第6話
お待たせしました
中々更新できずにすみません。
洞窟内を進む一行。
内部は薄く光を放つ苔に覆われてほんのりと明るく、少しひんやりしていて肌寒い。
「ただの洞窟に見えるんだけど……」
『遺跡……ではなさそうですね』
何か潜んでいる気配もなく、時折冷気で岩肌に溜まった水滴が滴る音が響く。
『うわぁ……』
「こりゃすごい……」
洞窟内は曲道もなく一直線に下っていた。
たどり着いた場所にあったのは巨大な地底湖だった。
先ほどまで進んできたうす暗い道とは違い、所々から穴が開いているのか光が差し込み、幻想的な光景を映し出している
「砂の海の下にこんなものがあったなんて……」
『なんか……言葉が出ませんね……』
アリスが現役稼働していた世界は文明に溢れて、こういった自然のものが失われつつあったという。
『(でもここ……記憶にある……ような?)』
「あっちの方に道が続いてるよ」
『え? ああ、行ってみますか?』
「うん? なにかあった?」
『いいえ、気のせいです』
「そう?」
一行は道なりに奥へと進んでいく。
地底湖は川のようにつながっている、水源はどこからきているのだろうか。
磯の香りはしないので水源が海水でないことは間違いない。
暫くすすむと完全に行き止まりになっていた。
水の道は続いているようだが、歩いていくところは見当たらない。
「うーん、行き止まりかぁ」
『どこかに隠し通路でもあるんでしょうか?』
「遺跡って言ってたもんね……どう見てもただの洞窟にしか見えないけど……ハッターは何か気づい……どうしたの?」
『グルルルル……』
見ればハッターは唸りながらしきりに正面の行き止まりの壁を嗅いでいる。
ニオイセンサーに反応があったようだ。
『ユテリ。ここの石壁、何か粘液のようなものが付着しています』
「粘液? ……水……地下……ちょっとマズイかもしれない」
『どうしたのですか?』
「アリス、ハッター。すぐにここから出るよ!」
ユテリがそう叫んだ瞬間、水がバシャリと音を立ててはじけ、何者かが飛び出して来た。
「遅かったか……」
『このモノたちは?』
「サハギンって呼ばれてる魚の変異体だ、肉食で性質は極めて獰猛! 来る!!」
サハギンは一番近くに居たアリスを捕まえるべくてを突き出して来た。
ユテリの脱出宣言で既に戦闘態勢に入っていた彼女はするりと横に躱すと、突き出した手首を抑えて肘に向けて掌打を放つ。
ミシリと鈍い音が響き、サハギンの腕があらぬ方向を向いている。
あっさりと肘を破壊されたサハギンは目の前の獲物がただの獲物ではないと悟り、鳴き声を上げる。
すると鳴き声に反応して再びバシャリと水がはね、挟撃の形でさらに二匹のサハギンが現れた。
「厄介この上ない!!」
ユテリは先に手負いの方を片付けようとウィンチェスターを放つが、肘を折られたサハギンは水の中へ逃げ込んでしまった。
ハッターはその隙に背後から迫るサハギンに向け、足止めを兼ねてタックルを仕掛ける。
しかし、体表を覆う粘液に阻まれて有効打にはなっていない。
大した脅威にならないと判断したサハギンは食料にすらならないハッターを無視することに決め、背中を向けているユテリに噛みつこうと突進する。
『ユテリ!!』
大きく開けた顎の下からアリスの蹴りがさく裂し、何本かの牙をへし折りながら天井まで吹き飛び、頭を強打して絶命した。
「さんきゅ! しっかしこりゃ本格的にヤバイね……」
地上に出ているサハギンはあと一体。しかし、チラリと水を見れば顔を出して隙を伺っているモノや複数の影が見える。
一体二体程度なら押し通ることも出来たがそれ以上は難しい。
だが退路をふさがれ、袋小路に追い詰められた状況では戦う以外に選択肢はない。
いよいよ進退窮まったかとユテリが最後まで抗う覚悟を決めた時、横の岩壁が音をたててスライドした。
「な、こんどは何!?」
開いた壁面より、ローブのようなものを着た人物が手招きして叫ぶ。
「ああうおいいお!」
如何にもアヤシイがそんなことを言っている状況ではない。
「アリス、ハッター!」
『今行きます! はぁあ!!』
まずユテリが飛込み、ハッターが後に続く。
追いすがるサハギンを蹴散らし、アリスが飛び込むと同時にローブの人物は何かを操作する。
すると岩壁がもとのように塞がっていく。
諦められずに腕を伸ばしたサハギンは岩壁に挟まれて腕を一本失うことになった。
「はぁ~……助かった……」
『危ないところをありがとうございます』
「……ういえおああ」
声帯がやられているのだろうか? 声で男性だという事は分かったが言ってることは分からない。
様子から察するに心配してくれているらしい。
「? ええ、大丈夫……です……」
「おああ」
よかったと言わんばかりに頷き、奥へと歩き出す。
悪い人物ではなさそうだ。
『一体何者なのでしょう』
「……とりあえず付いて行くしかないね」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
奥へと案内された一行は驚きを隠せなかった。
洞窟だった場所がいつの間にか鉄の壁に変わっていたからだ。
「……ういあ、ういいやうえ」
その辺で休めと言っているのだろう。
自分がまともに喋れないのを理解してか、声は出すが基本は身振りで意思を伝えようとしてくる。
男に促されて中に入ると、様々なモニターが立ち並ぶ部屋に着いた。
モニターには洞窟内の各所が映し出され、ユテリ達が襲われた場所も映っていた。
「ここ……監視施設?」
『(グランドマスターの施設の一つ……?)』
「アリス?」
『ここは監視施設ではありません……開発施設です……』
「!? なんだって?」
『記憶の中に残っています』
「……おお、いっえうおあ?」
『……なにをしていたかというのまでは破損が激しくてわからないのですが』
「……アリスの生みの親がここで何かしていたという事か……」
「ういおおあ? あおん?」
フードの男が首を傾げて質問してくる。
「あ……」
『あ……』
二人していつものように会話していたが、アリスが自動人形というのは隠したい事柄なのをすっかり失念していた。
あわてて取り繕うにももう遅いと思われる。
「いや、あの……その……」
『ユテリ、多分この方は話しても大丈夫ではないでしょうか?』
実際意思疎通するのに言葉がつかえないのでは言いふらすことも出来ない。
それに、この人物からはそういった野心や何かは感じられない。
とりあえず、現在疑問になっているだろう部分のみをかいつまんで説明する。
話を聞いた男は「うう~ん」と言って何やら考え込んでしまった。
とりあえず男の事は放っておいて、現状をどうするかを考えなくてはならない事を思い出した。
暫く時間を置けばあのサハギンたちはどこかに行くかもしれないので、その隙をついて脱出するか。
他に出口が無いかを探すしかないだろう。
サハギンに関してはすぐにどうこう出来る問題ではないのでとりあえず施設の中を見て回ることに。
数か所の部屋を見て回っていると、一つの部屋に食料が置いてあった。
本来の用途ではなさそうだが、あの男が食糧倉庫として使っているのだろう。
大体大人一人が切り詰めればひと月は持つくらいの量が収められている。
『オン!』
「ハッターどうしたの?」
ハッターが食糧倉庫の隣の部屋で何かを発見したようだ。
行ってみるとそこには四つの死体が転がっていた。
「え……これ」
『掃除屋の方々でしょうか』
「……うん、そうだね」
傭兵らしい近接用ハチェットに金属の部分鎧、短銃とわりとどんな状況にも対応できる装備に身を包んだ四人。
どちらかと言えば近接装備が強めなので変異体専門なのだろう。
機械兵士とは違い、変異体は遠距離攻撃手段に乏しい。
なので遠距離で牽制しつつ近距離で仕留めるのが一般的だ。
グランシャークのような超大型はその限りではないが。
「どうして死んだのかな」
『見てください、腕のここのところに食いちぎられたような歯形がついてます。あとこの部分がおかしいです』
「腕は致命傷じゃないね。えーと、この部分? 鱗? サハギンの……じゃないね。くっついて……いや、生えてる」
『どういうことでしょうか』
「彼に聞いてみようか」
『でも会話にならないですよ?』
「一応二つほど考えがある」
『流石ですね』
先ほどの場所まで戻ると、男はまだ考え込んでいた。
「考えている所悪いんだけどさ」
「?? おういあ?」
「文字はかける?」
「……!!」
その手があったか! と言わんばかりに男は驚いた。
筆談が出来るなら話がはやい。
『なるほど、ちなみにもう一つの手段はなんですか?』
「もし何かしら部品があれば人工声帯でも作ろうかと思ってさ、喉にあてるだけのタイプ」
埋め込み式は人体を扱ったことが無いので勘弁ね、だそうだ。
『……流石ですね』
「ちなみにあなたはどっちがいい?」
さっそくさらさらと紙に書いている、持って居たなら初めからそうすればいいと思ったが言わなかった。
[もし作っていただけるのならお願いしたい、今は筆談でよい]
「わかったよ、後で作ってあげる……部品があればね」
[部品ならあちらの奥の部屋にたくさんある、きっと何かしら使えるものがある]
「おお、タナボタ」
[なにか聞きたかったのでは?]
「おっと、そうだった。単刀直入に聞くけどそっちの部屋に転がってる死体について何か知ってる?」
男は一瞬死体? と考えたが、直ぐに合点がいったようで、答えを書き始めた。
[あの四人はここの調査に来たらしい。キミたちと同じようにサハギンに襲われていたから保護したのだが、変異毒にやられて全員死んでしまったよ]
『変異毒とは?』
「私も初めて聞いたね」
[変異毒に侵された者は身体が徐々に作り替わってしまう。耐えることが出来れば変異体に、耐えられなければ死ぬ]
「分かり易いね」
[俺は運がよかったんだ]
『え? では貴方は……』
[ああ、変異体だ]
男の名はアベルと言った。
アベルは傭兵をしながら各地を回り、様々な遺跡を見て回るのが生きがいだった。
しかし、この遺跡を見て回っているときにあの場所で同じようにサハギンに襲われた。
アベルは偶然ここが開いて一命をとりとめたが、その時負った怪我がもとで変異毒に侵され、そして変わってしまった。
外を歩き回るわけにもいかず、悪いとは思ったが近くの町から食料を少しづついただいて生きながらえてきたという。
アベルは剣の腕のみで渡り歩いてきた凄腕の傭兵でランクはBだと言った。
普段なら遅れをとることが無いサハギンにどうしてやられたのかというと、得物が大きすぎて満足に振れなかったというなんともお粗末な理由だった。
『なんといいますか……』
「ご愁傷様? なのかなぁ……ところで、素顔は見せてもらったらダメかな? ちょっとした好奇心なんだけど……」
[かまわない、驚くなよ?]
アベルがフードを脱ぐと、そこには歪ながらも端整な顔があった。
右の眼の部分が変異しており、目は魚のようで鱗が生えている。
サハギンを想像していたため、完全に魚の顔になっているかと思ったがそうではなく、部分的に魚になったような感じになっている。
首回りや胴体も所々に魚の部分と人間の部分がまじりあっていて何とも言えない。
運の悪いことに、喉の部分が魚に変異したせいでちゃんと喋れないようだった。
[便利と言えば便利なんだよ。腕力は上がってるし、左手の鱗は硬いし]
意外に適応しているようで何より。
「とりあえず、食料事件の犯人はアベルで、調査に来た四人は死亡。後は出口を探して声帯作ってかな?」
『そうですね』
『オン!』
「うん? ああ、部品があるならハッターとアリスの装備整えられるかも見て見ようか」
『は! そう言えばそういう目的もありましたね』
[装備?]
「ああ、粒子砲とパイルバンカーの部品だよ」
「……」
アベルは絶句している。
普通はこういう反応だろう。
ユテリは気づいていないが、今この世界に粒子砲を整備調整できる人物がどれだけいるのか。
以前も言ったが、彼女の腕は遺失級のものを構造さえ理解すれば治せるのだ。
アリスの事も含めて、この辺も出来れば周りに言いふらさない方がいいと思うのだが……。
現在はストッパーが居ないので無理だとおもう。
――サハギン
魚が人型に変異したもの。
二本の足と手を持ち、陸の生物を引きずり込んで捕食する。
基本はエラ呼吸だが、地上でも活動出来る。
ブラックバスなどの肉食性の魚が、食べ物を求めて陸に上がれるようになったと言われる。
本編でも語られたが、コイツに噛まれると変異体になってしまう。
アベルは中途半端だったが相性が良ければ完全に仲間入りするのかもしれない。
ひょっとしたら行方不明の人物の何人かはサハギンになって水の中に住んでいるかも