めている。

ひょっとしたら有栖ちゃんも、同じような気持ちでいるのかな。

そうだったらいいな、なんて思ってしまうのは、独善的が過ぎるよね。


「とりあえずまあ、この場所を動く前に、改めてこの世界についてのそれぞれの考察を纏めておきましょうか。また話の途中で邪魔が入ったりしたら堪ったものじゃ無いわ」


あの薄暗いトンネルの中、この世界についての話をしている間に、あの黒衣の者どもや怪物が現れたことで私たちの話は遮られてしまった。

確か有栖ちゃんの読んだ小説とこの世界のリンクについての考察を進めていた時に邪魔が入ってうやむやになったままの筈だ。

これからの私たちの振る舞い方のヒントになるかもしれないし、この世界についての認識を有栖ちゃんと共有しておくことは必要な事のように思える。

ひとまず直近の脅威は去ったのだし、改めてきちんと議論しておこうというのが有栖ちゃんの提案だ。


「まずは話途中になっていた、有栖ちゃんの読んだ小説とこの世界の類似点について教えて欲しいな」


「どこまで話したっけ?」


「その小説がクトゥルフ神話をテーマにして書かれたってとこくらいまでかな。あ、出来るだけ手短にお願いするね」


「言われなくても分かってるわよ、もう」


ちょっぴりぷんすこと有栖ちゃんは頬を膨らませているが、何も言わないとまたいつまでもお話しを続けていそうだから釘を刺しておく。

私としては有栖ちゃんには伸び伸びとお話しして貰いたいし幾らでも彼女の話を聞いていられるんだけど、状況が状況だけに仕方ないね。


「それじゃあ、簡潔に言うけどね、私の読んだ小説と、この世界の構成物は何処か似ているのよ。あの薄暗いトンネルもそう、黒衣の集団も怪物もそう、この街並みだってそう。小説だから、文字で想像した限りだし完璧に同じって言う訳では決してないけれど、何となく、既視感のようなものを感じる気がするのよね」


「ああ、分かり易い…」


先ほどの異形たちを打倒した経緯についての冗長で長ったるかった説明よりもずっと簡潔で、要点の纏められた話に、何故だか私は一種の感動のようなものを感じてしまう。

そうだよね、有栖ちゃんとっても賢いもんね、やろうと思えば出来るんだよね。

流石だよ、凄いよ有栖ちゃん。


「何か失礼なこと考えてない?」


私の表情を見て何かを察したのか、有栖ちゃんは訝しげな瞳で此方を見つめる。


「全然、そんなことないよ。有栖ちゃんのお話が分かり易くて感動しただけだよ」


「ふうん」


納得いかなげな表情で目を細めている有栖ちゃんがとっても可愛い。


「つまり有栖ちゃんは、なんとなくこの場所に既視感を感じるっていう訳だね。それが、見た夢ともリンクするような共通点っていうこと?」


「ええ、大体そういう認識でいいと思うわ。ただ、話したとは思うけど、正直夢の内容はあんまり覚えていないのよね。でもなんというか、似たようなことを経験したことがあるという漠然とした感覚だけが残っているの」


自分の見た夢をいつまでも仔細に記憶しているのは難しいものだろう。

朧気に部分部分を覚えていたとしても、その全体の流れを克明に理解しているなんてことまずない。

大抵の夢なんて、見たことすら忘れているのだ。

たとえ其処に重要な事実が隠されているかもしれないと言ったって、それを思い出すのは至難の業だろう。


「この世界が、私の見た夢を元にしているかもしれないと言ったけれど、今はね、また少し違う推測をしているのよ」


これまで有栖ちゃんは、彼女の読んだ小説に基づいて構成された夢が、この世界の根幹をなしているのではないかという予測を立てていた。

それも俄には信じられない推論ではあったが、彼女はまたそれ以外に別の新たなる推測をしているらしい。


「違う推測?それは一体どんなものなの?」


「そもそもこの世界が、私の見ている夢そのものだという説よ」


この世界は有栖ちゃんの見ている夢そのものである。

…あまりにも大胆で、およそ信じることが出来ない彼女の推論に、果たして信じるに足る根拠はあるのだろうか。


「詩葉は、夢とは何だと思う?」


「夢とは何か?」


誰しもが一度は考えたことがある、私たちの見ている夢とは一体どのようなものなのかという疑問。

私もついこないだ、退屈な授業中にそんなことを考えたような覚えがある。

その時は眠たげな思考で適当なことを考えたのみであったから、どんなことを考えたかイマイチ覚えていないけれど、夢に関しては色々な可能性についての考察が世界中に溢れている。


「そもそも現代科学に基づいた夢の立ち位置とは、人間の浅い眠り、レム睡眠中に脳味噌がその日経験したことなどを処理する為に見せているものだと言われるわね。ちなみに、レム睡眠とは、REMでRapid Eye Movementの略だというのは有名よね。レム睡眠中には目玉がぐるぐる回っているから名付けられたそうよ」


有栖ちゃんの説明通り、夢とはレム睡眠中に脳味噌が行っている情報処理の名残なのだという。

もしそれが真実ならば、夢そのものには何の価値もなく、啓示性もなく、無味乾燥とした脳波の揺らぎでしかないことになってしまう。

それこそ、些か夢の無い話ではあるが、およそ其れが真実であろうし、疑う理由も別段ないので夢見がちな自分自身の抱えるそれを否定する心を無視するのであれば、概ね納得のいく科学的根拠であると言えよう。


「いつか詩葉に、こんな話をしたわよね。私たちの見ている現実は、脳味噌の受容した情報でしかなく、脳味噌が電気信号で作り出したものに過ぎないと」


「うん、よく覚えているよ」


いつだったか彼女に聞いた話。

私は其れがとても印象的で、今でもよく覚えている。

私の考え方の根底に根付く程に、その時感じた不思議な感覚まで鮮明に覚えている。


「そして、こんな話もしたわよね。脳味噌が夢を電気信号により作り出していると言うのならば、夢だって私たちの見ている一つの現実と言っても過言ではない。現実と夢、どちらも脳味噌が作り出しているものに過ぎないのであれば、両者の間にどれだけの違いがあるのかしら、と」


私はそれを有栖ちゃんに問いかけられた時、夢と現実の間の明確の違いというものを答えることが出来なかった。

そして今も尚、その違いを明晰に語れる訳でも無い。

今この時目の前にある現実を、現実だと言い切ることは出来ない。

それならば、私たちの見ている夢を、ただの夢だと言い切ることも出来ないのではないか。


「唯物論的思考をするのであれば、私たちがこのように考えていることさえも物質に基づいたものであり、総ては物質に帰属する。それならば当然、見て触れるものだけが現実であり、夢は所詮夢の域を出ない。だけれどね、コメットちゃんに色々な話を聞いて、所謂、形而上の存在が実在することを識った今の私ならば、そんな考え方が詭弁でしかないことがよく分かる。私たちの感知出来るレベルなんて遥かに超えた大いなるものは確かに存在していて、それらを知覚出来ないとしてもただ世界にはそれらが遍在しているのよ。私たちの宇宙を満たす殆どの観測不能な暗黒物質といわれるものや暗黒エネルギーといわれるものがそれ。結局何処まで行っても私たちの計り知れない現実がこの世界に存在しているということね」


途中から有栖ちゃんが何を言っているのかよく分からなかったけれど、結局彼女の言いたかったことは、私たちの盲信している科学的根拠というやつが、より大きな世界では役に立たない代物なのだと言うことだと思う。


「つまり、有栖ちゃんの言いたいことはこういうことかな?夢も、私たちにとっては現実の世界になり得ると」


「そういうこと。詩葉ってば、物分かりいいじゃない」


人間、多くの事を識っていればいるほど、固定概念に囚われやすくなるもの。

その点、私はあんまりそういう知識については詳しくないし、ある意味色眼鏡をかけないで物事を判断出来ると思うんだよね。

まあ、勉強不足なだけなんだけど。


「現実も、夢も、私たちの脳が見ている現象に過ぎないのであれば、そのどちらが真実であり、虚構になり得るのよ」


「気ままに夢見る機みたいなことでしょ?」


「ほんと、好きねぇ、ドラえもん。まあ、私にとってもこの理論は幼い頃に見たあの夢の世界から着想を得ていると言ってもいいのかもしれないわね。なんたって、飽きるほど見せられたから強烈に覚えているもの」


「ドラえもん映画はいつも私たちに大切なことを教えてくれるからね。こうやって有栖ちゃんの役にもたってるし、たくさん見て良かったね」


「まあ、そういうことにしておいてあげるわよ」


有栖ちゃんはちょっとげんなりした表情をしているが、実際のところ、映画ドラえもんというものは非常に示唆的で視聴者に様々な問いかけをしてくるものだと思う。

私はきっと今の人格や趣味嗜好をドラえもんに作って貰ったと自負しているし、おそらく有栖ちゃんの色んなことに興味を持って飛び込む姿勢もドラえもんが教えてくれたのではないかと思っている。

ありがとうドラえもん、ありがとう藤子・F・不二雄先生。

ちなみに私は、旧ドラだけじゃなくて新ドラも好きだ。

月並みな意見だけど、新ドラは作画が恐ろしく良いのもあって映像的に見ていてとても面白い。

内容については賛否両論在るだろうけれど、私はより子供向けに分かり易い内容になっているのは良い傾向だと思う。

…話が脱線してしまった。

私も有栖ちゃんのこと言えないなぁ。


「コメットちゃんから聞いた、例の彗星の話では、数多在る平行世界を繋ぎ止める作用があるということだったわよね。何の為に存在していて、どんな理論に基づいてそれが起こっているのはわからないけれど、世界を同一化する力があると」


「そうだね、小夜ちゃんの吸血鬼化とか、まだ解明出来てないことばかりみたいだけど、平行世界をどうにかする作用があるのは確かみたい」


「もしも私たちにとって夢も現実になり得るのだったら、それは立派な一つの世界だと言うことにならない?夢だって、数多在る平行世界の一つになり得ると思うのよ」


私たちの見ている現実が脳味噌の作り出したもので、夢もまた脳味噌が作り出したものであるのならばその夢さえも時には現実で、夢が現実になるのであれば、夢もまた、一つの世界である。

頭が混乱する理論展開ではあるが、つまり有栖ちゃんの言いたいことは。


「あの彗星は、夢の世界さえも現実の世界と同一化する力があるのかもしれないわ」


到底科学的とは言えない、まんまオカルトのような話だけどね、と有栖ちゃんは言う。

あまりに荒唐無稽な話ではあるが、彼女のこれまで語ってきた推測が正しいのであれば、其れさえもが事実のように思えてくる。

私たちの夢も、一つの平行世界になり得る。

それならば確かに、あの彗星が繋ぎ止めるという一つの世界に、夢の世界が含まれる可能性は在るのではないか。


「これはどうしようもない詭弁よ。そもそもここに来る前、私たちは洋菓子屋さんに向かっていたのだし、夢を見るような眠りについていた訳でも無い、この場所に既視感を感じているとは言え、夢だと決定づけるような明確な証拠がある訳でもないわ。でもね、考えてもみてよ、夢の世界を夢の世界と完璧に認識する事なんて出来るかしら。明確な根拠でもって自分の見ている夢を夢だと確定することは出来るかしら。現実を、現実だと言い切ることが出来るかしら。私には出来ない。でもね、何となく、これを夢だと思うのよ。何故だか分からないけどずっと、夢だと感じているの」


誰が、何の為にこの世界を形作ったのかは全く分からない。

しかし、有栖ちゃんの言う推論が総て正しくて、この世界が彼女の夢の世界だと思えば、説明のつく事が一つある。


「魔法、どうして使えるのかしらね。それこそ、異世界転生ものみたいに何の苦労もせずに、私は自由に思うだけで魔法を使えた。もし私の推測が正しいのならば…」


そう言うと有栖ちゃんは、目を瞑って深呼吸をしてみせる。


「こういうことも、出来るんじゃ無いかしら?」


私の目の前で、有栖ちゃんは宙に浮かんでみせた。

何の予備動作も無く、ふわりと、まるで最初から出来ることが分かっているかのように、軽々と彼女はその場に浮かんでいた。


「やっぱりね。これでまた一つ、私の推論が正しいかもしれない根拠が生まれた訳ね」


にやりとしてみせると、有栖ちゃんは軽快に地面に降り立つ。


「どうやら私は、この世界では自分の身の回りの事くらいだったら、自由に干渉する力を持っているみたい。夢の世界って、ただ想像するだけで物事の構造や理論を熟知していなくても様々な事を行えるものでしょ?私は金属バットの製法や組成物を詳しく知らないけど作り出すことが出来た。魔法の原理なんて識らなくても、空の飛び方が分からなくてもそれらを行うことが出来た。それって、この世界が夢である一つの証拠になると思わない?ただ、私の夢の世界なのだったら、この街並みさえも映画みたいに自由に変化させることも出来るかと思ったけど、流石にそこまでの行動は許されていないみたいね」


私に説明しながら、有栖ちゃんは手の平に炎を出したり、雷を出したり、光の玉を出したり、闇の波動を出したりと、目の前で現実離れした出来事を次々と起こしていく。

ここが彼女の夢の世界だというのならば、いとも簡単に彼女がそれらの現実離れした魔法を使えるというのも自然なことなのかもしれない。

明晰夢なんてものを見ることが出来る人にとっては、夢の中とは非常に自由な世界で、やりたいことが何だって出来てしまう、それこそ夢のような場所なのだという。

この世界が有栖ちゃんの明晰夢ならば、彼女が魔法を使えることさえも至って当然の事のように思えてくる。


「詩葉には、こういうこと出来るかしら?」


もしも私にも、あんな風に自由に魔法が使えるのならば、どれだけ素晴らしいことだろう。

夢の中ではよく、格好良い炎を放って敵を倒すような妄想をしたものだ。

それがもし現実のものになるのであれば、こんなにわくわくする事はない。

だがしかし、有栖ちゃんの夢の中で私まで同じような力を振るうことが出来るだろうか。

おおよそそれが叶うとは思えないけれど、試してみたいという気持ちは止められない。


「やってみるよ」


ごくりと喉を鳴らし、つばを飲み込む。

有栖ちゃんはごく自然に、想像しただけで簡単に魔法を放つことが出来るという。

私にもそれが許されているならば、きっとさほど苦労すること無く魔法を打つことができるだろう。

長年夢見たような事が、果たして現実になるのだろうか。

何度も夢見た魔法を、自由に行使出来る日がやって来たのだろうか。

私は意を決して全神経を右腕に集中する。


「唸れ私の右手!現れよ火柱!チンカラホイ!」


精一杯の想像力を込めて力強く叫ぶも、私の声は霧の街並みにただ虚しく反響するだけ。


「放て!ファイアーボール!切り裂け!ファイアーソード!万物を悉く焼き尽くせ!ヘルファイアー!」


どれだけ必死に想像しても、何度も腕を振るっても、炎の一つも其処には現れなかった。


「奇跡も魔法も、なかったよ、チンカラホイ」


夢の世界なのに、夢がないよ、とほほ。

最後の最後で有栖ちゃんのスカートくらいなら捲れるかなあと思って、呪文を唱えてみたけれど、私を見る有栖ちゃんの目が、ちょっぴり可哀想な子を見るような色を湛えていたから、何だかとっても悲しい気持ちになった。


「この世界で私が自由に様々な事を行えるのに対して、詩葉は必死になっても魔法の一つも打てなかった。この違いが意味するのは何だと思う?」


「私には魔法の才能がないのかなぁ?」


自分で言ってて侘しい気持ちになってくる。

現実世界でダメな子ほど、夢の世界では強くなれるんじゃなかったの?

そう言うあべこべがお約束なんじゃなかったの?

私は、白銀の魔法剣士ウタハニアンXにはなれないのか。


「確かに、詩葉には才能がないのかもしれないわね」


「そんな、嘘でも励ましてよ~」


「ふふふ、冗談よ。多分、私と詩葉の差は、夢を見ているのがどちらなのかという一点に依るものだと思うの。この世界を構築する夢を見ているのが私だからこそ、この世界では私は自由に振る舞える。詩葉はこの夢に入ってきた異分子だから魔法も碌に使えやしない。つまりその差は、この世界が私の夢で出来ているという推測を裏付ける根拠になると思うの」


そう言う間も、有栖ちゃんは見せつけるように私の前で様々な魔法を行使している。

あれ絶対有栖ちゃん、優越感に浸ってるよ。

いいなぁ、羨ましいなぁ。


私にはきっとこの世界でも魔法なんて使えないということは何となく分かっていたけど、いざ挑戦してみて何の手応えもないというのは、ちょっぴり虚しい気持ちになる。

ああ、せめてチンカラホイと唱えるだけで有栖ちゃんのスカートが捲れれば、いつでも自由に彼女のおぱんつを拝めるのになぁ。

私にものび太くんみたいなラッキースケベな展開があってもいいと思うの。


おぱんつで思い出したけど、この世界に来てから色々とあって、私のおぱんつはぐちょぐちょになりっぱなしなんだよね。

有栖ちゃんとのごにょごにょでアレしちゃったのは仕方ないとして、化け物を見てお漏らししちゃった時のおしっこがまだ残ってておまたがすごく気持ち悪い。

ゲロも吐いちゃったし、私ってば今もの凄く臭くて汚い女の子なんじゃない?

有栖ちゃんにもゲロかけちゃったし、何なら彼女も血塗れだし、私たち二人って傍から見たらおぞましい見た目をしているんじゃないかな。


「有栖ちゃん、魔法で服って作れない?」


「服?作れないことはないと思うけど、どうして?」


「だって私たち、今すごーく汚らしい格好してるじゃない?流石にこのままでいるのは嫌だなぁって思って」


「別にこの世界で身の回りのことに関して気にすることはないと思うけれど…まあ、確かにそうね。気分の問題があるものね」


納得したように有栖ちゃんは頷く。


「そういうことなら、こういうのはどうかしら」


続いて有栖ちゃんの両手が輝きだし、そこに一瞬のうちに洋服のようなものが現れる。

便利だなぁ、魔法。


「おお、すごいねぇ。さっきまで攻撃魔法みたいなのはたくさん見させて貰ったけど、こういう風に物を生み出すことも出来るなんて、ほんと万能だね」


「ふふん、凄いでしょ?ほら、着替えちゃいなさいよ」


随分得意げな有栖ちゃんから差し出されたのは。


「え?何これ」


紛うことなき、体操服だった。

普段学校の体育の授業で使っている、半袖半ズボンの体操服そのものだった。


「動きやすいし、いいでしょ?」


言いながら有栖ちゃんの全身を光が包み込み、彼女自身も体操服姿に着替えてしまう。

ツインテ、ニーハイソックスで体操服って、もの凄く可愛いし、フェティッシュだし、いつもの私だったら垂涎物のえっちさに溢れた格好に歓声を上げているような場面だと思うんだけど、状況が状況だけに、素直に興奮出来ないのがもどかしい。


「確かに動きやすいけど、なんかもっと、こう、なかったの?流石にちょっと恥ずかしいよ」


「いいじゃないの。見られて困るような理由なんてこの世界にはいないでしょ?もし気取ったおしゃれ着なんかでいたらまた怪物どもが襲ってきた時大変よ?体操服って、運動する為につくられたものなんだから、こういう非常事態にも則したものだと私は思うわ」


有栖ちゃんが自信満々で語るものだから、私もそれ以上強くは言い出せなかった。

これだけ異国情緒漂う街並みで、体操服の女の子が二人で歩き回るだなんて、想像するだけでシュールな絵面だったけれど、有栖ちゃんと二人で同じ格好で歩くのは何だかペアルックで歩くみたいでちょっぴりいいかなぁっていう気もしてきたので、体操服もまあ、悪くはないかなぁ。

いつもの制服だと、有栖ちゃんのおっぱいは少し控えめに見えるというか、制服特有の硬質なラインの可愛さで身体の起伏が分かりづらくなっちゃうんだけど、体操服だとダイレクトに彼女のスタイルの良さが現れるので、見ていてちょっぴりえっちな気持ちになる。

体操服はブルマという風潮が未だに世の男性たちの中で横行しているみたいだけれど、私たち世代としては、見慣れないブルマそのものよりも、いつも見慣れているハーフパンツから健康的に伸びる脚の方がずっと魅力的に見える。

特に有栖ちゃんなんか、自分がとてもえっちな身体をしていることをいまいち理解していないというか、おっぱいが大きいことに自信半分、恥ずかしさ半分の気持ちを抱いているくらいのもので、その腰つきやおしりから脚にかけてのカーブとかニーハイソックスを履いてぷにっとしたお肉のいやらしさとかに関しては全くの無自覚なのだ。

そういった無自覚な所作から滲み出る純真さと、体操服に包まれた育ち盛りの弾けるような甘い果実みたいな肉体の持ついやらしさとの相反する魅力が相乗効果を生み出して、より一層彼女を艶っぽく、美しく見せてくれる。

正直に言おう、私は体操服の有栖ちゃんをとてもいやらしい気持ちで見つめている。

はち切れんばかりのおっぱいも、きゅっと括れた腰も、引き締まったお尻も、長い脚さえも、全てが私の煩悩をここぞとばかりに擽り、心の奥底から彼女のことを抱き締めたいと、出来ることなら舐め回したいと思わせるのだ。

だって仕方ないじゃないか。

これだけ純真ながらも美しく均衡の取れた肉体を目の前にして、懸想しない人間が何処にいると言うのだ。

ああ、有栖ちゃんを私だけのものにしたい。

有栖ちゃんの全てが、欲しい。

有栖ちゃんの、初めてを……。

この世界にやって来た時の、有栖ちゃんとの秘め事が思い出される。

とっても、気持ちよかったなぁ。

また彼女と、あんな事を……。


「なにぼおっとしてるの?私の前で着替えるのが恥ずかしかったら、あっちの方向いてるわよ?」


いつまでも体操服を持ったまま考え事をしている私を心配したのか、有栖ちゃんはとても純粋な表情で此方を見つめている。

その瞳が何処までも澄み切っていて、私は浅ましい欲望を抱いてしまったことを酷く恥ずかしいことのように感じる。

有栖ちゃんは私のことをひたすらに無垢な気持ちで気にしてくれているのに、私は彼女とイケナイことをしたいという下卑た感情に支配されているのだ。

どうして私は、いつもえっちな事ばかりを考えてしまうのだろう。

それも大好きで大切な有栖ちゃんに対して。

人は愛と性欲を切り離して考えることは出来ないのだろうか。

自分自身が、とても穢らわしい存在のように思えてくる。


「ううん、大丈夫だよ有栖ちゃん、それじゃあ失礼して」


自らの身の潔白を示すように、私は彼女の前で制服を脱ぎ、汚れた下着さえも外していく。

ブラまで取る必要はなかったかもしれないけど、パンツは全くもう、履いていて気持ち悪いほどに濡れていたので、いっそのこと下着など着けない方が気持ちよく体操服が着られると思ったのだ。

今私は、生まれたままの姿で世界に存在している。

身体の状態を生まれた時のそれに戻すことが出来た今なら、きっと有栖ちゃんのことを純粋な気持ちで見ることが出来るだろう。

私のこの裸の身体を彼女に見せつけることで、私の心までも彼女の前で丸裸にして貰うのだ。


「さあ有栖ちゃん、もっと私を見て。あんまり見応えない身体かもしれないけど、私、有栖ちゃんにきちんと見て欲しいの」


もっと私を奥まで覗いて。

私の穢い心を、その純粋な視線で浄化して。

有栖ちゃんに隅々まで見て貰えば、きっと私は心まで綺麗な女の子になれると思うの。


「な、な、な、なんで下着まで脱ぐ必要があるのよ!」


有栖ちゃんはとっても恥ずかしそうに顔を覆いながらも、ちらちらと私のことを見てくれている。

ああ、気持ちいい。

裸を人に見て貰うのってこんなに気持ちいいことだったんだね。

私は今、何も身に纏っていない。

それはつまり、何ものにも縛られない自由な身体を手に入れたと言うことだ。

自由な身体に自由な精神が宿るのは必定。

身も心も私は、完璧な自由を手に入れたと言っても過言ではない。

自由とは美しさだ。

美しさとは清廉さだ。

私の心は、有栖ちゃんに裸体を見てもらうことにより、何処までも自由で美しく清廉に澄み切っていく。


「もっと見て、有栖ちゃん。もっと私を綺麗にして。私の外も中も全て隅々まで見渡して!」


「何を訳のわかんないこと言ってるのよ!もう、さっさと服を着なさいよー!この変態痴女詩葉!」


有栖ちゃんの声が、霧立ち込める街中に木霊する。

反響したその声が私の身体の芯を震わせていく。

「変態」という言葉の甘美さ、「痴女」という言葉の耽美さ、浅薄な罵倒にこそ宿るこの世界の真理というものを見つけられた気がする。

ありがとう、有栖ちゃん。

私、何か新しい扉を開けた気がするよ。

おそらく世の中では、露出癖って呼ぶ扉をね。


「全くもう、下着が欲しかったなら早く言いなさいよね」


ぷりぷりと怒る有栖ちゃんは、そう言いながらも私の為に新しいぱんつを作ってくれた。

さっきまでの私はどうかしていて、裸でいるのがすごく気持ちの良いことのように思えていたけれど、流石に知らない世界の知らない街で裸でいることは酷く心細いものであるし、ぱんつを履かないですーすーする股間を晒しながら歩くなんて事到底出来る訳もないので、ひとまず新しい下着を手に入れることが出来てとても安心している。

有栖ちゃんの体操服も、動きやすくて良い感じだし、身の回りの不快感がなくなって心も晴れ晴れしてくる。


「すごいよ、サイズまでぴったり。有栖ちゃんの魔法の精度はとてつもないね」


「サイズぴったりなのはよかったけど、それに関しては別に私の技術がどーのこーのっていう問題じゃないと思うわ。さっきも言ったけど、夢の世界って対象のことをきちんと理解して無くてもなんとなく物を作れちゃうのよね。それこそ私が詩葉のスリーサイズを知っている訳じゃなくても、下着だって服だって容易に作り出せちゃうんだわ」


確かに私たちは普段夢を見る時に、その世界の構築物の設計を詳細に施すなんてことはしない。

物事をきちんと理解していなくても、なんとなくで何でも夢の世界を作り上げることが出来るのだ。

この世界が有栖ちゃんの夢だというのなら、その理論が適応されるのも至極当たり前のことなのかもしれない。


「私は、有栖ちゃんにスリーサイズ測って欲しかったけどねぇ。そのまま色々と図って貰って破瓜って貰っても別によかったんだけど」


「何言ってるのよ詩葉は?私が詩葉のスリーサイズなんて測ってどうするのよ?」


「有栖ちゃんが身体に触れてメジャーを当ててくれるのを想像しただけで、私はなんだか気持ち良くなっていくんだよ」


「そんなことを聞かされる私は気持ち悪くなる一方だけどね」


「酷いよ有栖ちゃん!私の身体なんてどうでもいいっていうの?ぷぷぷ、あいつ貧乳だぜ、だっせーとか思ってるの!?」


巨乳の有栖ちゃんにとって、私のおっぱいなんて嘲笑の的でしかないのだ。

いつだって貧乳は嗤われる運命にあるのだよよよ…。


「別に胸の大きさなんかで人の価値が決まる訳無いでしょうに。それに私は詩葉の胸、綺麗でいいなって思うけど?」


「あ、ありがとう…」


予想もしていなかった有栖ちゃんの真っ直ぐな言葉に、頬が紅潮していくのを感じる。

自分自身、貧乳だのと自虐はしているけれど、別にそれに満足していない訳ではない。

小さな胸だって需要はあると思うし、大切な人ただ一人が自分を認めてくれればそれだけで何も問題ないのだと考えてきた。

私の大好きな有栖ちゃんが、綺麗だと言ってくれた。

その現実が、信じられないくらいに心臓を高鳴らせる。

ああ、どうしてこんなにも嬉しいのだ。

私の心臓は、おかしくなってしまったのかなぁ。


「私もね、有栖ちゃんのこと本当に可愛いって思ってるからね。とても大切に思ってるよ。これはいつもの冗談じゃなくて、心の底からの本心だからね」


有栖ちゃんの言葉があまりに嬉しかったせいで、思わず真顔で歯の浮くような台詞を吐いてしまう。

すごく恥ずかしくて顔も見れない。

いつもなら誤魔化して冗談を言うような場面だけど、気の利いた言葉の一つも浮かばない。

これじゃあまるで、恋する乙女のようじゃないか。


「うん、知ってる。私も詩葉が大切だから」


ああ、こんな訳の分からない世界で、二人とも体操服で、馬鹿みたいにこんなことを言い合っている私たちはきっと。


世界一滑稽で、世界一幸せだ。


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