第1話
第一話投稿です。
あと一話書置きがあるので、現在確認修正しています。
どうぞお楽しみくださいませ。
『……起動プログラム実行……起動率80……90……起動成功、初期化プログラム実行、成功、システム起動します、これより管理者登録に移ります……名前を登録してください』
「私はユテリ、ユテリ・アハカゥ」
『ユテリ・アハカゥ、管理者登録完了、起動します。……おはようございます、ユテリ様。私はアリス、宜しくお願いします』
「宜しくね、アリス。ああ、あと私を呼ぶときは様はいらないよ。ユテリでいい」
『畏まりました、ユテリ』
「さっそくだけど何か食べる? お腹空いてない?」
ユテリは敢えてこの質問をした。
伝記系の書物に書かれていることを信じるならば、アリスシリーズに食料は基本的に不要である。
呼吸をすることで空気中の分子等を体内の肺を模した機械に送り、配列変換でエネルギーに変えて動力部に送る事が可能なのだ。
要するに黙っていても補給が出来るのである。
もちろん経口摂取でエネルギーを得ることも出来る。
摂取された有機物は、胃に当たる部分にある錬金炉を使って分解され、エネルギーに変換される。
この方法の利点は補給効率が段違いに高いので緊急時や早急に補給が必要な時には率先して食事を取ったりもする。
欠点はもちろん食費がかかる事か。
食事によって精製されたエネルギーは人間の血液を模したエーテルと呼ばれる水に溶けてエーテル管を通り全身を循環し、心臓部の動力機関に送られる。
体温があるのもこのおかげだ。
ちなみに、食べた食物は原子、分子レベルで分解されるので排泄の心配が無いのは余談である。
『ユテリ、私は自動人形です。食事は……』
「空いてない?」
『……エネルギーが30%を下回ってます』
「ということは?」
『……空いてます』
「了解! 腕によりをかけるね」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
『これは……素晴らしいです』
アリスは人間の良き隣人になれるように設計されているため、五感がある。
提供された食事に対してとてもおいしそうに食べるアリスをユテリはニコニコと嬉しそうに目を細めて眺めていた。
『でも、私が管理者であるユテリに食事を提供していただけるのは少々気が引けます』
まだ主に対して何もしていない自分が、逆にこんな持て成しを受けてもよいのかと落ち込み視線を落とす。
「私がやりたかったからいいんだよ? だから、しっかり残さず食べてね」
そんな事気にする必要はないとユテリはアリスの頭をワシワシ撫でる。
それは決して乱暴ではなく、とても優しくて安心できるものだった。
『はい、ありがとうございます』
アリスは、とても人形とは思えない自然な笑顔をユテリに向ける。
(こうしていると、この子が自動人形だって事忘れそうになるね)
ささやかな幸せの時間はゆっくりと過ぎて行く。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
『ユテリは私に何かしてほしい事や、やりたいことはないのですか?』
朝食を終え、少しまったりした後でアリスは唐突にそう切り出した。
「うん? そうだなぁ……今は……特に無いかな?」
とりあえずアリスを起動したものの、ユテリはそれ以降の事は何も考えてはいなかったのでそう答えるしかない。
『そう……ですか……』
酷く残念そうな顔でアリスは俯く。
自動人形とはいえ、首の後ろさえ見なければどこからどう見ても人間の少女にしか見えない彼女にそんな表情で残念がられればユテリとしては穏やかではなくなってしまう。
「あ……じゃ、じゃあさ、一緒に街を見て回ろうか」
『街を……ですか?』
「そう、色んなものをアリスに見せたいんだ」
アリスのAIは成長する。
今でも十分に感情表現が豊かだが、色々なものに触れさせることでさらに人間らしくなるだろう。
『はい、お供します』
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
――プリムスの街
四霊災禍によって崩壊したこの世界においては比較的安全で高い復興率を誇る街。
大規模な掃除屋ギルドがあるために他の街に比べれば治安もよく、商業もそこそこ自給でまかなえている。
施設的には掃除屋ギルドを始め、宿屋、機械屋、雑貨屋、食事処、食料品、ジャンク屋、服屋に加えてユテリの修理工房、他にはスラム奥に教会兼孤児院だ。
出かける前にユテリは兄弟子のジェフに紹介することにする。
昨日は既に寝ていた為、アリスを紹介できなかったからだ。
師匠はすでに他界しており、工房は二人でやっている。
突然変異体によって両親を亡くしているユテリにとってはかけがえのない家族のような人物だ。
「へえ、アリスちゃんって言うんだ。俺はジェフ・ローガン、よろしく」
ニカっと爽やかな笑顔で手を差し出すジェフ。
『はい、宜しくお願いします』
アリスは穏やかな笑顔で手を握り返す。
「く~、可愛い! 姐さん、こんな子どこで攫ってきたんだよ」
「姐さんは止めてよね、アンタの方が先でしょうが。それに攫ってきたとか人聞き悪い……訳アリで面倒見ることにしたんだよ」
「ふーん。そういうことにしておきますか」
小ばかにしたような間の抜けた顔でそう返してくるジェフ。
「後でぶん殴る。まあいいわ、ちょっと出かけてくるから留守お願いね」
「おお怖、留守番ね。了解~お土産ヨロ」
「はいはい。じゃ、行ってきます」
ひらひらと振り返ることなく手を振って工房を後にする。
街中は喧騒に溢れていた。
あちこちから聞こえる呼び込みの声に広場からは吟遊詩人の奏でる楽器の音。
どれもこれも楽しそうである。
「おや? ユテリちゃんじゃないか。新鮮なリンゴが入ったんだよ、持ってくかい?」
果物屋の前を通りかかった時、ユテリは女将に呼び止められた。
「ありがとう、マーヤさん。あ、あとこれちょうだい」
「あいよ、ところでその子はどうしたんだい? えらく可愛いけど攫ってきたのかい?」
「人聞きの悪い事言わないで欲しいな。ちょっと訳アリでさ、私が面倒みることにしたんだ」
「ふーん、そういう事ならホラ、お嬢ちゃんにもリンゴサービスだよ」
貰っていいものかと助けを求めるように視線を送るアリス、ユテリはいいんだよと頷いて肯定する。
謙虚でいい子じゃないか、と言って豪快に笑いながらマーヤはアリスを撫でる。
アリスはそこにユテリと同じ優しさを感じ取った。
二人はマーヤにお礼を言って移動を再開する。
機械屋の前を通りかかった時に今度は大将に声をかけられる。
「ようユテリ嬢ちゃん。お前さんにこないだ調子悪くなって整備してもらった義肢だが、今はえらい調子がいいぜ。ありがとな」
機械屋は整備不要の状態の良い発掘品を取り扱っている。
他にも店主自作の弾薬などを取り扱ってる戦闘職の掃除屋ご用達のお店だ。
「へへ、そう言ってもらえると嬉しいよ。ダンおじさん」
ここの店主であるダンは元掃除屋。
傭兵の依頼中に仲間を庇ってマキナミーレスに脚を切断されて引退した。
現在は発掘した超小型エンジンを使ってユテリが作った機械脚のおかげで普通に歩くことが出来る、当然ワンオフ品だ。
「おお、また調子が悪くなったら頼むぜ。ところで、今日はやたら可愛い嬢ちゃん連れてるが攫ってきたのか?」
「……なんで皆そんなこと言うかなぁ。私が人攫いするように見える? この子は訳アリで私が面倒みることにしたの!」
流石に三度続けば自分がどういう目で見られてるか不安になる。
ユテリは憤慨してダンに食って掛かるが、ダン本人は歯牙にもかけずに痛快に笑いながら
「はっはっは! 逆だよ嬢ちゃん、皆お前さんの事を慕ってるからそういうのさ。そんな事絶対しないってわかってるからな」
「なんとなくわかってるけどさぁ、これだけ言われたらなんか悪い事してる気分になるじゃないか」
「まあ、そう言うなって」と言われながらグシャグシャと頭を撫でられるユテリ。
なんだか釈然としない気持ちを抱いたが、それでも不快感は無い。
挨拶して機械屋を立ち去る。
その後も行く先々で色々な人に声をかけられるが、そのたびに嫌な顔一つせず丁寧に対応するユテリに慈しみにも似た表情を浮かべて静観していたアリスは感嘆する。
『ユテリは凄い人気者なんですね』
「そうなのかな?」
『ええ。それに、皆さんとても優しいです』
「そう言ってくれると私も嬉しいよ」
『ところで、随分と食材を買い込んでましたけど……それを一体どうなさるのですか?』
「ああコレ? うん、来ればわかるよ」
そう言って脇道に入って行くユテリ、進むにつれて段々と雰囲気が悪くなっていくのがわかる。
アリスに不安という感情は解らないが、それでも落ち着かない感じがするのは理解できた。
程なくして辺りにはお世辞にも綺麗とは呼べない衣服を纏い、身体からは異臭を放ち、痩せこけていながらもギラギラと鋭い眼光を持つ人物が目につき始める。
――スラム街
その人物たちは入ってきた外の住人に反応し顔を上げると卑屈な笑みを浮かべて二人を取り囲むように集まってきた。
ニィっと黄色く変色した歯を見せ、ギラついた目をさらにギラつかせながら一人の老人が声を発する。
「ひっひっひ。お嬢さんがた、こんなところに二人きりとは余程の大物か間抜けかの?」
まるで獲物を前にした肉食獣のように、足元から頭のてっぺんまで舐めるように物色する。
アリスは心にモヤモヤとした気持ちを感じて、ユテリを守るように一歩前進して警戒を強める。
――不快
この時はまだこの感情の名前すら理解していなかった。
『あなた方に警告いたします、それ以上近寄れば敵対行為と見做して攻撃を開始いたします』
スッとアリスの目が細められ、重心を低く構える。
いつ、どのタイミングで、どこから来ようと迎撃するための戦闘態勢に入った。
きっと怯えて声も出せないであろう主を確認すべく周囲の警戒を最大限に張った状態でチラリと見る。
俯いて震えている、きっと泣きそうなのを堪えているのだろうとアリスは予測したのだがそれは間違いであった。
「あっはははは! ジジ様も人が悪いよ、初対面でソレは警戒するって」
実は泣きそうではなく笑いをこらえるのに必死で震えていた。
『……これは一体どういう事でしょうか? ユテリ、説明を求めます』
警戒を完全には解かずジト目で睨んでくるアリス、本当に人と一緒に居るようだとユテリは感心する。
「はあ、お腹痛い。ああ、うん。簡単に言うとジジ様は……」
ジジ様はスラムのまとめ役。
何も知らずスラムに迷い込んできた人を追い返したり、孤児を保護して教会に連れて行ったりしている。
このジジ様のおかげでこの街のスラムがそこまで荒れていないと言える。
「ジジ様、イタズラもほどほどにしないとそのうち本当にやられちゃうよ?」
「流石に今回は肝が冷えたのう……好戦的なお嬢さんじゃ。ところでユテリちゃん、その食材は……」
「そ、これから教会に行って炊き出しだよ。皆もおいでよ」
ユテリのこの言葉を聞いた瞬間取り巻きの浮浪者たちが色めき立つ。
『そのための食材だったのですね……』
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「みんなー来たよー!」
「あ、お姉ちゃん!」
「ユテリ姉ちゃん!」
「神父さまーユテリお姉ちゃんが来たよー!」
ユテリが外で遊んでいた子供たちに声をかけるとたちまち全ての子供が集まってきた。
教会の前はちょっとしたお祭り騒ぎだ。
「これはユテリさん、いつもありがとうございます。子供たちも喜んでおります」
教会前の広場で子供たちの世話をしていた柔和な顔の若い神父が深々と頭を下げる。
『どこに行ってもユテリは人気者ですね』
「こういうことはなかなか出来る事じゃないからの、儂らもユテリちゃんには頭が上がらんわい」
うんうんと頷く浮浪者たち。
「ところでユテリさん、こちらの方は?」
「この子はアリス、ちょっと訳アリでウチで面倒見てるんだ」
「なるほど、そうでしたか。アリスさん、私はここの神父をやらせていただいておりますレティウスと申します。よろしくお願いします」
『これはご丁寧にありがとうございます。ご紹介にあずかりましたアリスと申します』
「ねーユテリ姉ちゃん、遊ぼう!」
「あ、ずるいぞ! 僕もお姉ちゃんと遊びたい」
「私も!」
子供たちは食事よりもまだまだ遊びたい様子。
両手や服を掴まれてせがまれたユテリは無下に断るのも気が引けて困惑した。
「みんな、私はこれからご飯の準備をしなきゃなんないから後でじゃダメかな?」
苦肉の妥協案である。
「「「「えー」」」」
「まいったな……」
ジジ様たちも来ているため(いつもだが)、早くご飯を作りたいが断るのも可哀そうだ。
人の良いユテリの優柔不断っぷりが見事に炸裂している。
そんな主の姿を微笑ましく見ていたアリスが助け舟を寄越す。
『ユテリ、食事の支度ならば私が出来ます。どうぞ子供たちと遊んであげてください』
ユテリにとっては渡りに舟、まさに救いの舟だろう。
ちなみに神父も料理ができるのでそっちに丸投げしても良かったのは後から気づいた事。
「本当? ……じゃ、頼んじゃおうかな」
『はい、お任せください』
「ありがとう。よーし、みんな何する? あ、邪魔にならないようにあっち行こうか」
炊き出しの邪魔にならない場所に子供たちを誘導し、自らも土にまみれながら全力で子供の相手をするユテリの姿に神父は
「本当に慕われていますね、ユテリさんは」
アリスの手伝いをしながら愛おしそうにその光景を眺めている。
『ええ、本当に……あ、玉ねぎはみじん切りでお願いします』
「はい、畏まりました」
「儂らもなにか手伝えることはあるかの?」
『ありがとうございます、それではそちらの野菜を洗って頂けますか? あ、その前に手を洗ってくださいね』
「やれやれ、この嬢ちゃんはちと厳しいのう」
――機械脚
機械腕の構造をもとにユテリが作り出した義脚。
筋肉に流れる微弱な電流を感知して本物の脚のように動かすことが出来る優れもの。
喪失技術程の難易度は無いが、作るにはかなりの腕を要求される。
パーツが少ないのも作成難度に拍車をかけている。