第2話
第二話です。
これで溜めていた分はおしまいなので更新速度は下がります。
どうぞお楽しみください。
孤児院での炊き出しを終えた後、二人はさらに街中をぶらぶらと夕方まで散策してジェフへのお土産を購入し帰路につく。
夕飯を終えた後部屋に戻り、ユテリは今日の感想を尋ねた。
「アリス、今日はどうだった?」
『はい、皆さんとても優しくて幸せそうでした』
今日の光景を思い出し、アリスは自然に微笑む。
「うん、皆良い人たちだよ」
アリスの笑顔に釣られてユテリも笑みが零れる。
『ユテリはどうしてそんなにも人の為に頑張れるのですか?』
「うん? そうだなぁ……きっと、落ち込んだ顔を見るのが嫌なんだろうね」
照れたような恥ずかしいような、何とも言えない微妙な表情で答える。
『……そうですか。ユテリ……ユテリは今”幸せ”ですか?』
アリスの発する「幸せ」のトーンが変化した。
それは、とても重く重要な意味を孕んでいるのは明白だった。
「あはは、なんだいその質問は。……うん、幸せ……かな?」
質問の意図をユテリは解っている、アリスは仕える人を幸せにすることを目的とした自動人形だ。
彼女の質問に対してこの返答を返す意味、それはアリスが今の主対にして「何もすることが無い」と言いう事だ。
存在の意味が無い、実質の解雇通知に似たもの。
事実、この返事を聞いた後アリスは俯いて黙り込んでしまった。
だが、あえてこの返事をしたユテリには考えがあった。
考えがあったからこその存在否定。
「ねえ、アリス」
『……はい、なんでしょうか』
「アリスにとっての”幸せ”って何かな?」
人の為に仕え、人の為に尽くす自動人形にとってこの質問は理解が及ばないものである。
『私の……幸せ?』
「そ。アリスの幸せ」
『私の幸せは仕える方々が笑顔に「違うよ」』
アリスが答えを言い終わる前に真っ先に「ソレ」を否定する。
『え?』
創造主より命ぜられた信念、その「想い」を否定されてきょとんとしてしまう。
「それは違う。それはアリスシリーズの”目的”であってアリス自身の”幸せ”じゃないよ」
視線を逸らさず、真っすぐにアリスの目を見つめてユテリは間違いを指摘した。
『目的と……私自身の幸せは……違うもの?』
そう、この質問の真意は「方向性」ではなく「在り方」の問題。
周りを幸せにすることは素晴らしい事だ。だが、そこに自分は居るのか?
伝記や彼女の態度を見ていると、自分の存在は入っていないように感じる。
創り上げた笑顔の輪の外でその光景を眺めているアリスが、本当に自分は幸せだったと心から言えるのか?
それで幸せだと言えるならそれでいい、でもそうじゃないなら……そういう質問である。
「……たぶん初めてだと思う、そんな質問されたのはさ。だからじっくり考えていいよ……焦らず、ゆっくり……ね?」
ユテリは自分が酷いことを言っている自覚はある。自分だって真っ向から自分の信念を完全に否定されれば困惑するし悲しくもなる。
場合によっては怒りを買ってしまうかもしれない。
それでも言わなければいけなかった。
彼女……「アリス」が人間以上に人間らしい想いをいくつも見せてくれたから。
助けるだけ助けて、支えるだけ支えて、やることが無くなったらハイさようならなんて悲しすぎるから。
『……はい』
それは、アリスと共に見つけた手記に書いてあるユテリだけが知る秘密にも起因していた。
「よし、今日はもう遅いし寝ようか。……アリスって寝るの?」
『休眠モードがありますので可能です』
「あ、そういえばそうだったね。ほら、こっちにおいで」
布団をまくり、自分の隣を差して手招きする。
『え?』
長い休眠状態の影響なのか、部分的に破損していた記憶の中にも存在しない主の行動にアリスは目を丸くして驚く。
「ほら、ベッド一つしかないからアリスはこっち」
早くおいでよと急かすようにペシペシと空いた空間を叩いて促してくる。
『それでしたら私は床でも「いいからこっちに来る!」……はい』
ユテリの勢いに負けて申し訳なさそうに布団に潜り込むアリスに、ユテリは心が温かくなるのを感じた。
「ふふ、こうしてると妹が出来たみたい……おやすみ、アリス」
抱き枕のようにアリスを抱え、優しく頭をなでながらユテリは数分後に静かな寝息を立て始める。
『……おやすみなさいユテリ』
私の”幸せ”はどんなものなんだろうと考えていたが、直ぐにわかる問題ではないと思い自分も休眠モードに移行、激しくも穏やかな夜は過ぎていった。
~~~―ザザ―~~~~~~~~―ザ―~~~~~―ザザ―~~~
「アリス、お前の”―ザザ―”はなんだい?」
―ザザ―
『―ザザザ―様、それはどういう質問でしょうか。私たち姉妹の―ザ―は仕える人を―ザザ―することですよね?』
―ザ―
「それはお前たちアリスナンバーズの”―ザ―”であって”―ザザ―せ”ではない」
『その二つは違うのですか?』
―ザザ―
「お前たちに成長する―ザザ―んだのは人々を―ザ―ることは勿論だが、人と接して―ザザ―自身も幸せになっ―ザザザ―らそうしたのだよ」
『私自身の―ザ―……ですか?』
―ザ―
「―ザザ―ああ、そうだ。今は解―ザ―てもいい……いつかその意味が―ザ―時がきっと―ザザ―」
~~~~~~~~―ザ―~~~~~~~~―ザザ―~~~~~~~~
(……夢? 私が夢ですか? 今の映像の人物は……懐かしくて……とても温かい……)
たぶん破損した記憶野の映像だろう。
不鮮明で所々ノイズが酷く、聞き取れないところも多かったが間違いなく過去にアリスが見たであろう記憶。
映像の人物は自分の子供を見守る親ような優しい顔をしていたように思える。
そして、その人物は聞き取れなかったがきっとユテリと同じ質問を投げかけてきたのだろう。
――自分の在り方
(私の”目的”は人々を笑顔にすること……では、私の”幸せ”は……)
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「ふわ~あ、おはようアリス」
『おはようございます、ユテリ。お食事のご用意が出来ています』
「うそ!? 私そんなに寝てた? ……なんだ、まだ七時じゃないか……って早くない?」
寝坊したのかと思っていたがそうではないと安心するユテリ。
それよりもアリスが何時から起きているのかが気になる。
『日が昇る前に起きてしまいましたのでお食事の用意をしながら昨夜の事を考えておりました』
日が昇る前って……と思ったが敢えて突っ込まないことにする。
アリスの顔を見ればわかる、きっと答えが見つかったのだろう。
「その顔は答えが出たんだね、後できかせてね」
『勿論です。ではジェフ様を呼んで参りますね』
――朝食後
「アリスはどんな答えをだしたの?」
『はい。私は世界を見て回ろうと思います』
「はい?」
いきなり壮大な話が飛び出してきたのでユテリは素っ頓狂な声を上げてしまった。
「な、なんでまたそんな結論に?」
『昨日ユテリに色々な人の笑顔を見せていただきました……それで思ったんです。世界の色んな人の幸せのカタチを見て、自分の幸せを考えてみようと』
「……なるほどね」
『なので、たった一日のお仕えでしたがお暇を頂きたく思います。どうか許可を頂けないでしょうか』
「……却下」
『え? それは……』
「なんで私と離れる前提なのかな? そんなことさせないよ」
『ということは……』
「私と一緒に行くことが条件! わかった?」
『はい、ありがとうございます! 実は少々心細かったのです』
ぱあっと花が咲いたような表情で喜ぶアリス。
ユテリはさっそくジェフにそのことを伝えに行くことにする。
「ジェフ、私のバギーはどうなってる?」
「あ? こないだ点検したばっかだからおかしなところなんてないぜ。少し遠くの遺跡に行くのか?」
「ちょっとアリスと世界を回ってくる」
「は?」
「工房は任せた! いつ帰ってくるかわからないし、ひょっとしたら何処かでのたれ死ぬかもしれないからそのつもりで。じゃ!」
「あ、おい! ……ったく、しょうがねえな……」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
『本当によろしかったのですか?』
「あとの事は皆に任せてあるからね、心配ないよ。ダンおじさんの脚だってジェフでどうにでもなるしね」
街の知り合いすべてに別れの挨拶を済ませたユテリはアリスと共に砂海を横断していた。
出発を告げた時、ユテリに縁のある人々は悲しんだ。
とりわけ孤児院の子供たちは酷く嘆き、引き留めてきたために決心が鈍りかけたがそこは心を鬼にして振り切った。
炊き出し(という名の買い出し)は置いてきた手紙でジェフに任せてあるのでその点は心配ない。
マーヤもダンも気にかけてくれるそうなのでユテリの憂いは全くない。
なので今はユテリにとっても隣町であるセクンに行く以上になる初めての遠出に心を弾ませていた。
『ユテリ、アレはなんですか?』
アリスが指さした方向にはいくつもの群れが砂の海を泳いでいる。
「ん? ああ、アレは砂イルカだよ」
『砂イルカ?』
「四霊災禍で海と陸の境目が変わった時に、陸に取り残されたイルカが進化したんだってさ。私からしたらイルカが海に居たという方が信じられないけどね」
『そうなんですね』
「他にも砂シャチがいるよ、こっちは凶暴だから出会ったら逃げるか退治するかしなきゃだけどね」
『サメは居ないのですか?』
「いるよ、突然変異体『グランシャーク』がね。コイツはA級賞金首さ、同じくA級の掃除屋複数のパーティじゃなきゃ相手出来ないと言われてるから出会ったら全力で逃げるしかない。ま、それでも退治出来てないからこその賞金首だけどね」
『恐ろしいですね』
「まあ、この砂海域には出ないから安心していいよ。見えてきた、アレが次の街セクンだ」
『あれがセクン……』
「もうすぐ日も暮れるし、飛ばすよ!」
『はい!』
読んでくださった皆様に感謝!
ありがとうございました