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 羽根抜けカラスは、木製の古い犬小屋の中でじっとうずくまっていました。

 躰じゅうがズキズキと痛んで、うまく動かすことができません。

 

 このようすじゃ、しばらく木にも止まれないな。

 寝床をふかふかにしてくれて助かったぜ。直接地面に寝ていたら、固さとつめたさで、ちっとも休めなかっただろうな。

 

 大きな紙製の箱の中、バスタオルやセーターなどが敷き詰められた上に、羽根抜けカラスは寝かされていました。

 犬小屋の中には、あついお湯が入ったペットボトルが四角に置かれているので、いちばん星がキラリと顔を出したというのに、昼間のようなあたたかさです。

 ぜんぶ、おじいさんがやってくれたことでした。

 

 くそっ、やっぱり羽根が抜けたところがいちばん痛むな。

 あの悪ガキどもめ。

 さっきのじいさんには助けられたが、やっぱり人間になんか関わるもんじゃないな。

 飛べるようになったらすぐトンズラしよう。

 

 ズキズキとウトウトをくりかえしながら、羽根抜けカラスはそんなことを考えていました。

 小屋の中にペットボトルを入れてくれてからというもの、おじいさんは姿をあらわしません。

 安静にしておくために、あえてそっとしておいてくれているのでしょうか。

 

 いつの間にか、羽根抜けカラスは眠っていたようでした。

 ガサガサというビニール袋の音と、サクサクと草を踏みしめる音に目を覚ました羽根抜けカラス。

 そのとたん躰にはげしい痛みがはしり、自分が数時間前、ひどいけがを負ったことを思い出しました。

 

「おお、生きてたか。よかったよかった」

 

 おじいさんでした。

 警戒するように羽根抜けカラスがグゥ、と低い声を出します。

 

「お前さんの食事になりそうなものを買ってきたんだよ」

 

 そう言ってビニール袋に手を突っ込むと、つぎつぎと中身をとり出して見せました。

 

「カラスのエサなんか売ってなかったからな。とりあえずハトのエサと食パン、水を買ってみたんだが」

 

 おじいさんはカラスのようすを見て、まだ自由に動けないことに気がつきました。

 それなら、こまかいハトのエサよりもパンのほうがあげやすいだろうと、ちいさくちぎってクチバシのちかくにもっていきます。

 しかし、羽根抜けカラスはいまはなにも食べたくありませんでした。

 食パンでかるくクチバシをつつかれても、口を開けることはしませんでした。

 

「食欲はなし、か。それなら水分だけでもとっておけ」

 

 そう言うとおじいさんは、ビニール袋からガーゼをとり出し、ペットボトルの水をガーゼに吸わせはじめました。

 水分をたっぷりふくんだガーゼが、羽根抜けカラスのクチバシに近づけられます。

 羽根抜けカラスはのどがかわいていたので、今度は素直に口を開きました。

 それを見て、おじいさんはカラスのクチバシの中に、そっとガーゼの先っぽを入れました。

 ガーゼを伝って、ゆっくりゆっくり、口の中に水滴がそそがれてゆきます。

 躰じゅうに水分がゆきわたるのを感じながら、羽根抜けカラスはふたたび眠りにつきました。

 

 

 数日後、水色屋根のお家の庭には、だいぶ元気になった羽根抜けカラスの姿がありました。

 庭の木の枝まで飛ぶのがやっとであること以外は、もうすっかり良くなりました。

 まだあまり飛べないのは、羽根が一本抜けたせいで、うまくバランスがとれないようです。

 でもそれも、時間のもんだいだろうとおじいさんは考えていました。

 

 あと数日もすれば、羽根抜けのつばさで空を飛ぶ感覚もつかめるだろう――

 

 そう思うと、自宅の庭でくつろぐ黒く美しい鳥にもう会えなくなることが、とってもさみしくなってしまったおじいさん。

 庭に出て、カラスに話しかけました。

 

「やあ、おはよう」

 

 そう声をかけられると、羽根抜けカラスはちょんちょんとおじいさんの足元に近づいてきて、サンダルの先っぽをクチバシで二回、かるくツンツンとつつきました。

 あいさつを返しているのか、はたまた朝ごはんを催促しているのか。

 苦笑いをしながら、どちらでもいい、とおじいさんは思いました。

 ここまで元気になってくれ、愛らしい姿を見せてくれるのだから、それでじゅうぶんだ。

 おじいさんは愛情をもって、カラスに話しかけ続けました。

 

「このあいだお前さんにイタズラをした子どもがいただろう? ワシは、あの日のうちにその子らの家をたずねたんだ。なあに、安心しろ、叱りつけたりなどしていない。ただ、あの子たちはもう二度と、鳥に悪さはしないだろう。年寄りの入れ知恵さ。ついでに、小学校のほうにも改めて子どもたちに指導するようお願いしておいたからな。前よりは、お前たちも安心して暮らせるだろうよ」

 

 おとなしく話を聞いているカラスの姿に、おじいさんはふふ、とやわらかい笑みをこぼしました。

 カラスはおじいさんの目を、じっと見つめています。

 

「はやく飛べるようになるといいなあ。パンやハトのエサでは満足できんだろうし、住み慣れた家にも帰りたいだろうしな」

 

 カラスはぴくりとも動きません。

 

「……もちろんこの家の庭も好きに使ってかまわんからな。誰にも邪魔されずに日光浴ができる、穴場だぞ」

 

 おじいさんがそう言うと、カラスはちいさくはばたき、先ほどとおなじようにおじいさんのサンダルをクチバシで二回つつきました。

 それを見て顔をほころばせたおじいさんは、こう言いました。

 

「今日からお前さんはレイヴンだ」

 

 

 


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