思い出の始まり
家族って、何…?
愛って、何…?
幸せって、何…?
それは…生きていくことに必要…?
そんなものなくても俺は生きてきたのに…。
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そう時折思っていた、若かった日々。
そんな疑問を教えてくれたのは、自分と同じように孤独だった優しい王。
出会いは、王の単なる気まぐれで…。
だが、その気まぐれのおかげで、自分は人間らしさを王は慈悲深さを得た。
あの頃にもう一度、戻りたいと思う。
王にもう一度、会いたいと…。
しかし、その願いは叶わないだろう。
「…けれども、夢の中でなら、もう一度あの頃へ…。」
若さなど失った声。
今の姿ほど、あの王に見られたくないものはないと思いながら。しわの刻まれた顔に笑みを浮かべ、そっと目を閉じる。
目を閉じれば、つい先程のことのように全てを思い出せる。
「ーーー…。」
ボソボソと何かを呟く。
彼の意識は、微睡みの中にゆっくりと沈んでいった。
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日本でその一族を知らぬ者はいないといわれている旧家、蒼月家。
蒼月家は類い稀なる才能をもつ者が多く、各界でその手腕を発揮していた。
そして、表の顔とは別に蒼月家の者は生まれながら体に宿す陽を司る霊力、陰を司る妖力を使い、祓い師という裏の顔を持ち、それを生業としていた。
現当主である蒼月遠哉は全盛期、表では凄腕の弁護士として、裏では有名な祓い師として名を馳せていた。
しかし、跡継ぎとなりうる子が生まれなかったことを彼は悩み続けてきた。
生まれた子は、すべて娘。
一族特有である類い稀なる才能には恵まれていたが、自らの後を任せられると思える者は、娘にも分家の者にもいなかった。
跡継ぎ問題を抱えたまま老いていく自分に焦りを感じていたのだ。
そんな折、長女が一人の赤子を授かる。
産まれたのは、男の赤子。
赤子は強大な霊力と妖力をその身に宿していた。
蒼月家の者は、一般的に妖力か霊力のどちらかに偏るため、人には扱いにくい力を制御できていた。
しかし、同等の2つの力を宿す者は、歴代の者を見ても皆力が制御出来ず、生まれながら狂っていた。
故に一族の者達は陰陽の持つ者を忌み嫌う。
だがこの赤子は狂うことなく、元気に生まれてきたのだ。
「この子こそ、私の跡取りに相応しい…。」
神が自分の願いを聞き届け、この孫を授けてくださったのだと、遠哉は思った。
生まれたばかりの赤子を遠哉は抵抗する娘から引き離し、隔離した。
"零"と名付け、自ら雇った乳母に育てるように命じた。
自分の目が届くところで育て、教育するために…。
だが、その行動が零から人間らしさを奪う原因となることを遠哉はまだ知らない。
そして後悔の念に悩まされ続けていく…。