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タイヨウの国

作者: 彩玉

 少し高台にある中学校の三階の窓際は今日も景色がよく、タイヨウは嫌になるほど白い光で街を照らしていた。



 ホームルームは先生の話を聞くだけで退屈だ。頬杖をついて窓の外を眺めていると、頭になにかが軽くあたり、前を見た。前の席の子が早くとれと言わんばかりプリントをひらひらと動かしているのに気が付き、慌てて手に取る。


 先生は僕がプリントを取ったのを確認すると話し始めた。


「今、配ったのは進路調査の紙です。再来週の三者懇談に向けて、そしてこの夏の学習計画を立てるためにも具体的に将来を考えて書くことが大切になります。どこの高校に行きたいかではなく、どこの高校に行って何がしたいかが重要です。行きたい大学、なりたい職業と今言われてもピンとこない人が大半でしょう。しかし、考えるか考えないかで大きな違いがあります。いいきっかけなので、ご家族の方と話し合うのもいいでしょう。来週の月曜に提出なのでそれまでに書いておいてください。では、次の話ですが――」

 

まじめに話を聞きメモを取る人もいれば、目に涙を浮かべながらあくびを飲み込む人もいる。僕はタイヨウの光を反射してより白く見えるプリントをしばらく見ていた。




「なあ、進路のやつどうする?」

 帰り道、友達と並んで歩きながらする話は当然進路の話になった。一人の友達が言うと、もう一人の友達が答える。

「あれ提出早いよなー、今日火曜だぜ? 一週間もないじゃん。まあ、俺は近場の高校かなー。したいことって言っても特にないし。後後、潰しきくようにしたいし」

「ヨシ、お前は?」

「えっ……。」

 突然話を振られ、つい声が裏返る。

「えっと、僕は……」

「ばっか、ヨシは国立のちょー頭いい工業高校一択だろ? 朝桐家の坊ちゃんだし。な!」

「ああ、そっか」

 友達が会話するのを聞き、言葉を飲み込む。返事をしない僕を心配そうにのぞき込み、友達はもう一回言った。


「……そうだろ?」

「う、うん。そうだよ! ボクの頭を工業高校で生かさないでどうするのさ」

 冗談っぽくそう言う。相変わらず嫌味なやつーっと友達は言い、ケラケラ笑った。僕はそれを見て安心し、そして悲しくなった。




家に帰るとすぐに二階にある自分の部屋に入り、勉強机に向かう。課題をしようとワークを取り出そうとしたとき、一枚の紙がひらりとかばんから落ちた。拾い上げて机の上に置くと、進路調査の紙だった。帰り際に友達に帰ろうと言われて慌てて直したせいか少し、くしゃっとしていた。三つの枠が縦に並び、上から第一希望、第二、第三まで書かなければならない。パチンと机の電気をつけると紙の白さが一層目立った。

 

 本当は白いはずなのに、僕にはどうも黒で「国立工業高校」と印刷しているように見えた。何なら、どこのコースなのかまではっきりきれいな文字で印刷しているように一瞬見えた。

 瞬きをして、もう一度紙を見ると白紙だった。その白色がお昼に見たタイヨウの光を思わせた。僕は嫌になり、プリントをファイルの一番奥に収納し、そのファイルをカバンの奥に詰めた。そして、ワークとノートを広げ、課題を始めた。




「ただいまー」

「お邪魔しマス」

 課題を終え、明日の予習をしていると二人の男性の声が聞こえた。ああ、今日は「カンコウキャク」が来る日か。


 一階に下りると父親と茶色っぽい金髪で背丈が高く、体も鍛えられた男性がいた。足元には大きなリュックサックが置いてある。父は暑い暑いと言いながらスーツを脱ぎ、それにつられて男性もゆっくり上着を脱ぐ。母親は晩御飯を冷蔵庫から取り出し、テーブルに並べた。僕は男性に軽く挨拶をし、母の手伝いをした。



全員で四人用の食卓に座り、夕食の前に自己紹介をした。

「今日から月曜まで家に泊まる、ライゼンデさんだ」

「ライゼンデと申しマス。ライと呼んでくだサイ。よろしくお願いしマス」

 そう言い、深々と頭を下げる男性――ライさんは日本語がうまく、これなら英語の出番はなさそうだとホッとした。母が自己紹介をした後、僕も自己紹介をする。

好宏よしひろです。中学三年生です」

「よろしくお願いしますネ」

「ヨシはカンコウキャクさんの話を聞くのが好きだからいっぱい話してやってくださいね」

「もちろんデス。代々タイヨウ整備士で慣れているとはいえ、朝倉サンにはタダイなるご迷惑をおかけしてますカラ」

 ライさんはニコッと笑った。代々……か。ボクの進路決定が僕のものになっていないのはこれが理由なのだ。




 

 何百年も前、ここ日本だけでなく世界各地で異常気象が続き、生活することも困難になった。

そこで、人々は大きな大きなドームをそれぞれ作り、その中で生活を営むようになった。


 しかし、ドームはガラス張りではないため、外を見ることができず、空――つまり星も月も太陽も見ることができなくなってしまった。人々は何も変化のない「ソラ」を見るたび、何とも言えないむなしい気分になっており、日を重ねるにつれドーム内にどんよりとした重い空気が流れた。

 そのとき、希望者を集め開発されたのが「タイヨウ」。ドーム内を照らす大きなライトだ。今まで全体を明るく照らすために照明は小さく点々とつけられていたが、ライトが一つになっても十分な明るさになるよう計算され、なおかつ電気の使用量も削減したと言われる画期的な発明だ。


 そののち、それが夜になればぼんやりとドーム内を照らすように設定され、「ツキ」も兼ねるようになり、夜にのみ光る小さな照明を何個もつけ「ホシ」を作ったり……と、ドーム内でもドーム外と同じような環境がある程度作られた。おかげで「シキ」もきちんとあるし、「テンキ」だって大昔のデータを元に作られている。


 「タイヨウ」も「ホシ」も機械なので点検しないといけない。その役を代々担っている一つの家系が朝桐家だ。父はもちろんおじいちゃんもひいおじいちゃんもそうだったらしい。そうなると僕もそうだよねっていう無言の圧力を様々な人からかけ続けられていて、ボクの進路はボクが生まれた時から決まっていた。



 あと、「カンコウキャク」というのは国のドームと国のドームを行き来できる数少ない職業の一つだ。詳しい仕事は秘密であまりわからないが、言語はもちろん、様々なことに知識を持っていないとなることができない。就職案内自体ごく一部の人にしかやってこないため、あまり知られていない職業だが、本当にエリートじゃないとなれないと思う。

 

 異常気象とそれぞれの国でドームが作られたことにより、外国人観光客は激減。その影響で多くの宿泊施設が閉鎖してしまった。泊まる所もあるにはあるが、外国人が街のホテルに泊まるととても目立つので、「タイヨウ整備士」とか事情がわかっている人の家族の家に「カンコウキャク」が泊まるのが普通……らしい。




 ご飯を食べた後、ライさんは父に勧められ風呂に入りに行った。母が食器を洗う音とテレビの音がリビングに響く。ソファに座りながら母の背中に向かって話しかける。

「母さん、再来週三者懇談だからね」

「ああ、もうそんな時期なのね。わかった」

「ヨシ、志望校は決まったのか」 

 父は読んでいる夕刊から顔を上げ、僕を見る。僕は父が手に持つ夕刊をぼんやりと見ながら返事をした。

「大丈夫だよ、父さん。ボクの進路はずっと決まってるから。工業高校一択。今の学力なら問題ないって先生も言ってたし」

「おお、そうか」

 安心した父の顔を見て、胸が痛んだ。やっぱり、ボクの進路が望まれているのだと感じざるを得なかった。

 

 

 少しして、リビングのドアからライさんが少しかがんで部屋に入ってきた。僕はライさんが部屋に入るのを見た後、またテレビに目線を戻した。

「お風呂お先にイタダキマシタ」

「お、丁寧にありがとう。じゃあ次、私が入ってくる」

 そう言って父は立ち上がり、部屋から出て行った。

 

  

 

 ライさんは食卓に座り、夕刊を読んでる母に話しかける。

「すみません、コーヒーもらえマスカ?」

「ああ、わかりました」

 立ち上がろうとする母に、「私がしマス」とライさんが言った。軽く押し問答が繰り広げられた後、冷蔵庫が開く音と母の「ミルクと砂糖はどうしますか」と尋ねる声が聞こえた。結局母が立ち上がり、コーヒーを準備したようだ。僕はというと目線だけがテレビのほうに向いていて、耳はライさんたちの方から聞こえる音ばかり拾っていた。

本当はライさんとしっかり話すほうがいいはずだ。カンコウキャクとしての思い出話とかもとっても気になるのだが、気恥ずかしさから話かけることがなかなかできない。

 


昔のほうが話しかけられたのになあと思っていると、どさっと座る音がしたのでその方を向く。ライさんがコーヒーを右手に、左手にゼリーを二個持って座っていた。

「一緒に食べまショウ。……といってもお母さんがくれたものですケド」

「あ、ありがとうございます」


二人でゼリーを無言で食べ、テレビの音だけが流れる。ふと、自分のことを「私」という父の姿が頭をよぎった。




父はカンコウキャクが家にいるとき、一人称が「私」になる。父の姿を見ると父も楽しんでいるように見えるが、あくまでこれは仕事の延長線上にあると改めて思う。そして、なんとなく僕もしっかりしなきゃと感じるのだった。

 

ああそうだ、僕もしっかりしなきゃ。朝桐家の人間として。将来、カンコウキャクと話す機会も増えるだろうし。

 まっすぐテレビを見ているライさんに話しかける。

「ラ、ライさんって日本語上手ですよね。やっぱり勉強したんですか」

「そうデスネ。ニホンゴ元から好きでしたから」

「すごいですね……」

 


カンコウキャクといえど、英語は話せてもそれ以外の言語は人によって習得度が様々だ。日本語は話せる人が少なく、全く話せない人もいる。そんな中ライさんはバラエティ番組を見て少し笑っていたので、かなり日本語を聞き取れるのだろう。

僕は日本語を話せないカンコウキャクとも意思疎通するため小さいころから英語を両親から教育されていた。おかげでペラペラとまではいかないが、ある程度なら会話ができる。

僕のたどたどしい英語を全く使わず、会話がスムーズに進むのは久しぶりな気がする。



「日本語がもとから好きって、日本語のどこが好きなんですか?」

「ニホンゴが好きというよりニホンがもとから気になっていたって感じデス。技術が素晴らしいって聞いてましたカラ」

「技術……?」

「主に『タイヨウ』デス。色々な国行きましたけど、ニホンの技術はトップレベルだと思いマス」

 「あなたのお父さんはすごい人デスヨー」と言い、ライさんはゼリーを飲み干した。ゼリーは飲み物じゃないんだけどな、と思ったけどライさんのサイズとゼリーのサイズの違いを見ると、飲み物になっても仕方がないのかもしれない。

 



小さいころから父の職業を言うと大人たちは「すごい」とか「大変」と言っていた。「すごい」のも「大変」なのも父で、僕は何もしてないのに、父の職業が褒められる度、誇らしげな気持ちになっていた。タイヨウ整備士という職業自体が嫌いではなく、むしろ誇りに思っている。ただ将来が身近になってきた今、自分がそうなる姿を想像するとどこか違和感を感じていた。原因はわからない。決められた道を歩きたくない、という反抗期なのかもしれない。



僕は「すごい人」と聞き、考え込んでいたが、心配そうにこちらを見るライさんの顔を見て、我に返った。

「ヨシさん……?」

「ああ、すみません」

 ごまかすように残りのゼリーを急いで食べた。そのとき、扉が開き父に風呂に入るよう促された。僕は空になったゼリーの容器を二つ台所に運んでからお風呂場へ向かった。


 


次の日は課題も予習も少なくて、ご飯を食べる前にすべて終えることができた。なので、入浴後ライさんの旅の話を聞くことになった。


「そうデスネ……。色々なとこ行きマシタと思いマス。ニホンの前に言ったとこは食べ物がニホンとはまた違った感じでおいしかったデス。その前のとこは一日中ヒルの国でとても活気がありマシタネ」

「一日中昼……?」

「『タイヨウ』の整備がそこまで行き届いてないのかもな。それか防犯面からか」

「たぶんどっちもだと思いマスヨ。おかげでニホンに劣らず平和だったと思いマス」

 



カンコウキャクの話を聞くとき、たいてい父もいるが、父はいても会話に積極的に参加せず、僕たちの会話を聞いてたまに補足するように発言する。どうして会話に参加しないのにいるのか、理由はわからない。しかし、父の顔はいつもよりにこやかで、目がきらきらとしている気がするので父もカンコウキャクの話が好きなんだと思う。

 かくいう僕もカンコウキャクからほかのドームのことを聞くのが大好きでいつも遅い時間まで質問攻めしてしまう。ライさんは大きなカバンから立派なカメラまで取り出して僕の質問に丁寧に答え、他の街について教えてくれた。その日は遅い時間までリビングの明かりは点いていた。





 目覚まし時計が鳴り始めた瞬間、止める。起きることはできたものの、昨日遅くまで質問したせいで少し眠たい。寝ぼけながら一階に下りるとテンキ番組が流れていた。

「今日は『シンゲツ』です。夜は街灯しかないため暗くなります。遅くまで出歩くのは危険なのでやめましょう。」

 テンキは晴れで暑くなるとテンキ士の女性は続け、太陽の形をしたマークをスライドに映る地図にペタリと押す。


「シンゲツ」とは昔の言い方をマネただけで「ツキ」に新月はない。

別名「タイヨウ調節日」。月に一回あるタイヨウをいつもより時間をかけ、全体の設備をチェックする日だ。その日だけ父はお昼過ぎに家を出て、次の日の夕方に帰ってくるという変わった出勤形態になる。




「シンゲツ」で父がいないからかライさんも今日は帰ってこないと連絡が来た。今日もお話しが聞きたかったので残念だが、仕方がない。僕は夕ご飯を食べた後、ずっと自分の部屋にいた

 僕はシンゲツが結構好きだったりする。窓から外を見ると家の明かりや街灯が点々と見えるだけで「ソラ」は真っ暗だ。大きな黒い布が街を覆ったように感じる。

 ぼんやりと光るツキを見ているときもだが、真っ暗なソラを見ているときも、僕は案外物思いにふけやすくなり、いつもより考え込んでしまう。


ふと、昨日ライさんと話したことを思い出す。僕が見たこともない、このまま一生見ることもないであろう他の街の話。一生、か……。

少し考えた後、僕は決心した。

 

僕の進路希望を父に伝えよう。

 




 次の日、ライさんが入浴している間に僕は父の前に正座した。

「どうしたんだ、改まって」

 父は困惑しつつも笑顔を浮かべる。僕の心臓はどくどくと強く波打っていて、やっぱり伝えるのはよそうかと思った。けど、今伝えなければ僕はこのまま一生この街にいるだろう。僕は重たい口を開く。


「父さん、ボクは……。僕は工業高校じゃなくて普通の高校に行きたいんだ」

「は? 何言って――」

「普通の高校っていうのは普通科に行きたいって意味なんだ。具体的な高校は――」

 家から少し遠いが、十分通える距離にある高校名を挙げる。その高校は家から通える距離では――いや、たぶんドーム内で五本の指、もしかしたら三本に入るほど頭のいい高校だ。

「そこに行ってどうするんだ。そりゃそこも工業高校と同じ、いやそれ以上の偏差値だがタイヨウ整備士になる人は圧倒的に少ないぞ。それにタイヨウ整備士になるならそこよりも工業高校に行くほうが専門的な知識も早くから学べるし、絶対にいいはずだ。なのに、どうして……?」

 

 母は夕刊を読んでいたが、きっと僕たちの会話が聞こえていた。しかし、何も言わなかった。これはあなたたちだけで話し合いなさいと言っているような気がした。

 一方父はとても混乱していた。それもそのはずだ。僕がずっとタイヨウ整備士になると思っていたのだから。理科も数学も好きで得意だし、タイヨウの仕組みを知るのも楽しい。ただ、残念なことにそれ以上にしたいことが僕にあった。タイヨウ整備士になることへの違和感はきっとただの反抗期じゃない。


「僕は『カンコウキャク』になりたいんだ。世界を見たい」

 

父の目をまっすぐ見てそう言った。自分の意見を伝えるときにこんなにまっすぐ父を見たのはいつぶりだろうか。思い返せば進路について話すとき、僕はいつも相手を見ているようで見ておらず、視線がやや下を向いていた。

 

父は僕をじっと見た後、口を開いた。

「……明日、土曜だから学校休みだろ。午後一時頃、父さんの職場まで来い」

 父はそう言って立ち上がった。ちょうどそのときライさんがリビングにやってきて父は入れ替わるようにリビングを出た。僕はライさんの話を聞く気分になれずリビングを出て、自分の部屋に行った。


 



 

 午後一時前。僕は父の職場の前で十分くらい前から棒立ちしていた。何があるのだろうという緊張とむしむしとした暑さから汗をかき、背中にシャツがペタペタとくっつく。


 時間ピッタリに父は扉から出てきて、短く「行くぞ」といってから僕の目を無言で歩いた。


 

 昔はたまに父の職場に来ていた。僕自身純粋な興味もあったが、刷り込みに似たことも同時にされていたかもしれない。仕事をする父の姿はキラキラと輝いていて自分もああなれるのかと思った記憶がある。父の仕事仲間からも朝桐家の息子としてかわいがってもらったものだ。

しかしそれも幼稚園に通っていた間だけで、小学校高学年になったときには滅多に行かなくなっていた。



「お、ヨシじゃねえか。大きくなったな、久しぶり」

「お久しぶりです」

 昔、仲良くしていたおじさんに声をかけられる。

「いくつになったんだ」

「中学三年生です」

「田内さん久しぶりなのもわかりますけど急いでいるので……。デー三の扉開けてもらえますか」

「え、デー三? ……ああ、なるほど。了解」

「ありがとうございます」

「気をつけろよ」

 

 父はまた歩きだした。僕はその後ろを歩く。

 すれ違う職員が必ずと言っていいほど父に挨拶する様子を見ていると、タイヨウ整備士、そして父のすごさを改めて実感した。





 エレベーターに乗り、しばらくまた歩く。

父がドアの前に立ち止まった。

「ここだ」

 「D―3」と書かれた札が掛けられている、重そうな扉だ。

 父がゆっくり扉を開け、僕も後に続く。


 

 中に入ると前がガラス張りで「外」が見えた。

 




 カンコウキャクの人にどれだけ聞いても教えてくれなかったことが一つある。「外」についてだ。仕事の内容はあまり話してくれないが、いままで行った場所はよく話してくれる人がほとんどだった。けど「外」のことはどれだけ聞いても、誰に聞いても、ちっとも教えてくれなかった。中には悲しそうな顔をする人もいて、小さいころにこれは聞いてはいけないことなんだと察したことを覚えている。





 そして今、僕は「外」を見ている。いままで見たことがなかったのに、なぜか外だとわかった。

 



 景色を見ることが困難なほど激しい雨が窓を叩き、窓越しでも風の音がごうごうと聞こえる。下を見ると水が流れており、地面が見えない。歩くことすらもきっと困難だろう。


「今は雨か……」

 父はそう呟いて僕のほうを見た。

「これが『外』だ。天候の変化が激しく、大雨の数時間後に太陽が地面を照らし、気温が高くなることなんてざらにある。移動することも困難だろう。実際、カンコウキャクの中には旅の途中に命を落としてしまう人もいる。お前はそれでも『カンコウキャク』になりたいか?」

 僕は何も言えなかった。だまったままの僕を見て父は続けて言った。

「今日とは言わない。明日の夜、答えを聞かせてくれ」

 そのまま父と一緒に部屋を出た。お互い何も言わず、別れるときに挨拶をした程度だった。


   

 

 その日の夜、父から急に飲み会が入ったと連絡が来た。

 僕はライさんと話をしていた。ライさんが家を出る日が近づいていたし、現に「カンコウキャク」であるライさんから話を聞きたいと思ったからだ。ライさんも父から僕が「カンコウキャク」になりたいと思っていることを聞いたらしく、いつもと話す雰囲気が違っていた。


 

 話している途中、僕は長い間一番気になっていたことを尋ねた。

「ライさん、『カンコウキャク』してて楽しいですか?」

「そうデスネ……」

 ライさんは下を向き、しばらくするとまた話し始めた。

「苦しくない……と言えばウソになりマス。まず、目指しているときが最初に苦しかったデス。本当に手紙がくるかも怪しいのに、ただ闇雲に頑張らなければならないのはとてもつらかったデス。手紙が来た後は、養成所でいっぱい頑張らなければダメだったシ……。

次に苦しかったのは最初の旅デスネ。外はつらくて苦しくて、話に聞いていたのに他の街が本当に存在するのかと疑ってしまいマシタ」

 そう言った後、ライさんはニコッと笑った。

「ケド、初めて他の街に入ったときに全部忘れてしまいマシタ。そのことを考えると『カンコウキャク』は私にとって『テンショク』というやつかもしれませんね」


 

 

 今まで同じ質問をしたことが何回もあるが、ここまで詳しく話してもらったことは一度もなかった。みんな「楽しい」と一言言った後、話題を逸らすのだ。守秘義務もあるのだろうし、悪いイメージもつけられないからだろう。けれど、そう発言する人に限って、表情がくもっている。



 一方、ライさんは丁寧に答えてくれた。「カンコウキャク」を目指すか迷っている僕へのエールなのかもしれない。


 僕が礼を言うと、ライさんは話題を変え、他の街での思い出話や日本での出来事について話し始めた。


 父は飲み会が遅くまで続いたようで、その日は結局父に会うことはなかった。





「どうだ。決まったか」

 次の日、僕はまた父の前に正座していた。目を合わせられなかった。

「はい。……僕はやっぱり『カンコウキャク』を目指します」

「そうか」

 現実を見ても諦めないのはもしかしたら親不孝なのかもしれない。僕はうつむいたまま、言葉を続けた。

「学校から一人、推薦をもらえるんです。それで普通科を受験します。もし、それで受からなければ、工業高校を受験します」

「そんな中途半端でいいのか」

 父の静かな声が響く。

「普通科を落ちても悔いはありません。そのときはタイヨウ整備士を目指します」

 父はうつむいた後、また僕を見た。




「ヨシ――いや、好宏。家のことを気にしてるんだろ。やるなら最後までやりきってしまえ。自分がタイヨウ整備士を目指してないことでとやかく言うやつもいるかもしれない。けどそれを引け目に思うな。自分で決めた道だろ、自信をもって突き進め」

 僕は父の顔を見た。口をぎゅっと閉じていた。まっすぐ目は僕を見ていた。。

「……ありがとう、父さん!」



 

その後ファイルからプリントを取り出し、高校名を記入した後に印鑑をもらった。

 

その日はライさんが帰る前日だったので、ライさんは早めに寝ると伝えてきた。僕は「カンコウキャク」を目指すと伝えるとライさんは応援してくれた。



 次の日、白い光が今日も街を照らしていた。

「今までありがとうございマシタ」

「また会いましょうね」

 父とライさんは職場へ向かい、僕は学校へ行った。カバンの中には僕の進路希望の紙が入っていた。今日提出のはずだ。白いタイヨウの光は僕の進路が書いてある紙を一層白く輝かせた。タイヨウの下を歩いて、僕は学校へ向かった。


この作品は今までで一番長い作品になりました。

また、私にとって大きな区切りとなる作品でもあります。

これからも自分のペースでのんびりと創作活動を続けていこうと思います。

ここまで読んでいただきありがとうございました。また、次回作でお会いしましょう。

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