『風景描写』のメタい姉とメタい弟
「おはよー、弟くん」
玄関の方から姉さんの声が聞こえた。
いつもの六畳一間。今日も物語がはじまる。
先日から姉さんには合鍵を渡してある。毎回ドアベル連打されるのは敵わないからな。女の子に合鍵渡すとか、ちょっとドキドキ。
まぁ、姉で貧乳じゃなかったら、もっとドキドキするんだけど。
「はいよ、いらっしゃい」
俺はパソコンから振り向きもせず答える。
何故なら、アニメ見てるから。俺、物語外ではアニメ見まくってる設定だから。いや、ホントホント。決して、寝起きでテンション低いけど更新しなきゃと思って目を擦りながら物語書いてるわけじゃない。あー、眠い。
「弟くんテンション低いねー。元気出していこ!」
否定したのにあっさりテンション低いとか言うな。実際低いけどさ。
これから仕事なのにウキウキしていられる方が異常だ。あっ、もちろん今の俺とは全く関係ないけどね? ほら、よく聞く一般論的な話としてね?
「はいはい、テンションあげてこー! あげあげー!」
定位置のベッドの上に収まった姉さんが、ぼふんぼふんと音を立てながら飛び跳ねる。ぶっちゃけウザい。
「はぁ……。それで姉さん、今日は何の用だ?」
つーか、これまで何か用があるときなんてあったっけ?
「何か用がないと来ちゃいけないの?」
「そりゃそうだろ」
お前何しに来たんだよ。いや、物語の都合上仕方ないけどさ。何かしないと、前回みたいに空白の時間を延々と描写しないといけなくなる。
「そういえば前々から思ってたけど、弟くんが言う『風景描写』ってそんなに大事なの?」
「ふむ……。いい質問だ、姉さん」
まるで仕組まれたかのようにベストタイミング。当たり前だけど。
せっかくだし、俺も受け売りなんだが姉さんに風景描写の重要性を教えてやろう。
つーか俺が勝手に『風景描写』って言ってるだけで、『表現』だとかそんな感じのものに関してだけど。
「じゃあ姉さん。ちょっと頭の中で想像してくれ。そうだな……、姉さんの母親。その顔を思い浮かべて」
「えー、今まで存在すら出てない親の顔は想像できないよぉ……」
「うるせぇ! とっとと想像しろ!」
俺だって出したくなかったけど、手頃な人物が浮かばないんだよ! どうせこの回限りしか出てこないから問題ない。……はず。
「はーい……。ん、出来たよー」
「よし。んじゃその顔から、髪の毛を消してくれ」
もうこれでもかってくらいハゲさせてくれ。つるつるで構わん。
「なんか見たこともない親なのに可哀想だなぁ……」
見たこともないとか言うな。物語外では会ってるはずなんだぞ。
姉さんは「おっけー、出来たよー」と軽い口調で答える。
あ、ちなみにやるときは目を閉じるといいぞ。視覚が邪魔になるから。
「んじゃ次は眉毛を消して」
「はいはい。……んー、なんかヤクザみたいな顔になったなぁ……」
姉さんの母親の顔は知らないが、スキンヘッドで眉毛剃ったら大体そうなるな。
「よし。じゃあ最後に輪郭消して?」
「えええ? 輪郭?」
「おう、輪郭だ。顔の輪郭を消してくれ」
あ、もちろん今ついてるパーツはそのままで。輪郭だけ消してくれよ。
「んー……んー……? なんかうまくできないよぉ……」
「つまり『風景描写』ってのは、それだ」
人から聞いた話なんでうまく説明できるかは知らんが『顔の輪郭みたいなモノ』らしい。
無くても想像できる人は出来るけど、合った方がわかりやすいよねっていう。
同じようなので、『今聞いてる曲の、ベース音だけ消して?』ってのもあるらしい。
「じゃあこの物語は、輪郭の無いうにょにょした顔みたいな物語ってこと?」
「まぁそうなるな……」
風景描写とかほぼないからな、この物語。ぶっちゃけ読者の何割が今の風景を想像出来てるんだろうか。俺にはわからん。
「じゃあじゃあ、もっとこの物語も風景描写増やそうよ!」
「めんどいからヤダ」
俺、即答である。
風景描写を最低限にするために部屋から一歩も出ないということもまでしてるのに、これ以上詳細に語るのも面倒だ。
そう言うと姉さんは「ちぇ……」と口を尖らせ、ベッドで飛び跳ねる。
おぉ、新アクション!? ……今日はスカートじゃないから見えないけどな。何が見えないかは弟くんの秘密だ。
「まぁでも風景描写も闇雲に増やせばいいってもんじゃない」
顔の輪郭をことさら説明されたって困るだけだ。いや、それがその人のチャームポイントなのかもしんないけどさ。
普通はもっと眼とか鼻とか口とか、まっさきに目にするものを説明するだろ。
「つまり、風景描写を売りにしたものでもない限り、ほどほどがいい」
雰囲気とか空気感とかを演出したいときは、多めに。逆に会話とかを前面に押し出したい場面では控えめに。
なんかそういう感じで書いてるんだけど、みんなそうしてるかは知らん。あくまで俺の場合は、ってことね。
え? この物語はそうなってないぞって? それこそ俺は知らん。作者に言え。
「でも風景を描写しろとか言われても困るよー」
「そうでもないぞ。描写するだけなら、誰だって日常的にしてる」
誰かに何かを説明するとき、誰だって相手にイメージさせようと無意識にやってることだ。
まさか知らない人に道を教えるとき「そこをバビュっと行って、ククッと曲がれば着けます」なんて言う人はいないだろ。どれぐらい行って、左右どちらに曲がるぐらいは面倒くさがらずに教えてやれよ。
あとは表現力の問題。
「難しいと思うなら、練習してみるといい」
例えば、身の回りのものを片っ端から説明するとかいいらしいぞ。慣れてきたら、今度は道行く人の行動を頭の中で説明したり、アニメを丸々一本説明したりとか、練習の仕方は色々ある。
ばっちり当てはまる描写が思い浮かばない、ってなったら今度は本を読むといい。先人が良さげな描写を思いついてたりする。
「ほー……。なんだか大変そうだねー」
いや、意外に楽しいんだ、これが。妄想とか好きな人はぜひ一度試してもらいたい。最終的に、道行く人の行動を脳内で描写して、それに沿って勝手に物語作り始めちゃうくらいまでになる。
「……なんか怖い」
「おう。だから俺はやめた」
道行く人眺めながらニヤニヤして妄想とか、現実だったら危ない人間違いなしだ。そういうことは家で一人でじっくりやるのがいい。
あとそこまで頑張って風景描写しようと思わないし。
「表現方法とか表現の長さとか頻度とかは、もう作風とか書き手の好みとかもあるから何とも言えないな」
俺は投げやりにそう締めくくる。
決して説明するのが面倒くさくなってきたわけじゃないぞ! 文字数がそろそろピンチなんだ。出来れば五千文字以内には抑えたい。
「うーん、なんかわかったようなわからないような」
これ、そういう物語だから。仕方ないのよね。
つーか、自分ですら出来てないことを説明しようとしてるんだから、そりゃそうなるわ。
それでも物語は続いていくし、わからなくても進む。
って、これ前回と終わり方一緒じゃね? 手抜きにもほどがあるだろ。
……まあいっか。
三流アマチュア小説書きの主人公になった俺と、同じく登場人物にされた姉の物語は、続く。
作者が飽きるくらいまでは、続く。