3 幽霊屋敷大改修☆作戦
長い上り坂。
コンクリートで舗装された延々続く急勾配の道を私たちはゆっくりと、会話を弾ませながら進んでいく。
最近出来た洋菓子屋さんのチーズタルトがとても美味しそうで気になっているんだとか、今度の土日にでも何処かへ遊びに行こうだとか、SNSで見た猫ちゃんの動画がとっても可愛かっただとか。
ごく平凡な女子高生として当たり前の話を交わしながら、長い坂道を歩く。
道の両側に青々と茂る木々が晩春の暑ささえ感じる陽射しを幾らか遮ってくれてはいるが、制服のシャツがしっとりと湿るくらいには、昇り坂を進んでいくことは体力を要する。
体力にあまり自信のない私は、やはり少し息を切らしてしまうし、隣に手を繋ぐ小夜ちゃんも引き籠もりの弊害か、結構息を上げている。
後ろに続くコメットちゃんもまた少し疲れた様子だったが、反面、私の前をぐんぐんと歩いて行く有栖ちゃんとお姉ちゃんは坂道なんてへっちゃらと言わんばかりに平然そうに涼しい顔をしている。
この辺りで日々の生活の差というものが顕れて来るのだなぁ。
もう少し日頃から運動しなきゃだめだと身につまされるけれど、これくらいのことで意識改革が出来るようならば既に運動をする習慣はついているだろうし、結局このまま怠惰に運動音痴を貫いていくような気がするのですよ。
ここ二週間くらい、毎日のように通った道。
もうすでに当たり前の景色になったこの坂道も、以前訪れた時は少し不気味さを感じさせられたのだっけ。
コメットちゃんと二人でやって来た時の事が思い出される。
丘の上の屋敷には吸血鬼が棲んでいて、夜な夜な処女の生き血を吸いにやって来る。
まさかそんな噂が事実だなんて思いもしなかったし、その吸血鬼の正体だった女の子とこうして仲良く毎日一緒にいるようになるなんて誰が想像出来ただろうか。
人の出会いというものは全くわからないもので、運命とかいうものがあるのかなんて決して私にはわからないけれど、こうやって小夜ちゃんと出会えたことに関しては素直に神様っていうやつに感謝してもいいかな、なんて気持ちにさせられる。
いればだけどね。
でもまぁ、コメットちゃんのような存在もいるわけだし、神様がいたっておかしくはないのかな。
やがて、私たちの前には大きな屋敷の門が現れる。
つい先日まで生い茂る蔦や雑草の中に埋没し、退廃や哀愁さえも感じさせられた石門。
まるで魔界の入り口かのような陰湿な雰囲気を漂わせていた門は、すっかり綺麗になったとは言い難いが、現在では以前に比べるとずっと綺麗な門構えになっている。
それは、丁度私たちの目前に現れた気の良さそうな庭師さんのおかげだ。
「お嬢ちゃんたち、お帰りなさい」
中肉中背、日に焼けた壮齢の男性が、私たちを迎えてくれる。
目尻に深く刻まれた皺がその実年齢よりもよっぽど老けて見えるおじさん。
「日野のおじさん、今日もお疲れ様です~」
私の挨拶を、人好きのする笑顔で返してくれる。
日野のおじさん…彼はずっと以前、このお屋敷の庭師をしてくれていた人らしい。
「みんな、小夜お嬢ちゃんのために協力してやってくれてるんだもんな。おじさんなんだか目頭が熱くなっちまうよ」
小夜ちゃんのお父さんが亡くなったことや、お母さんが心を病んでしまったことで暫くお屋敷の庭の管理は放置されることになってしまっていた。
小夜ちゃん一人きりでは当然庭の管理の方法なんてわかるはずもなかっただろうし、何より大切だった両親を事実上立て続けに失ってしまったことの喪失感から、そんなことに手を付けられるだけの余裕なんてなかっただろう。
だからこそ、庭は荒れ放題、まるで廃墟のような様相を呈してしまった。
やがて丘の上の幽霊屋敷と呼ばれる程の荒廃ぶりを見せることになってしまった訳だが、それは仕方のなかったことだろう。
「きょ…今日も、ありがとうございます…庭、前よりもずっと…綺麗になって…」
私の影に隠れながらも、小夜ちゃんは頑張っておじさんに感謝の気持ちを伝える。
やっぱり大人の人と話すことは彼女にとって難しいようで、顔を見ることは出来ていなかったけれど、彼女の心の中でも、少しずつ変わろうという葛藤があるのだろう。
「久しぶりにこの庭の様子を見たときは何事かと思っちまったが、お嬢ちゃんずっと一人きりだったもんなぁ、仕方ねえよなぁ」
日野のおじさんは、小夜ちゃんの両親がいなくなってしまったことを知らなかったらしい。
ずっとこの庭のことは気になってはいたが、まさか自分の世話していた庭が荒れ放題になっているとは夢にも思っていなかったようだ。
小夜ちゃんの置かれている状況を彼に話した時、酷く驚いて目に涙さえ浮かべていた。
彼自身、色々と思うところがあったみたいで、庭の整備をまたお願いしたいという願いを、快く引き受けてくれた。
「おじさんに任せれば、ぜ~んぶ元通り綺麗にしてあげるからな」
頼りがいのあるその笑顔は、なんだか人情味が溢れていて、彼に任せればお屋敷の庭はすっかり綺麗になるだろうという予感さえした。
広い庭を、雑草が刈り取られた石畳の道を往けば、目の前には見上げるほどに聳え立つ屋敷が待っている。
といっても、その外観は補修のために全面覆われており、煉瓦でできたゴシック建築であるということが辛うじて確認出来るくらいである。
この丘の上の幽霊屋敷が、少し前に私とコメットちゃんが訪れた時とは全く異なる様相を呈しているのには当然理由が在る。
小夜ちゃんの住んでいるこの場所を綺麗にしようというのは、お姉ちゃんの提案であった。
あの夜、私たちがコメットちゃんの改変能力によって吸血鬼から元の人間へと戻った後。
私が囚われていた坂上家の別荘から、これまたコメットちゃんの不思議パワーによってお空を飛んでこの場所へ帰って来た時、あまりの屋敷の荒廃具合にお姉ちゃんは言葉を失っていた。
「こんな場所、女の子の住む所じゃないわ!」と、顔を真っ赤にして叱るお姉ちゃんの表情はよく覚えている。
屋敷の中も埃だらけで、とても小夜ちゃんをこの惨状の屋敷に一人で返すわけにはいかないということで、結局その日は小夜ちゃんを我が家に泊め、今後お屋敷を徹底的に綺麗に掃除しようということに相成ったのだった。
それからはとても大変な毎日だった。
屋敷中を探し回って、昔、庭を管理してくれていた日野のおじさんの連絡先を調べて実際に会いに行ったり、煉瓦屋敷の外装工事をしてくれる施工業者を探したり。
お屋敷の中の掃除もハウスクリーナーの業者を雇おうかと思ったがその辺りはなんとか自分たちで掃除できる範囲だったから一部屋ずつ必死に換気→箒→雑巾がけ→換気→箒→雑巾がけ→ループ。
長年溜まったゴミ袋は何度かに分けてゴミの日に出して、少しずつ、少しずつ、毎日せっせとお屋敷を綺麗にするためにみんなで努力をした。
そのかいもあって、まだ完全に綺麗な状態に戻ったとは言えないが、人が正常に暮らしていけるくらいの状態には戻せた筈だ。
今日も今日とて私たちが学校帰りにみんなでこのお屋敷に来ているのは、せっせと残りの部屋のお掃除をするためなのだ。
さながら小夜ちゃんのお掃除メイドさんになったような気分である。
現在は、たくさんある部屋の一つの掃除に取りかかっている。
西洋風の内装の部屋で、瀟洒な雰囲気が感じさせられる素敵な書斎だ。
「ふふふ、随分と形になってきたわねぇ」
お姉ちゃんはご機嫌で部屋の調度品を磨いて拭いて回っている。
木製の机に椅子、埃まみれの本棚まで、彼女が通った後は見違えるようにぴかぴかになる。
普段から我が家の家事を全て請け負ってくれているお姉ちゃんにとってはお掃除なんてお茶の子さいさい、鼻歌交じりに次から次へと家具を綺麗にしていく様子はまるで魔法を目の当たりにしているみたいだ。
「うわぁ、真っ黒ね…」
床の雑巾がけをしてくれている有栖ちゃんは、拭いたあとの雑巾が真っ黒になっていることに辟易した様子。
最初はお屋敷を掃除することに乗り気ではなかった有栖ちゃんも、今では文句一つ漏らさず黙々と作業に励んでくれている。
根が真面目な彼女の事だから、几帳面に雑巾がけをすることに一つの楽しみを見出しているようだった。
何だかんだ言ってもきちんと協力してくれる有栖ちゃんが愛しくて堪らない。
「うわあ、ばっちいのです…」
窓の桟の汚れを落としているコメットちゃんは、しかめっ面をしながらも一心不乱に手を動かし続けている。
少し雑な気もしないが、手伝ってくれているだけでありがたいものだろう。
必死になってお屋敷を綺麗な状態に戻そうとする私たちに、「こんなことしなくても、改変で綺麗にすればいいのです」と、コメットちゃんは何度も提案してくれていた。
それは人間の上位者である彼女にとっては至極当然な意見であるだろうし、彼女にとってはこんな風に地に這いつくばり地道に掃除をするなんてこと信じられないのかもしれない。
コメットちゃんの観測者であり調停者たる改変能力はとても便利なものだし、ドラえもんの秘密道具でも使ったかのようにたちまちにお屋敷を綺麗にすることも簡単に出来るのだと思う。
だけれど、そんなものに頼り切ってしまっていては、いずれ私たちは自分で何も出来なくなってしまうと思うのだ。
人間である私たちが、その領分を超える力に慣れてしまっては、いちいち行動を起こすこと全てに意味を見出せなくなってしまうかもしれない。
私はそれが凄く怖いし、有栖ちゃんやお姉ちゃんも小夜ちゃんも、自分たちの力で掃除をすることを承諾してくれた。
だから私たちは、無力な人間としてこうして精一杯作業に励んでいるのだ。
…なんて偉そうなことをいいつつも、恥ずかしながら、家事スキルゼロ掃除スキルゼロな私は正直な所みんなの役にはあまり立てないでいる。
同じくイマイチ作業が上手くいかない小夜ちゃんと一緒に汚くなったバケツの水を変えに行ったりするのが関の山だ。
まあ、有栖ちゃんとお姉ちゃんがいればみるみるうちに部屋が綺麗になっていくから、あんまり手を出す必要もないんだけどね。
えへへ…えへへ…。
色んな意味でもっと女子力上げなきゃなぁと思わされるよ……。
「ちょっと詩葉たち、もっと真面目にやりなさいよ!」
やることがなくなって手持ち無沙汰になりぺちゃくちゃとお話しをし始めた私と小夜ちゃんの元に、有栖ちゃんのお叱りがやってくる。
「えへへ~。だって、有栖ちゃんとお姉ちゃんが何でもやってくれるものだから」
「えへへ~。じゃないわよ!坂上先輩も、色々あったのはわかりますけど、自分のお家なんだからもっときちんとやって下さいよ!」
「ご…ごめんなさい…」
有栖ちゃんの剣幕に怯えた小夜ちゃんは私の影に隠れて小さくなる。
小動物みたいで可愛い。
「ほら、またそうやって人の影に隠れる!」
有栖ちゃんはその様子が気に入らないのか、ぷんすこと頬を紅潮させている。
私にとっては有栖ちゃんのそんな姿は日常茶飯事であるし、彼女も本気で怒っている訳じゃないこともわかるが、まだ知り合って日の浅い小夜ちゃんは本格的に萎縮して涙さえ溢さんというばかりだ。
「まあまあ、有栖ちゃん落ち着いてよ~。小夜ちゃんちょっと怖がってるよ」
「そうやってすぐ詩葉が甘やかすからいけないのよ!」
「だってほら、小夜ちゃんってばこないだまで学校お休みしてたんだしさ。あんまり突然厳しくしたら可哀想でしょ?」
「厳しくしないのと、甘やかすのは全然違う事でしょ?詩葉がやってるのは坂上先輩自身のためにもならないと思うけど」
「う~ん、でもさ、今はそう急かさずにお互い仲良くやっていこうよ。ね、仲良し仲良し~」
「うるさいわね!何が仲良しよ!私はまだ坂上先輩のこと信用してないんだから!」
始めはそんなに怒っていなかった筈の有栖ちゃんも、徐々に発する言葉の角が立つようになり、声量も大きくなる。
はっとしたように彼女は、随分と声を荒げていたことに自分自身驚くように、
「ごめん、大きな声出して。私が悪かったわ。ちょっと外の空気吸ってくる」
そう言うと一人、有栖ちゃんはその場を後にするのだった。
明朗闊達な有栖ちゃんにとって、引っ込み思案な小夜ちゃんの振るまいはあまり好ましくないのかもしれない。
有栖ちゃんの見せる小夜ちゃんへの態度から、そんな雰囲気が度々伝わってくるのはなんとなくわかっていたが、ここ数日輪を掛けてそれが顕著になっているような気がする。
私にとって大好きで大切な有栖ちゃんが小夜ちゃんのことを上手く受け入れられないということは酷く悲しいことだし、なんとか二人の仲が円滑になってくれることを願うのだが、人と人の関係性というのは、なかなかどうして難しい問題だ。
有栖ちゃんはつんつんとして人当たりが強い性格をしてはいるが、その心根は実直かつ潔白で、人に対しての優しさや思いやりも大いに持ち合わせている子だ。
きっとただ普通に出会ったのであれば、上手く人間関係を築けたものだと思う。
だけれど、今回は出会い方が悪かった。
私が小夜ちゃんの手によって吸血鬼になり、誘拐拉致監禁さえされていたことを有栖ちゃんが知った時、彼女は酷く怒りに燃えて、小夜ちゃんに対して敵愾心さえ見せていた。
私が小夜ちゃんのことを許していて、友達になったのだということを説明してなんとか有栖ちゃんの溜飲を下げることが出来たが、それでも彼女の心の中では今なお燻る感情があるのだろう。
それがあるから、未だに有栖ちゃんは小夜ちゃんのことを快く受け入れられないのだろうし、私と小夜ちゃんが仲良くしていることに度々苛々を隠せなくなるのかもしれない。
これから私たちが一緒に過ごすことは多くなるだろう。
自然と有栖ちゃんと小夜ちゃんが顔を合わせる機会も増えていくことになる。
その度にこんな風に喧嘩一歩手前のような雰囲気になるのは嫌だし、何より私は有栖ちゃんに小夜ちゃんのことを好きになって欲しい。
なるべく近いうちに、もっと彼女たちが打ち解けるためのきっかけを設けなければいけないかもしれない。
私はどうしたって有栖ちゃんのことが大好きなのだ。
小夜ちゃんのことだって、仲良くなってまだ日は浅いけれど、大切に思っている。
だからこそ、今後彼女たちが上手く関係性を築けるように尽力したい。
暫くして、有栖ちゃんが戻ってきた時、彼女はすっかり元の様子に戻っていたように思えた。
それはもしかしたら彼女が無理して繕った表情であったかもしれないし、彼女の内側では今尚様々な感情が渦巻いていたのかもしれない。
だけど彼女は、何とか折り合いをつけて、私たちにこれ以上気を使わせないように自然に振る舞ってくれていた。
私はそんな彼女の振るまいが、嬉しくもあり、その強さが羨ましくさえもあった。
「さっきはごめんなさい。坂上先輩も、詩葉も。私、随分感情的になっちゃって、嫌な子だったわ」
「ううん…元はと言えば、私がうじうじしているのが…悪いから。こちらこそ…ごめんなさい」
有栖ちゃんと小夜ちゃんは、お互いに自分の非を認め合い、頭を下げ合っていた。
完全に仲直り、という雰囲気ではないぎこちなさが感じ取れたが、これから少しでも彼女たちの関係性が穏やかなものになっていけばいいなと思う。
出来るだけ私はその手助けがしたい。
「有栖ちゃんは強いね」
「何を訳のわからないこと言ってんのよ詩葉は」
呆れたように言う有栖ちゃんの表情がいつもの可愛い微笑みだったから、私はその後彼女がぼそりと溢した小さな呟きを聞き逃してしまったのだ。
この時の彼女の言葉をきちんと聞いていれば、彼女の想いを勘違いしていなければ、あんな事が起こることもなかったのかもしれない。
「私は強くなんて、ないわよ」
でもそしたら、ひょっとして……。
○
お屋敷の窓から差し込む日も赤く染まり傾いてきて、今日のお掃除はそろそろお終いということになった。
あまりたくさんは働いていなかった気がするが、学校帰りにこうやって作業に勤しむということはそれだけでなかなかに疲れるものである。
だけれど、目的を持って何かを為しているというのは非常に毎日を充実させてくれるもののように思えるし、こうしてみんなで集まって作業をするということは青春の一ページみたいで気恥ずかしくも温かな気持ちになる。
夕焼けの中、帰路へと着く私たちを小夜ちゃんは門まで見送ってくれる。
「改めて…みんな、本当に…力を貸してくれて…お手伝いしてくれて、ありがとう…。私はこんなだから…たくさん、迷惑かけてると思うけど…みんなの優しさが、嬉しい…です」
拙いながらも、必死に紡がれた小夜ちゃんの言葉には、彼女なりの精一杯の感謝の気持ちが確かに込められていた。
「特に、美歌子さまと有栖さんは、てきぱきと…色んなことをこなしてくれて…とっても、感謝してます…ありがとう」
「ふふふ、お姉ちゃん、お掃除とか家事は得意だからね。これからもたくさん頼ってくれていいんだから」
お姉ちゃんは、とても優しげに微笑んでいる。
元来、面倒見がとても良い彼女にとって、小夜ちゃんのような子は放っておけないのだろう、いつも気に掛けているそぶりを見せているし、実際のところお屋敷を綺麗にすることを提案したのだってお姉ちゃんだ。
本当にお姉ちゃんは優しすぎるほどに優しいし、その姿は慈母のようでさえある。
私の前で見せる変態的な一面がなければ本当に完璧超人なのになぁ。
ちなみに、小夜ちゃんがお姉ちゃんのことを「美歌子さま」と呼んでいるのは、出会った瞬間にドロップキックを入れられたことが印象深かったかららしい。
「ちょっと気持ちよかった」とは、小夜ちゃん談。
「別に私、感謝されるほどのことはしてないと思いますけど、でもまあ、ありがとうって言われると嫌な気はしないっていうか…」
有栖ちゃんはさっきのこともあってか、小夜ちゃんからの感謝の言葉を上手く受け取れずにツンツンしているが、何だかんだ嫌な気はしていないようだ。
彼女が早くデレの部分を見せてくれることを願うばかりである。
でもまあ、ツンツンしてる有栖ちゃんはそれはそれで最高に可愛い。
「詩葉さんも…コメットさんも…その…ありがとう」
小夜ちゃん自身、あんまり褒める言葉を見つけられなかったのか、私とコメットちゃんには簡素な言葉であるが、これまた感謝の言葉と微笑みを向けてくれる。
私とコメットちゃんがそれを笑顔で返した後、明日また学校で会う約束をし、今度こそ帰路へと着いた。
斜陽の住宅街。
加速度的に沈んでいく赤に何か心動かされるものを感じる。
いつもの街並みを染める色が、どうにも目に染みる。
夕陽とはどうしてこうも、儚げに胸を突くのだろうか……。
黄昏の感傷を誤魔化すように、私の口数も自ずと増えていく。
それを楽しそうに聞いてくれるお姉ちゃんも、有栖ちゃんも、コメットちゃんも、みんなその横顔は美しく朱色に染まっている。
泣きたくなるような、不思議な感慨が満ちた世界は、目眩く間に変わっていって、やがて辺りは暗闇に閉ざされる。
私はそれがとても……。
 




