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『異世界から』のメタい姉とメタい弟


 いつもと同じ六畳一間から物語ははじまる。

 見慣れたパソコンデスク。見慣れた椅子。見慣れたテーブルに、見慣れたベッド。

 そして、見慣れてるけどそろそろ人物設定があやふやになりつつある姉さん。

 いつも通りはじまる物語。


「ねぇ、弟くん。確か次回は異世界からって言ってなかったっけ?」


 いつものようにベッドに腰掛け、首を傾げる。

 うんうん、そう言われると思っていたよ。俺だって馬鹿じゃない。時系列っていう単語ぐらいは知ってるんだ。単語があることしか知らないから、意味はわからないけど。

 でも姉さんの言いたいことはなんとなく分かる。


「分かってるよ、姉さん。ほら、窓の外を見てみるんだ」


 俺の部屋にだって窓くらいある。冒頭で描写し忘れてたからって、窓が一個もない部屋に閉じ込められてるわけじゃないぞ。

 まぁそんな誤解する人はいないと思うが。

 俺が指さす先には、ベランダに続く窓。ちょうど俺くらいの大きさのガラスが張られた窓。よくマンションとかであるあの窓。

 あれって窓でいいよね? え? ガラス戸っていうの? じゃあもうガラス戸でいいよ。

 とにかく姉さんは俺に促されるままに、ガラス戸に歩みより外を覗き見る。


「うわぁー、まるで別世界だー!」

 

 瞳を輝かせ、感嘆の声を上げる姉さん。

 事前にガラス戸のカーテンは閉めておいたので、俺には外の景色が一切見えない。

 いやぁ、残念だ。全くもって外がどうなっているか、俺にはわからない。実に残念だ。確かに外は異世界なんだけどなぁ。

 俺から見えないから描写もできないなぁ。異世界ってどういうところだろうなぁ。モンスターとかいるんだろうなぁ。うわぁ、残念だなぁ。


「ほら、弟くんも見て見て!」


「馬鹿、カーテンを開けるんじゃねぇ! 余計な描写を増やさないといけないだろうが!」


 ただでさえレパートリーの少ない表現力を全開で頑張ってるんだぞ! 

 これ以上増えたら、だらだら続ける予定がパーだ!

 全力で制止する俺に、姉さんは「ちぇー」と口を尖らせると、すごすごとベッドに戻った。

 そうだ、それでいい。異世界にはちゃんと来たんだから、何も問題はない。

 ただし、異世界の風景やその他もろもろを描写するとは一言も言ってないがなぁ!


「くくく、恐ろしい。俺は自分の発想が恐ろしくて震えてしまうよ……」


「私は設定上の姉とはいえ、そんな逃げ口上を使う弟くんが情けなくて震えちゃうよ……」


 どことなく俺への信用度ダウン。

 かまへんかまへん。設定上の姉なんてほぼ他人やし。


「むしろ主人公としてどうかと思うよ」


 文句なら、俺を主人公にした三流アマチュア小説書きにして、どうぞ。

 

「はいはい。……でも異世界って実際に来てみると、なんだか違和感しかないねー?」

 

「そりゃそうだろ」


 同じじゃないから異世界なわけで。その違和感こそが、世界を作ってるわけで。

 

「だって、ドラゴンとか飛んでるもんねー」


「まぁ俺の物語には出てこないけどな」


「他にも、なんかユニコーンを従えた少女とか」


「うんうん。俺の物語には出てこないけどな」


「あとあと、やっぱ悪役っぽいのとか! ゴブリンとかオークとか、見た目怖いけど、意外に優しいってことあるよね?」


「そうだな。俺の物語には出てこないけどな」


「……なんで弟くんはそんなに『俺の物語には出てこないけどな』を強調してるの?」


「うっかり出てくることになったら、設定考えるのが面倒だから」


 第一、これ以上登場人物が増えるっていうことは俺の生活がどんどん蝕まれていくってことだぞ。

 そりゃあヒロインマシマシのラブコメちっくな物語だったらいいかもしれないよ?

 ゴブリンとかオークが俺の部屋に現れた日には、俺の生活は一変。世界は闇に包まれるわ。

 救世主ルートまっしぐらか、村人Aみたいに同じ言葉を呟き続けるモブルートの二択。

 どっちみち俺の生活は破たんである。


「前にも言ったけど、異世界は大変なんだよ」


「でも、前は結局そんなことないって……」


 いや、そうなんだけどさ。結構これも奥が深いんですよ、奥さん。

 あっ、別に『奥が深い』と『奥さん』をかけたダジャレが言いたかった訳じゃなくてですね。


「よし。前回は世界の話をしたけど、今回は異世界のモンスターの話をしよう」


 おぉ、なんか俺それっぽいこと言った。もしかするとこの物語始まって以来のそれっぽさ。

 姉さんもならって姿勢を正す。つってもベッドの上に座って背筋伸ばしただけだけど。背筋伸ばしてもやっぱり凹凸が増えないなぁ。悲しいなぁ。

 まぁそんなことはいいとして、だ。


「異世界っつってもモンスターが必ず出るとは限らないわけだ」


 異なる世界を『異世界』と呼ぶなら、モンスターが出ないけど異なる世界だって充分に『異世界』。

 モグラが空を飛ぼうが、モノが下から上に落ちようが、異なることが重要なわけ。

 

「そこで、モンスターっていうのは非常に分かりやすい」


 とりあえず出しとけ異世界要素のナンバーワンと言っても過言じゃないな。

 モンスターは単語だけですぐ想像出来るものが多い上に、現実にはいないから異世界だと分かりやすい。


「どういうこと?」


「例えば、ゴブリンって言われてどういうものが浮かぶ?」


「んー。こう、なんか気味悪い小人で、ボロ布纏ってて、こん棒とか握ってる感じ?」


 そう、それだ。ゴブリンっていったら大体某ロールプレイングゲームに出てくる奴とかを思い浮かべる。

 『ゴブリン』って単語だけで、大まかなイメージが想像できる。ちょっとの認識のズレは、ちょちょっと文章で補足してやればいい。これがドマイナーなモンスターだとちょっと大変。野生のアニーウェが襲い掛かってきた、とか言われても何のこっちゃである。


「さて、ゴブリンなら姉さんもさっき見たな。カーテンの向こう側にいるのを」


「そうだね。他にもドラゴンとかユニコーンとかいたけど」


「うんうん、そうだな。俺の物語には出ないけどね? ……じゃあなんで俺達は『異世界』にいるんだっけ?」


「えーっと、弟くんがご都合主義で連れてきたから?」


 いや、間違いじゃないけど。そうじゃなくてですね。

 つーか、俺の聞き方も悪かったな。

 

「別にここ、『異世界』じゃなくても良くね?」


 正確に言うなら、『俺達が異世界に来た』って何で分かった?

 分かんないじゃん。俺達の世界にも普通にゴブリンがそこら辺歩いてたかもしんないじゃん! ゴブリンが夜中コンビニでレジ打ちしてて、不景気なツラしながら接客してるかもしんないじゃん! 

 俺たちの世界は、元からそんなファンタジーでメルヘンちっくな世界だったかもしんないじゃん!


「そ、そうだけど……。私、ゴブリンとか見たことないし。ゴブリンは知ってても、私たちの世界にはいないし」


 その通り。

   

「つまりこういうことだ。ゴブリン出して『なにこれ? もしかして異世界来ちゃった……?』って言えば、そりゃ異世界だろ」


 そりゃあ『ゴブリンがいない世界』から、『ゴブリンがいる世界』に行ったんだから、異世界に来てることになるだろ。

 非常に分かりやすい。

 知名度は高いのに、誰も実際に見たことが無い。

 空想生物、万歳! あ、神話生物とかもいるのかな? 詳しくは知らん。

 

「そういう存在があることは知ってるのに、実在しないということも知ってる。だから、すぐに『あぁ、ここは異世界だ』って分かる」


 もちろん、主人公の世界にもゴブリンが居たのかもしれないけど、驚くならそりゃ実在しないんだろ。多分。

 駄目押しに、『もしかして、ここは異世界なのか……』なんて意味ありげに呟いたら、もう完全にそこは異世界だ。

 だって異なる世界なんだもーん。ゴブリンなんていなかったんだもーん。

 

「でもそれなら大変じゃなくて、むしろ楽なんじゃ……?」


 姉さんはベッドの上で更に首を傾げる。

 まぁ待て待て。話はそこで終わらない。


「よし、じゃあ姉さんが『ゴブリンがいる世界』に来たとしよう。その世界になんでゴブリンいるの?」


「え、えぇ……? も、元からそういう世界だから?」


 まぁそうだな。そういう風な世界に来たことになってんだから。まさか現実世界で、『なんで人間いるの?』なんて分かる奴はいないだろ。いたとしたらダーウィンを超えたぞ。やったな。


「へー、そうなんだ。何? ゴブリンっていっぱいいるの?」

 

「えええ!? 弟くんさっきから何なの?」


「まあまあ。遊びだと思って付き合ってよ」


 しょうがないなぁと言いながらしぶしぶ付き合ってくれる姉さん。こういうところは優しい。あくまでお姉ちゃんっぽさは忘れないのが、姉さんなのだ!

 まぁその優しさを今から木端微塵に粉砕するけどね!


「そうだなぁ。ゴブリンってなんかいっぱいいるイメージだし、多分うじゃうじゃいるんじゃない?」


 姉さんは答える。


「ほうほう。もちろんその世界にも人類はいるよね?」


 それに対して俺は更に質問を重ねる。


「いるんじゃないかな? わかんないけど」


「じゃあなんで人間はゴブリンを退治しないの?」


「え、えええ?」


「ほら、ゴブリンって悪さしそうじゃん。懲らしめなきゃ」


「そ、それはほら、ゴブリンって人間より強いから……こう、ある程度数がいないと退治できないかなぁ、なんて……」


「強いのかぁ。でも頑張れば根絶やしに出来るよね? しないの?」


「う、うーん……? あ、じゃあじゃあ、実は人間も一枚岩じゃなくて、ゴブリン擁護派がいるとか?」


「おぉ、そうなのか! じゃあゴブリン擁護派とゴブリン否定派は喧嘩しないの?」


 俺、質問攻めである。

 その後、数十回質問を繰り返し、姉さんはついにキレた。

 

「ああぁぁぁ! めんどくさい! ゴブリンなんて言わなきゃ良かった!」


「それがモンスターの大変さだ」


 外見をイメージするのは容易い。それがどういうものかというのは、なんとなく想像がつく。

 でも、結局は空想上のものなのだ。

 実在するわけじゃないから、想像しようと思った時に果てがない。どこまでも自分で作り込めてしまう。

 結果、設定だけで膨大な数が出来る。

 いや、それがリアリティに繋がるかもしれないんだけどさ。


「まだ『モグラが空を飛んでる世界』ぐらいなら『あぁそうなのか』で済む話も、『ドラゴンが空を飛んでる世界』じゃ違う」 

     

 明らかに異質すぎて、その影響力を想像してしまうし、その影響力はすぐ色々な想像が出来るくらい大きい。

 一つの違いが波紋のように世界へ波及する。そういうのをバタフライエフェクトっていうらしい。 

 違いがありすぎて、ついつい想像が膨らみすぎてしまうのだ。

 ドラゴンなんてイメージがつきやすいせいで、それがより顕著になる。


「じゃあやっぱりモンスターは出さない方がいいの……?」


 考えすぎで頭がパンクしそうなのか。やや涙目になりながら姉さんが呟く。

 いやいや、それはとんでもない話だ。


「好きにすりゃいいだろ、別に」


 考えたきゃ考えればいい。書きたきゃ書けばいい。

 全部に全部の説明をつけなきゃいけないわけじゃない。

 なんでゴブリンが出てくるの? なんてわからなくても、面白い作品はそれこそごまんとある。


「うーん、結局大変なのかそうじゃないのかわからないよぉ……」


「大変な奴は大変だと思うし、別に苦にならない奴は苦にならないんじゃないか」


 もちろん、この物語にはゴブリンやドラゴンはおろか、トッケピもグレンデルもイクトミもサッポー・フェルソーだって出ません。


「……何それ?」


 俺もはじめて知ったけど、空想上の生き物って色々いるらしい。いやぁ、ホント人間の想像力は果てしないね。

 

「いいや……。とりあえずお姉ちゃん疲れたから今日はもう帰るね……」


 そう言ってベッドから起き上がり、よたよたと玄関へ向かう姉さん。

 質問攻めが相当効いたらしい。ああいうことを考えるのは楽しいと言う人が多いが、今回の場合、一方的にあれこれ質問されて疲れたのだろう。


「気をつけて帰れよー」


 姉さんは俺の言葉に後ろ手で小さく手を振り、玄関から出ていく。

 普段はこういうことは思わないが、今日ばかりは家に帰ってゆっくりしてもらいたいものだな。


「……あれ? 一応、まだ異世界に居るって設定じゃなかったっけ?」


 姉さんはどうやって帰ったのだろう?

 もしや気づかず出ていってしまったのだろうか。はたまた実はこちら側に本来の家があるのだろうか。それとも自力で元居た世界に帰ったのか。

 

「まあ、いっか」


 ややこしい設定はこの物語にはないのだ。

 なんせ、三流アマチュア小説書きが書いた物語なのだから。

 三流アマチュア小説書きの主人公になった俺と、同じく登場人物にされた姉の物語は、続く。

 作者が飽きるくらいまでは、続く。




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