第5話
お待たせしました。
どうぞお楽しみください
次回更新はちょっと遅くなるかもしれません。
『ふーんふんふーん♪』
「随分とご機嫌だね」
『え? あ、は、はい』
鼻歌交じりでパイルバンカーを磨いていたアリスはユテリに声をかけられてハッとする。
自分が歌っていた事に気づいていなかったようだ。
「そんなに気に入ったかい?」
『えっと……はい』
パイルバンカー自体はミーレス用なので装着できない。
使用するためには少しだけ改造が必要なのだが、そのための部品は無いので遺跡を探しに行っているのだが、ここ数日はパッとしないので使えない代物となっている。
そろそろ次の街に移動を考えても良さそうだ。
ちなみにハッターの粒子砲も発射機構は生きていたがそれ以外の部分がまったく使えないために装着できずにいる。
こっちはこっちで日がな一日眺めては時折『クゥーン……』と鳴くので、早く使いたいとせっつかれているようにユテリは感じている。
ちなみにジャンク屋や機械屋も見て回ったが、この街には必要な部品はおいていなかった。
「このへんの遺跡も粗方回ったけど、パーツは足りないし早く使いたいだろ? そろそろ次の街に移動しようかとも思ってるんだけど……アリスはまだこの街に居たいかい?」
『……そうですね、色々な方を眺めたり遺跡を探索したりと楽しかったですが、まだまだ世界は広いのですよね』
アリスは「楽しい」という事を理解した。
初めて見たものや、自分の好きなモノに触れているだけで心が高揚し、ワクワクする。
孤児院の子供たちと遊んだり、息を切らせて(アリスはそんな事無いが)駆けずり回る。
時間を忘れて打ち込める「楽しさ」を堪能していた。
「そうだね、私はここから先は行ったこともないし見たこともない。何が待っているか想像もつかないから、きっと楽しいよ」
『ここも数日いましたが、とてもいい街でした。少し名残惜しい気もしますがもっとほかの所も見てみたいですね』
「よし、それじゃあ準備しよう。次の街までちょっとかかるから色々必要なものも出てくるし、今日は買い物にして明日出よう」
『次はどちらに向かうのですか?』
「うーん、聞いた話だと大砂海にでて北に向かえば集落のような小規模の町。西に向かってリーパーの居た場所を越えれば遺跡をそのまま流用した遺跡街「ルイーナ」があるってさ」
『どちらが良いのでしょう……』
「北の町は洞窟みたいな遺跡があるらしいよ、こっちはバギーで一日。それ以外には特に何も聞かないね。ルイーナは使える施設や家屋をそのまま補修して使ってる街で、地下には大規模な地下遺跡街がある。この地下遺跡街は浅いところは探索されてるけど奥地はだれもまだ到達できていないみたいだね、こっちはバギーで二日かかるってさ」
『……北に向かってから西に行くというのはどうですか?』
「いいね! なかなかスカヴェンジャーらしい発想だよ、私はそういうの好きだ。そうしようか」
『では』
「そのように準備だね」
『はい! 行きましょう、ハッター』
『オン!!』
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
『野宿という経験もなかなかできないですよね』
「というか滅多にするもんじゃないよ、運び屋でもない限りは」
大砂海を北に向けて進んだ先、大体セクンと北の町の中間あたりに丁度良い岩場があったので、現在はそこで野営の準備を進めていた。
こういう事があるとハッターが居るのはかなりのアドバンテージになる。
夜の大砂海はプリムスとセクンの間の砂海とは様相が違うのである。
夜行性の変異体に襲われる危険もあれば、野盗の類だって出る可能性がある。
本来、日帰り出来ない場所に赴く場合は傭兵を雇うのが一般的なのだが……。
(アリスの正確な戦闘能力は分からないけど、武装はしていないとはいえ広域センサー搭載のA-JAXも居て寝ず番が出来るとか。多分コレ過剰戦力だよなあ……)
機械兵士であるハッターは睡眠が必要なく、常に警戒状態を維持出来て、尚且つか弱そうに見えてとんでもないパワーを持つアリスも居る。
これで武装がしっかりしていれば逆に襲ってきた方に同情しそうになる。
「腹ごしらえも済んだし、後は寝るだけ。ハッター、悪いけど朝まで警戒よろしく」
『オン』
『私も警戒してますね』
「アリスは休んでてもいいんじゃないの? エネルギー温存しなくて大丈夫?」
『戦闘行為が無ければほとんど減らないのです、なのでこの星空を眺めていようと……』
「そっか。ふぁ~あ、私は明日の運転の為に寝ることにするよ。何かあれば起こしてね」
『かしこまりました、ゆっくりとお休みください』
『オン』
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「うーん……いたたた……テントだと体がバキバキだぁ……」
基本的にユテリは野宿をしない。
大体日帰りできる遺跡か、夜明かししてもバギーの中か、もしくは徹夜で帰ってから寝る。
初めてのテントはなかなかハードだったようだ。
「アリスーって……なにこれ!?」
『おはようございますユテリ』
『オン!』
「いや、何事もなかったかのように挨拶してるけど……これ、どうしたの?」
アリスとハッターの周囲に転がる数匹のサソリ、一体一体が1mほどの大きさでメタル色をしている。
『夜中に襲ってきたので退治しました』
このサソリの名前は鎧サソリ。
摂取した鉄分を利用して外殻を形成するサソリの変異体だ。
肉食だが、身体を形成するのに必要な鉄も摂取するために自動車や銃火器など鉄製品もダメにする。
生物の血液に含まれる鉄分では足りないのだ。
「うわ……こいつバラバラ……こっちは真ん中から真っ二つだ……どうやったの? 確かこのサソリは銃が効かないはず……」
『外骨格の生物はサブミッションがよく効きます』
「サブミッション?」
『人体で言う肘や膝などの関節部を破壊する組み技の事です』
「ああ……そう……」
正確に言えば銃も刃物も一応通じる。
腹部は比較的柔らかいのだ。
1mもの巨体に対して攻撃を避けながらひっくり返すことが出来ればの話だが。
故に、組み敷くことが出来るパワーがあるのならこれは合理的な退治方法だと思う。
「起こしてくれても良かったのに……いや、コイツ相手なら私が居ても意味無いか……」
自分で言った通りに実際、ユテリが居たとしても見ているだけになったので良しとするほかない。
『よく眠ってらっしゃったので起こすのも忍びなく思い、速やかに殲滅しました』
「ありがとう……ちょ、朝食とって行こうか」
『はい、ちなみに朝食も出来てます』
「あ、ありがとう……はは……」
砂海の殺し屋ことアルマ・スコルピウスを音もなく殲滅し、朝食の準備まで済ませておくこの有能っぷりにユテリはアリスシリーズの凄さを改めて認識し、引き攣った笑みを浮かべるのが精いっぱいだった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
後片付けを終え、バギーを走らせること2時間。
一行はやっとのことで北の町が見えてきた。
太陽は真上に上がっている。
『そういえばこのバギーの燃料は無くならないんですか?』
「うん? ああ、これは私の特別品だからね」
ユテリ謹製スペシャルバギー、ネーミングはポンコツだが性能は折り紙付きだ。
まず、エンジン。
発掘された資料や朽ちたエンジンをもとに再現されたV型の16気筒エンジン。
最高出力は1000馬力を誇る。
もっと上質な部品があれば……と漏らしていたのは内緒である。
次に燃料。
これはガソリンではなく、電気で動く。
走行発電と太陽光発電を併用し、かなりの低燃費を実現。
雨が殆ど降ることが無い砂海を移動するにはもってこいだ。
音が出ないので敵性生物に察知されることもあまりない
さらにサスペンション。
これもエンジン同様既存のもので使用可能なものが見つからなかったために手作り。
資料もほとんど見つからなかった為、使用不能な部品をバラシて構造を解析し、スプリングの一本に至るまで厳選に厳選を重ねたものを使い組み上げたショックアブソーバーはどんな荒地でも身体にかかる負担を限界まで抑える。
とてもお尻と腰に優しい。
他にもこまごまと色んな場所が、ある種の喪失技術の塊と化している。
とまあこんな具合に魔改造された代物なので、当然不備があった時にはそう簡単に修理出来ないデメリットが出てくるが、それを差し引いても燃料いらずでどこでも行けるのは今の時代ならかなり美味しい。
「よし、到着~」
『ココが北の町ですか……随分閑散としていますね』
「うん、なにかあったのかな?」
規模は小さいのでプリムスやセクンと比べればどうしても落ち着いた雰囲気になるのは分かるが、それ以上になにか沈んだ空気が流れている。
情報を集めるために近くに居たお爺さんに話を聞くことにした。
「お前さん方は?」
「私たちはこの町の近くにある遺跡を探索しに来たんです」
「遺跡の探索? お前さん方は掃除屋なのかの?」
「はい、それでこの町の様子は一体?」
「おーい! 皆のもの!! 掃除屋の方が来てくださったぞ!!」
「え? え?」
お爺さんの声に反応して近くの建物からぞろぞろと人が出てきた。
「掃除屋?」「今度のは随分若いな……」「あんなんで戦えるのか?」「人手不足なのかしら……」などなど口々にしてはユテリ達を見て残念そうな顔を浮かべる。
「あ、あの~……話が見えないんですけど……」
「なんじゃ? ギルドの依頼で来てくれたのではないのか?」
「え?」
「え?」
お爺さんの話によると、一か月ほど前から件の遺跡に変異体が住み着き、町の資源や食料を奪っていく。
人死が四人しか出ていないのが幸いだが変異体の正体はわかっておらず、奪っていくのも数日に一度で量にしたら成人男性二人分ほどなのだが、それも何日も何週間も続けばそれなりの被害になる。
なので、その変異体の調査及び可能ならば討伐というのがギルドに伝えた依頼だそう。
この町は珍しく緑がある。
洞窟遺跡からそれほど離れていない場所に畑を作り、自給自足をして生活しているのだ。
それ故、無理して大砂海を越えて街に交易に行く必要がなく、たまに来る運び屋で生活必需品を賄っていたのだが、これ以上被害が広がればこの町は飢饉に陥ってしまう瀬戸際らしい。
「偶然立ち寄っただけじゃったか……すまんの……」
「いえ、こちらこそ期待させてしまってすみません……」
それにしてもおかしな話である。
ギルドの依頼で四人の傭兵たちが二週間前に来たという、その傭兵たちは洞窟に行ったっきり帰ってこなかった。
この四人が初めての犠牲者ということだ。
報告すらもなく、それだけ日数が立っていればギルドも依頼失敗で次のものを寄越すなりすればよいのだが、今の話と状況を見れば放置されているのは明らか。
そも、伝わってすらいないのならば傭兵が依頼で来たなどという事もあり得ないので、一度は受理されている。
さらに言えば、一応この洞窟遺跡もセクンギルドの管轄なのでユテリはしっかり許可を取ってきている。
その時に伝えてくれれば良かったとも思う。
(ルイーナに向かう前に補給としてもう一度セクンには寄る予定だったけど、こりゃ報告ものだね。職務怠慢も甚だしいよ……)
『……ユテリ』
「ああ、わかってるよ。ここまで聞いて見ぬ振りなんて私には出来ない、手伝ってくれるかい?」
そうでなくてはプリムスであれほどまでの人気はでない。
ユテリにとって当たり前の返答だった。
『はい! もちろんです』
『オン!』
『うん、ハッターも頑張りましょう!』
「うん? お前さん方……まさか……」
「そのまさかだよ、私たちが調査してくる」
「しかし……失礼じゃがどう見ても……」
「自分の力量はわきまえてるよ。住み着いた変異体が勝てそうに無かったらすぐに帰ってくる、そして大急ぎでギルドに報告してくるよ」
「……その目を見れば止めても無駄じゃな……ありがとう」
「ここで会ったのも何かの縁さ、何かしらの成果を掴んでくるよ」
『お爺さん、私たちはこう見えて結構強いんです。だから安心してくださいね』
『オン! オン!』
「ああ、決して無理をするんじゃないぞ」
――鎧サソリ。
サソリの変異体。
平均1mから最大3mの個体が居る。
尻尾には御多分に漏れず毒があり、これで動けなくなったところを捕食する。
鉄製品は普通にかみ砕く。
メタリックシルバーな外骨格を持っており、夜は結構目立たない。
鉄をしのぐ硬さを持っているが、生体部品としては使えない。
理由は絶命すると、なぜか脆くなるから。
脆くなる原因は不明、一説によれば体温の変化なのではないかと言われている。