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第一話 『最初から急転直下。最悪の月曜日』

※ 注 意 ※


今回は特撮分はありませんがそのかわりにノリと勢いだけで突っ走っています。


文句があればいくらでも。

- Rai Septer -




「また出たんだってさ」

「何が?」


 月曜の朝。

 一学期も終わりに近づいて、そろそろ初夏と言っていい頃合。

 暖かな、を通り過ぎて、もう暑いとしかいえない日が差すいつもの通学路を、僕とケンジ――秋津健次郎(アキツ ケンジロウ)は学校に向けて歩いていた。


「バケモノとヒーロー」


 どくん。

 言われて僕の鼓動が早まる。正体がまだ誰にも知られていないとはいえ、自分のことを話されるのは心臓に悪い。

 せいいっぱい、興味ない風を装って僕は首を傾げる。


「へ、へぇ……。今度はどこに出たんだって?」

「新宿だってさ。アルタ前であのヘンな仮面つけたバケモノを豪快にブン投げて殴り倒したってハナシだ。怪我人はまぁ、逃げるときに転んだのが何人かくらい、らしいぜ」


 妙に詳しく、しかもそれでいてやけに嬉しそうに語るケンジを、僕はぼんやりと見つめていた。


「いやーッ、しかしカッコイイよな。正義の味方。あんなのってさ、テレビの中にしかいねーとばっかり思ってたけどホントにスゲー」

「番組だけならよかったんだけどね」


 小さくため息混じりに僕が呟くと、ケンジはまるで宇宙人にでも遭遇したような顔をして僕を眺めていた。


「……お前、わかってねーな!ヒーローっていったら、ロマンだろ。ロマン!俺もガキの頃は仮面ライダーとかヒミツ戦隊とかにあこがれてたんだぜ!」

「へぇ……」


 ケンジは僕と違って背も高く、目鼻立ちがはっきりとした男らしい顔をしたいわゆる「男前」だとか「イケメン」っていうのに分類される。

 ご多分に漏れず成績は中の下。言うまでもなく部活は野球部。健康的に日焼けした肌が僕にはまぶしく見える。

 こういう人間の周りには例外なく人が集まってくるものだ。そこまでくると、趣味はえてしてスポーツだとか女の子だとかファッションだとか、そういうところに向くのがセオリーなんだろうけど、彼はどうしてだかこういうところの好みだけはやけに子供っぽい。

 毎週月曜はいつもこんな感じだ。教室に入るまでこれが続くと思うと、ちょっと憂鬱になってしまう。


 タバコ屋の角を曲がって、校門まであと少し――僕が何度目か数えるのももう億劫になったくらいにケンジの話に際限なく相槌を打ったところで、突然小柄な影が飛び出してきた。


「おはよーございます、センパイ!」

「のぅわっ!?」

「わ、っ!?」


 慌てた僕はその場で尻餅をつく。……ひどく格好悪い。

 ケンジに助け起こしてもらうが、それを見ながら彼女――築嶋亜子(ツキシマ アコ)はやたらと愉快そうにけらけらと笑っていた。


「いつものことだが、上級生を驚かすのはよくねェな。築嶋」

「あはは、ごめんなさい。いやー、毎度毎度センパイがすっころんでくれるのが面白くって面白くって!」

「……悪かったね、面白くて」


 悪びれた様子もなく笑い続ける彼女とは視線を合わせないようにして、僕はちょっと憮然とした態度をとってみせる。

 毎朝これだから、僕も少しくらい怒ったってばちは当たらないだろう。いや、いい加減に僕も慣れるべきなのかもしれないが。


「あ、そーだ。秋津センパイ。ちょっと今から時間あります? 例の件でお話あるんですけど……」


 僕が制服についた埃を払っていると、ちょっと緊張した面持ちで彼女が切り出した。

 少し逡巡した様子で、ケンジが僕をちら、と見る。


「いいよ、行ってくれば。僕は先に教室行ってるからさ。代返くらいはしとくよ」

「悪いな。なに、すぐ終わるから走って追いつく」

「気にしなくっていいから」


 小さく手を振って、僕はさっさと歩き出すことにした。

 ほんの一瞬だけ、ちょっと気まずい空気が流れた気がしたが――まぁ、無視しよう。この場はさておいて、僕は校門をくぐった。



 - Rai Septer -



「いやァ、朝は悪かったな」

「別に気にしてないよ。……まー、でも。話の内容は気になるっていえば気になるかな。

 『例の件』って、何さ」


 購買で買ってきたやきそばパンにかじりつきながら、僕は胡乱げな視線をケンジに向ける。

「なんだなんだ?ケンジがまたやらかしたか?」

「そういや今朝一年の女の子と歩いてるの見たぜ!」

「おーおーおーおー、高二でもうジゴロかよ? けーっ!モテる男は違うねぇ」


 周りが少しやかましい。ケンジの周りにはいつも人が集まってくるものだから――何故だかわからないけど、ケンジに気に入られているらしい僕はいつもこうやって話をさえぎられたりする。

 ちょっと居心地が悪いが、文句を言えばもっと悪くなるのはわかりきっていることなのであえて黙っておくことにした。


「待ァて、待て待て待て待て!ちょっとお前ら、まず落ち着こう。な?

 いいか、それに俺はリョーコ一筋だ。いかにして言い寄られてきたとしたって……」

「でも楽しそうだったよね」


 今朝の件で憂鬱に少しばかり憂鬱になっていたので、ちょっとした仕返しと茶々を入れてやる。


「なんだやっぱりかよー!」

「言ってやろ!おーいリョーコ!!ケンジが浮気してるぜー!」

「ちょ、馬鹿お前やめろ!?マジでやめろ!?怪我でもさせられて部活出れなくされたらどうするつもりだよ!?」

「そしたら保険医のセンセとニャンニャンするんだろ?」

「ヒューッ!色男ゥ!」


 ……ちょっとやりすぎたかもしれない。

 揉みくちゃにされて割とカオスな状況に晒されているケンジを遠巻きに眺めながら、僕はやきそばパンの最後の一かけらを飲み下した。

 ついでにちょっと溜飲が下がった気もする。……僕は少しばかり、性格が悪いのかもしれない。


 けふ、と小さく咳払いをして、手でも洗おうかと廊下に出て行く。


「あ、おいお前待て!あーそうだ、ちょっと用事があるんだ!放課後帰る前にすこーしだけでいいからちょっと教室で待ってろ!いいな!」


 僕の背中にケンジが声をかける。

 了解、の意を伝えるべく僕はかるく手を振ってから、相変わらずの馬鹿話を続ける彼らを尻目に歩き出した。



- Rai Septer -



 からころと、ホームルームの終わりを告げるチャイムが鳴り響く。

 起立礼着席。適当にこなして、皆散り始める。

 とっとと帰る帰宅部の連中や、大声で笑いながら部活へ向かう連中。あとは、教室でダベる女の子達が数人。


「……っていうか、呼び止めた本人がさっさと部活行くってどうだかと思うんだけどな」


 昼休みに僕にここで待てと言っていたはずのケンジは「もうちょっとここで待ってろ!」と僕に言い残して走り去ってしまった。


 さすがにケンジの部活が終わるまで待っている気はないけど、むげにする訳にもいかないだろう。

 先週図書室で借りてきた文庫本を広げて、30分くらいは教室に残ってやることにした。



 - Rai Septer -



――話の半分くらいまで読み進めたところだ。


 予定していた30分はもう過ぎていた。

 これくらい待ってやれば、義理は果したと思ってもいいにちがいない。というか、肝心の用件を告げないで置いていかれたにもかかわらず、それに付き合っただけでも十分じゃないだろうか。


 少しばかり迷いはあるけれど、自分自身を納得させて本を閉じる。続きは帰り道で読むことにしよう、ときめながら僕は鞄を持って廊下に出た。


 戸を開けて一歩踏み出したところで軽い衝撃。

 丁度出てくるところの僕にぶつかったらしい。僕の前にいた誰かが転びそうになっている。

 咄嗟に手を掴んで引っ張り、立ち直らせる。僕にこんな反射神経があったとは自分でも驚きだが、うまくいった。


「あ……」


 立ち直った相手の顔をよく見てみる。

 今朝も会った一年生の築嶋だ。


「……誰かに用?」


 ケンジにでも会いに来たのだろうか。けど彼は部活だ。彼女がそれを知らないわけでもないだろうに。

 僕が不思議そうに首を傾げていると、突然強い力でぐい、と引っ張られた。


「……エーっとあのですねなんていうかそのそう、ちょっとだけでいいんですほんのすこしでいいんです10分いえ5分、ああでもお忙しいなら1分ですませますからいまからちょっとつきあってください!いいですよね!いいっていってくださいおねがいします!こたえはきいてません!」

「ちょ、待っ……!?」


 反論を許さないマシンガントークだ。実に僕が喋る暇もない。

 更に、僕よりも背丈の小さい彼女は明らかに僕より力が強かった。半ば引きずられるようにして僕は引っ張られ、気がつくと――


「……ええっと、なんでこんなところに連れて来られてるのかさっぱり話が見えないんだけど」


 体育館裏だった。


 困惑する僕などお構いなしに、彼女はだいぶ緊張した面持ちで何度も深呼吸をしている。

 よくよく見ると、頬が真赤だ。たしかにここまで走ってきたから息切れもするだろうけど、なんだかそれとは少しばかり違うような――


 ちょっと待って欲しい。このシチュエイションはなんだろう。

 人気のない体育館裏というのは、主に二つの使われ方をされるのが王道だという。


 一つは、男同士の決着をつける果し合い。


 もう一つの可能性は――いや、待て。これは考えたくない。


 ――おかしい。これはなにかおかしい、と、僕の第六感がようやく異変に気付いて危険をしきりに訴え始めた頃。


「センパーイッ!!」


 押し倒された。


 盛大に。


 どしゃあ、と砂の上を数センチ滑って、止まる。


 実にマウントポジションだ。顔が近い。



「……好きです」


 唐突過ぎるだろう、とか。


 強引過ぎるだろう、とか。


 ちょっと待ってくれ、お互いのこともまだよく知らないのに、とか。


 抗議の声を一切許されることなく、僕は唇を塞がれた。




 体育館裏の砂埃の味がした。


 ……ファーストキスだったのに。

ここまで読んでくださってありがとうございました。


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