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第二話 『残酷な憂鬱の始まり。地獄の火曜日・前編』

※ 注 意 ※

あいかわらず勢いだけです。

- Rai Septer -



「よかったな」

「よくない」


 火曜日の朝。

 僕の気分をそのまま全部丸ごとうつしだしたように、空はひどく曇っている。天気予報では降らないと言っていたけど、念の為傘は持ってきた。

 いつも通り、学校へ向かう道の途中。昨日の顛末をケンジに話すと、実に盛大に爆笑された。


「……っていうか、本当にワケがわからないんだけど。むしろこれなんてエロゲ?」

「まァ、若気の至りってヤツだろ。しばらくほっといたら飽きるさ」

「嬉々として罠にはめておいてその言い草はなんだよ。……うわ、すごいニヤニヤしてやがる」


 昨日の夕方から憂鬱だ。

 あの後駅前のファーストフード店に拉致されたかと思いきや、僕は後輩に僕がどれほど魅力的なのかを小一時間に渡り聞かされ続けたのだった。

 やれ、ミステリアスな雰囲気が、とか。

 やれ、頭がよさそうだ、とか。

 やれ、さりげない優しさが素敵だ、とか。


 一つ一つ丁寧に――(ミステリアスなんじゃなくて暗いだけだ、とか。頭がいいんじゃなくてただの本の虫だ、とか。優しいだけなら誰だってそうだ、とか。自分の褒められているはずのところを自分自身で一つ一つ否定していくのはたいへんな苦行だった)論破すべく粘ったが、結局最後はよくわからない理由で以下のようになった。


『ふーん……まぁ、でも、それはさておくとして』

『さておかないで欲しいんだけど』

『センパイって今彼女いるんですか?』

『いるように見える?』

『見えません』

『さりげなく酷い事言いやがった』

『じゃあ、今からあたしがセンパイの彼女ですね!』

『話の前後が繋がってない!?』


「しかし、本当に笑い話にしかならねえなげらげらげらげら!」

 ああ、神様。

 僕にほんの少し力があれば、今この気に食わないこのヤロウに一発カマしてやれるのに。



- Rai Septer -



「クックックッ……」


 薄暗い地底邪悪帝国の秘密基地で、アビシュタインが不気味に笑う。


「おい、アビシュタイン。大事な仮面獣をこんなくだらないものに仕立ておって……!

 俺様の部下が命をかけて志願したというのに、なんだこの有様は!」


 アビシュタインとは対照的に、ひどく激昂した様子でジェノサイラスが吼えた。


「何を言う、ワシの傑作仮面獣、その名もラヴァシストにケチをつけるつもりか!」

「待ちなさい、二人とも。我々がここでいさかいを起こしても何の価値もないでしょう」


 両手を広げて、デスフェレスが二人を制す。

 仮面の奥の瞳か、司令室の中央で蠢動する奇怪な仮面獣を捉えた。


『びゅうう!らびゅう!らびゅうう!!』


 身の丈はおおよそ二メートルと少々。

 デフォルメされた心臓――すなわち、ハートマークによく似た、というか。脈動するハートにそのまま申し訳程度の手足と眼球をちりばめたような醜悪な生命体がそこに存在していた。

 身体の中央に据えられた異形の仮面には、禍々しく輝く赤い石が埋め込まれている。


「それで、アビシュタイン。この私が手を貸して命を吹き込んだこの仮面獣……一体どのような力を持っているのか、教えてくれる?」


 仮面獣から視線を外したデスフェレスが問う。

 こころなしか胸を張るような仕草をして、アビシュタインは説明を開始した。


「クックックッ……よくきくがいい。

 この仮面獣ラヴァシストは人心を惑わす能力があるのだ」

「人心を……」

「惑わす?」


 よくわからない、とばかりに二人が首を傾げたところで、アビシュタインは得意げに続きを語った。


「そう。このラヴァシストは人の心を不安定にさせることができるのじゃ。

 そして――ラヴァシストの発するアビスパワーを受け取ったものは、すぐに恋に落ちる」


 空気が、凍りついた。


「……な、何を考えておるのだ!馬鹿馬鹿しい!!ニンゲンどもが恋をしたところで何になるというのだ!!」

「そうね。あまり有効な戦略とは決して思えないわ」


 二人の反応を見やり、アビシュタインの生命維持ポッドから伸びたアームがちちち、と指を振ってみせる。


「否。これこそニンゲンどもを混乱に陥れる最強の策よ……。

 よいか。ワシはニンゲンどもを観察し続けることで、『恋』とは一種の病であり、実に迷惑を撒き散らすものであると気付いたのじゃ」

「なんだと……?」

「よいか、考えても見るがよい。地上のありとあらゆる人間が一人残らずキャッキャウフフなどと四六時中騒ぎ始めてしまったら……」

「そう、わかったわ」


 アビシュタインの恐るべき計画の全容を理解したデスフェレスがぽん、と手を叩く。


「い、一体どういうことなのだ。俺にもわかるように言え!」


 ジェノサイラスが痺れを切らして怒鳴り散らす。

 ちち、とデスフェレスが指先を振ってみせ、アビシュタインの解説を引き継いだ。


「たとえば、想像するのもおぞましいけれどもしも私とアビシュタインが恋人同士で、今この場で『いやーん☆アビちゃんったらぁ』『クックックッ』なんて、地上大破壊計画を無視して遊び始めたらどうなると思う?」

「……むう、それは由々しき事態だな。そんな恐ろしいことになってしまえば俺は貴様らを殺さねばなるまい」

「そう。……そんなことを、地上世界のあらゆるニンゲン達が始めたとしたら……」

「なるほど、そういうことか!!」


 ようやく合点がいったようすで、ジェノサイラスが喜色満面で手を叩いた。


「そういうことじゃ。……ククク、今に見ておれライセプター。混乱に陥った地上を我ら地底暗黒帝国が蹂躙しつくし、貴様の屍を邪悪帝王に献上してくれるわ……!!」


「クカカカカカカカカ!!」

「フハハハハハハハハァ!」

「おーっほっほっほっほっほッ!!」

「びゅう!らびゅびゅう!!」


 そして、地底には三人の大幹部の一体と仮面獣の笑い声が響き続けた――

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