表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/25

『クリスマス』のメタい姉とメタい弟

 物語はいつもの六畳一間からはじまる。

 と言いたいところなんだけど、実はちょっと違うのだ。

 

「えーっと、物語はいつもの六畳一間からはじまりまーす」


 誰もいない部屋の中、姉さんがベッドの上で呟く。

 もちろん俺もいない。だって俺バイト行ってるし。

 え? じゃあモノローグ入れてるのは誰かって? 俺だよ。細かいこと気にすんな、ハゲるぞ。


「今日はクリスマスですが、弟くんはバイトなので私一人で物語をはじめます」


 うん、俺がバイトなのはさっき言った。ていうかコレ、俺の労力変わってねぇな。

 妙案だと思ったんだが……。

 前回姉さんに提案したのはコレだ。つまり『一話くらい一人で頑張って?』ていうこと。

 ほら、最近なんか小説の書き方講座みたいなことやってたけど、ちょっとネタ切れしそうだから、こういうのもたまにはね?


「一人でって言われても、私モノローグも出来ないから何すればいいんだろう……」


 首をひねりながら、うんうん唸る姉さん。

 まあ結局モノローグは俺が入れてるしね。

 もちろん俺は絶賛レジ打ち中ですので、モノローグも台詞も一切姉さんには聞こえません。頭の中でチキンくださいと言われても伝わらないのと一緒。


「あ、でもタイトルがクリスマスだからクリスマスっぽいことすればいいのかな」


 ポンと手を打ち、立ち上がる姉さん。

 いよいよ行動開始か!?


「でもでも、クリスマスっぽいことってなんだろう……?」


 と思ったら再びベッドに腰掛ける。

 なんやねん一体……。

 クリスマスっぽいこといっぱいあるだろ! ほら、サンタコスとかケーキ作りとか! なんでもいいだろ!

 

「あれ? そういえば今日弟くんいないんだよね?」


 何度も言うけどそうだね。俺は今クリスマスなのにチキンではなくコロッケを所望するおばちゃん客と談笑してるから。

 クリスマスくらいチキン食えよ。なんか今日はコロッケって気分だったらしい。わからんでもないけどさ。

 

「よーし、この機会に弟くんの部屋を物色だー!」


 おいいいい! クリスマス関係ねぇだろおおおお!

 姉さんは勢いよくベッドから立ち上がると、部屋の中をうろうろしはじめる。


「えーっと、部屋にあるのはベッドとパソコンデスク。あとは真ん中に小さいテーブルと、壁際に本棚とクローゼットかな」


 説明的な台詞どうもありがとう。出来れば全部そっとしておいてくれないかな。

 俺の部屋は物が少ない。ぶっちゃけクローゼットには着替えくらいしか入れてないし。


「テーブルの上には何にもないから……。やっぱり本棚からかな?」


 てとてとという効果音がつきそうな歩みで本棚へ向かう。

 前後で可動式の本棚。中にはラノベやらマンガやらが収められている。どれも俺が気に入っている選りすぐり本ばかりだ。

 姉さんは本棚から何冊か取り出しては、ペラペラとページをめくる。


「なんかどれも小さい女の子が描いてある……」


 うるせぇ! 姉がこんなんだから妹属性に萌えるんだよ!

 姉さんはなんともいえない神妙な表情をしつつ、本を棚に戻した。


「うん……お姉ちゃんだけど、ちょっとはそういう要素あるし、大丈夫」


 何が大丈夫なんだ、何が。

 胸か? 胸のことを言ってるのか?

 それとも姉さんは実は妹だった……?

 もちろんそんな可能性はない。設定上の姉は、いつまで経っても姉だ。

 まぁ、若干ロリっぽいところはあるけど。


「さて、次はクローゼットかな」

 

 目線は本棚からクローゼットへ。普段は閉めてある壁際収納へと手を伸ばす。

 

「……なんかつまんないなぁ。レディースとか出てきたら面白いのに」


 クローゼットの中身を物色しながら呟く。

 当たり前だけど俺に女装癖はない。服装にこだわりもないし、清潔感があるようにはしている程度。


「今度私の着替えも置いておこうかな?」

 

 泊まるつもりかよ。いや、姉弟だから問題ないけどさ。問題ないけど設定上だからね? 

 トイレにまで入った俺が言うことではないけど。


「さて、つまんないクローゼットはぱぱっと終わって、次にいきましょー!」


 だんだんテンションが上がってきたのか、気分はもはや探検隊である。一人探検隊。果たしてそれは隊と呼んでいいのか?

 てか、さらっと人の着替えをつまんないとか言うな。この物語では人物設定が出るのは貴重なんだぞ!


「やっぱ男の子の部屋と言ったら、ベッドの下だよねー」


 四つん這いになって、ベッドの下を覗き込む。

 自然、姉さんが穿いているミニなスカートが段々めくれあがって――。

 カメラさん! うしろ! もっとうしろ!

 ――ちょうどいいところで見えない。ご都合主義さん、こういうときは仕事しなくていいんだよ? 


「うーん、何もないなぁ……」


 ふっ、俺がベッドの下だなんて安直なところに男子高校生のバイブルを隠すとお思いか。甘く見てもらっては困るな。

 じゃあどこにあるのかって? お前は自分の口座番号を人にほいほい教えるような奴なのかい? 俺なら親にだって教えないね。

 ごく一般的な男子高校生にとって、それほどまでに重要な機密なのだよ。たまに出かけたあと機密漏えいしてるときがあるけど、あのときばかりは「あー、異世界行けねぇかなぁー……」と本気で考える。

 

 さて、これであらかた見終わっただろ。大人しくクリスマスっぽいことしてくれ。


「つまんないなぁー……。あっ、最後にパソコン見よーっと」


 おいいいいいい! やめてくれえええええ!

 俺の制止を振り切って、姉さんはパソコンデスクへ向かう。俺の方はと言えば、絶賛レジ打ち修羅場タイム。チキン売れまくり。


「いつもアニメ見てるけど、他には何してるのかな?」


 大体、動画とかまとめサイト回ってます、はい。他に何もしてません。いかがわしいことなんて何一つしてません、はい。

 神に誓ってもいいよ。ほら、今日キリストの誕生日らしいし。

 

「あ、パソコンってすぐに立ち上がるんだ」

 

 電源ボタンを押した途端、美少女キャラを背景とした画像がパソコン画面に映し出される。

 それはスリープになってるからです。

 おや? もしかしてこの姉、パソコン関係は疎い……?

 これならワンチャンあるかもしれない。


「とりあえずインターネットブラウザのお気に入りから探してみよーっと」


 ポチポチとマウスを操作し、捜索を開始する姉さん。

 甘い! 甘すぎるぞ、姉さん!

 思春期まっさかり俺氏、そんな分かりやすいところに機密事項を隠したりはしない!

 もちろん検索履歴やキャッシュだって定期的に削除してる。ぬかりはない。つーか、これくらい誰でもやってるよね?


「うーん、ないなぁ……。あっ、そうだ! インターネット繋がってるんだから、調べ方を調べればいいんだ!」


 おのれええええ! これがネット時代の弊害かああぁ!

 なんでも検索できるから、なんでも分かる! 努力なくして得た結果に何があるっていうんだよっ! 

 俺がそんなことを思っている間にも、姉さんはサクサクと検索し調べ方を学習していく。


「ふんふん……隠しファイルが……へー、そんなことも出来るんだぁ……」


 お終いだぁ……。もうお終いだぁ……。

 思えば短い人生だったな。なんかよくわからない物語の主人公にされて、設定上の姉も出来て。

 色々面倒だったけど、今では良い思い出だよ。

 みんな、ありがとな……。今日、俺は姉を一人失くす。

 明日から「え? キミ誰?」とか汚物を見るみたいな目で言われるんだ。

 そんであだ名が『隠密型電脳卑猥画像収集装置』とか『バーチャルエロティックマン』とかにされちゃうんだ……。

 あぁ、今この瞬間レジを打ってる俺は幸せだな。良い笑顔をしているよ。だって接客業だもん。

 可哀想だけど、明日にはその笑顔も絶望に変わるさ。

 まるで気分は養豚場の豚。ドナっちゃう運命なのだ。

  

「――このバック可愛い! そういえばそろそろ新しいの欲しいなぁ……」


 ん?


「あっ、こっちのもいいかも! んー、でも写真だと色分かりにくいなぁ……」


 あれ? 流れ変わった?


「やっぱ実際に手にとって見たいなぁ……。確かこのショップ近くに……」


 これは……もしや!

 アレか!? インターネット特有の『調べものしてたんだけど、ついでに表示されてるものが気になって、結局そっちに興味が向いちゃった現象』か!?


「弟くん帰ってこないし、ちょっと行ってみよ!」

 

 姉さんはそういうと何かメモをして、パソコンデスクから立ち上がる。

 立った! 姉さんが立った!

 そのまま向かうは玄関。その歩みはまるで、二十四時間マラソンで最後の10mを走るランナーのようだ。感動的な音楽ぷりーず。


「あっ、そうそう。戸締り戸締りっとね」

 

 姉さんは合鍵を取り出して、玄関を出る。

 ガチャリと鍵の掛かる音。

 パソコンの電源切ってないけど、全然オッケー。その内スリープになるし。むしろ完璧。

 ここにクリスマスの長い一日は終わった。俺は腐るほどチキン売った。姉はなんか買い物に行った。

 クリスマスっぽいこと全くしてないけど、全然オッケー。主人公的には全然オッケー。無問題。

 

 ――さて、それからどうなったか。

 バイトから帰った俺がパソコンデスクを見ると、書置きがしてあった。

 可愛らしいウサギが描かれたピンクのメモ用紙。それに小さく丸っこい文字で短いメッセージが綴られていた。


 『メリークリスマス♪ お姉ちゃんより』

  

「……ちゃんとクリスマスしてんじゃん」


 サンタさんは来ないけど、クリスマスを祝ってくれる人は居た。

 ちなみに俺はその晩一睡もせずパソコンの大掃除をしたので、仮にサンタが来たらモロ分かりである。

 三流アマチュア小説書きの主人公になった俺と、同じく登場人物にされた姉の物語は、続く。

 作者が飽きるくらいまでは、続く。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ