第四話 『どうしようもない水曜日。加速する憂鬱』
- Rai Septer -
昨日の話だ。
ホームルームが終わるチャイムがからころと鳴り響いてから、時間にしておよそ二秒。
彼女が来る前にさっさと荷物をまとめて帰ろうと鞄に教科書を突っ込み――いや、そうしようと動き出したその瞬間に、彼女はもう僕の教室に到着していた。
「――で、そのあとは?」
「健全な学生デートコース。映画見てお茶してまた明日」
いつも通り、ケンジとダベりながら学校に向かう。今日の空は腹が立つくらいの快晴だった。
「だけどさあ」
途中のコンビニで買った野菜ジュースを飲みながら僕はぼんやりと呟く。
「なんか、様子がおかしい気がする。
あの子っていつもああだっけ?」
「?」
ふとした疑問を口にすると、ケンジが訝しむように首を傾げる。
一呼吸置いてから、僕は言葉を続けた。
「たしかにあの子、かなり活発っていうか勢いはいいけどさ。
いくらなんでも急過ぎるよ」
なんとなくだけど、様子がおかしいような気がして。
付け加えるように呟くと、ケンジが考え込むような仕草をして唸った。
「……恋は一種の熱病ってやつだから多少は大目に見るもんだが、まあ、言われてみりゃたしかに最近の築嶋はおかしいな。
俺に相談持ちかけてきたのも日曜の夜にいきなりだったし」
「日曜の、夜?」 日曜日。僕にとっては特別な日だ。何故か知らないけど、必ず厄介なことが起こる日。
そうだ。
あのあとで、また新たな仮面獣が生み出されたのかもしれない。
たしかに前回の仮面獣は完全破壊した。とすると、やはり考えられるのは新型だ。
――他人に成りすまして、工作活動を行う。
――なにかしらの手段を用いて他人を操作する。
――人間の精神に干渉して、異常な行動を取らせる。
彼女のことを相手の作戦だと仮定して、頭の中で敵の行動パターンと目的にいくつかの仮説を組み立てていく。
いや、だけど早計すぎるかもしれない。彼女がちょっと暴走し過ぎているだけだとも否定しきれないのだ。
「……おい。見てみろよ」
ケンジの声に思考が打ち切られる。視線を向けてやると、いつもの通学路が見える。
「……どうしたのさ?」
僕が首を傾げると、ケンジが
「ちちち」と指を振った。
そして、視界いっぱいを見渡しながら。
「よく見てみろ。カップルの数が尋常じゃねえ。
たしかにうちの学校にもバカみてえにベタベタして学校まで行く連中なんかごまんといるが――
100人中100人がそうだったわけでもねえだろ」
そう言われて視線を前に戻してよく見てみる。
目の前の光景は一見すれば普通に見えたが、よく観察すればすぐに何かがおかしいことがわかった。
まず、一人で歩いている生徒が誰もいない。 始業時間にはそろそろ余裕がなくなってくる頃だ。この時間はかなりの人数が登校しはじめる頃で、ざっと見ただけで100人近くの生徒達が歩いている姿が見える。
その内、九割は男女二人組みだった。
残りの一割は同性同士だったが、これに関しての邪推はあんまりしたくない。
「……で、生活指導」
校門の前にはいつも険しい顔をした生活指導が立っているのだけど、その生活指導は脇にはべらせた女生徒とべったりで――生徒の不純異性交遊を指導する前にむしろあんたが捕まるんじゃないか、と心配になった。
「たしかに、これはおかしい」
よくよく見れば、学校の関係者だけではない。
ふと横に視線を向けると、コンビニの中では店員同士がいちゃいちゃしてるし、道行くスーツ姿の企業戦士達もほぼ変わらない状況だった。
「へっへっへっ……もしかしたら、なーんか“出た”ンじゃねえかな」
――やっぱり、行き着く先はそこらしい。丁度僕が考えていたことを先に言われたものなので、小さくため息をつく。
僕はそこで一旦足を止めて、ケンジに背を向けた。
「悪いけど今日サボるよ。多分、今日は授業にならないと思う」
「おいおい、出席はいいのか?」
「こんな様子なら適当にごまかせるだろ。それじゃ、僕は帰って自習でも――」
「センパーイッ!!」
ばたばたと威勢のいい足音。
振り向けば、ややつり上がり気味の目。どことなく猫を思わせる瞳。
「ジャーンジャーン!げぇっ関羽!」
「待て落ち着け。これは孔明の罠だ。
……って、笑ってないでなんとかしてよ!?」
「だって面白いし」
「覚えてろ!」
「あー、センパイ待って!」
「えーいこらまて築嶋お前はサボるな!」
後ろからもみ合う音が聞こえてきたが、僕は全部無視して一目散に走り出した。
少しだけ振り返ってみるとケンジが築嶋の首根っこを掴み、駆け出そうとしているのを阻止しているのが見えた。
なんだかんだ言って、いい奴だ。その内ご飯でもおごってやらなくちゃな、と思いつつも僕は走り続けた。
- Rai Septer -
人の心を操る仮面獣。
もしくは、人の心に影響を及ぼす仮面獣。軽度の精神操作能力。
今回の相手の能力に見当をつけて、僕は動き出す。
国道沿いを駆け抜けて、駅前の大通りへ。捜査の基本はまず足だ。僕はとにかく走り回った。
一つわかったのは、僕が思っていたより現状はヤバいということだ。 駅前通の繁華街は平日の昼間でも賑わっている。 だけど、やっぱり様子が尋常じゃない。
……一人残らず腕を組み抱き合い口づけを交わしている。
町を歩く人々だけではない。少し入ってみた駅ビルの中のどのテナントも似たようなものだ。もはや店として機能しているのかどうか疑問に思える程だった。
どうやら訂正が必要らしい。軽度ではなく、かなり重度の精神干渉/操作能力だ。これだけの数の人々が影響を受けているということは、手当たり次第に原因となる物質、ないしは術をばら撒いているということだろう。
「……なら、どこにいるか、かな」
恐らく、この街のどこかに潜んでいることは間違いないだろう。
しかし、しらみつぶしに探し回っていてはいつまでかかるかわからない。
それなら、すべき事は一つしかないだろう。さっさと思考をまとめると、僕は人気の少ない裏通りへと滑り込み、鞄の中から一つの術具を引っ張り出した。
「――ライズアップ!」
僕はこれをセプターと呼んでいる。
僕自身詳しいことはよく知らない、よくわからないものだ。だけど、これがあれば。
――木を、火を、土を、金を、水を。陽たる日を、陰たる月を。
――七曜を、統べる者。
「ライセプター!」
僕は、飛べる。
- Rai Septer -
「フフフ……計画は順調なようね」
死神大公デスフェレスが艶やかな唇を邪悪な愉悦に歪める。
「フハハハハ!もう頃合であろうアビシュタイン!早速出撃の準備をする!」
殺戮将軍ジェノサイラスが愛用の大剣を手に、凄まじい笑い声を響かせた。
「クヒヒヒヒ……そうじゃのゥ。そろそろ始めるとするか」
地底邪悪帝国地下秘密基地指令室の中央に鎮座した奈落博士アビシュタインが、地上の様子を映し出すモニターを見上げた。
「この混乱ではライセプターも迂闊に動けまい。ラヴァシストを目立つところに配置すれば必ず現るに違いないわ」
「フフフ……精々楽しませてくれるでしょうね。ライセプター……」
「では、明日より今週の地上大破壊作戦を開始するとしよう!!」
「フハハハハ!首を洗って待っているがいいわ、ライセプター!」
「フフフ……」
「クヒヒヒヒ!ヒーッヒッヒッヒ!!」
――今宵もまた、響きわたるのは邪悪の笑い声であった。




