表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/6

 

 

 

 羽根抜けカラスは、さいしょから羽根抜けだったわけではありませんでした。

 それは、半年ほど前のこと。桜の花も散ってしまって、人々が、そろそろあたらしい生活のリズムもつかみはじめたころのできごとです。

 

 水色屋根の家のあるあたりは、この地域でも、とくにカラスに嫌われているエリアでした。

 なぜかというと、そのあたりはとくに、カラスの天敵がたくさんいるからなのです。

 では、カラスの敵とはいったいなんなのでしょうか。


 それは、人間の子どもです。

 なかでも好奇心おうせいでやんちゃ盛りの、小学校低学年の子どものことが、カラスはたいへん苦手でした。

 子どもたちにとってはちょっとしたイタズラのつもりでも、カラスにしてみれば、いのちに関わるケガにつながることもあります。

 したがって、カラスたちは、苦手な子どもが集まる小学校があるこのエリアには、あまり近づかないようにしていました。

 

 しかし、半年前のある日。

 そのエリアに、一羽のカラスの姿がありました。

 若い、躰のちいさなカラスが公園のゴミ箱をあさっていたのです。

 

 ふだんカラスが近づかないということは、そのぶん、カラスたちのエサになるような食べ残しがたくさんあるということです。

 親元を巣立ったばかりで上手に食事を見つけられずにいた若いカラスは、キケンなエリアだと知りながら、空腹に負けて公園に降り立ってしまったのです。

 

「あー、カラスだ!」

「ゴミ箱荒らしてるぞ」

「おっぱらえ!」


 運悪く、子どもたちの下校時間と重なってしまっていたようです。

 きいろい帽子をかぶり、ランドセルを背負った数人の子どもが、駆け寄ってきました。ぶんぶんとカサをふり回している子もいるようです。

 

 あとすこし……あとひとくちだけ……

 

 すこしでも多く、食べものを口にくわえようとしたのがよくなかったようです。

 飛び立つタイミングを逃し、若いカラスはぐるりと子どもたちに囲まれてしまいました。

 

「あれ、コイツ逃げねえぞ」

「ナマイキだなあ」

「石ぶつけようぜ、石」


 ぶっそうな言葉が続きます。

 とうとうひとりの男の子が、ピンポン玉ほどの大きさの石を、カラスめがけて力いっぱい投げつけました。

 

 その瞬間。

 

 子どもたちの頭上から、サッと黒い影が降ってきました。

 アッと思ったのもつかの間。

 その直後、子どもたちが目にしたものは、高い木の枝めざして飛び立った躰のちいさい若いカラスと、目の前に横たわる躰の大きなカラスの姿でした。

 

「身代わりのじゅつじゃん、すげー!」

「でもカラスってわるい鳥なんだよ」

「うちの母ちゃんも言ってた! ゴミ箱荒らして汚すって」

「めいわくな鳥だな! おしおきだ!」


 無邪気な正義をふりかざし、子どもたちがいっせいに大きなカラスに手をのばしました。

 かみつかれないようにひとりがクチバシを踏んづけます。他の子も、つばさを広げてみたり、頭にデコピンをしてみたり、やりたいほうだいです。

 すると、棒きれで躰をツンツンしていた女の子が、あることに気がつきました。


「あれ、ここ、羽根が一本おきあがってるよ」

「ほんとだ!」

「なんだこれ、もどそうとしてもピンッてなるぞ。ヘンなの」


 子どもたちは、いままでこんなに近くでカラスを見たことがなかったのでしょう。夢中になってあちこちさわっているうちに、それまでおとなしくしていた大きなカラスが、ギャッと声をあげました。

 どうやらみんなでいじくったせいで、変なほうを向いていた一本の羽根が、抜けてしまったようです。

 そのとたん、木の上に避難したままようすを見守っていたちいさなカラスが、聞いたことのないような声で鳴きはじめました。

 

 グギャー、グギャー、グギャー。

 

 こころがざわざわするような、不気味な鳴き声。

 子どもたちはしゃがみ込んだまま、手を止め木の上を見つめます。

 そのときです。

 

 「コラッ! なにしてるっ!」

 

 悪意なき悪童たちが、いっせいに声のほうに顔を向けました。

 聞きなれない鳥の声をふしぎに思ってようすを見にきたらしい、おじいさんの姿がそこにはありました。

 

「やべ! 水色屋根ん家のカミナリじじいだ!」

「にげろーっ」


 クモの子を散らすように、人の子はサッと駆け出していってしまいました。

 おじいさんは、カラスのほうへ歩き出します。

 すると、いっとき鳴き止んでいた木の上のカラスが、ふたたび、いっそう激しい声で鳴きだしました。

 

「安心しなさい、ワシはなにもせんよ。ああ、かわいそうに。ひどいことをする。」


 鳴き続ける木の上のカラスを、安心させるようにそう言うと、おじいさんは着ていたセーターを脱ぎはじめました。

 もう春とはいえ、くもりの日の夕方は、エリ付きシャツ一枚ではまだまだ肌寒く感じます。

 おじいさんは、明るいみどりの薄手のセーターで大きなカラスをくるむと、ふわりと持ち上げ、自宅の庭に姿を消しました。

 

 木の上ではちいさなカラスが、躰ぜんたいからからしぼり出すような声で、いつまでも鳴き続けていました。

 

 

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ