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『会話文』のメタい姉とメタい弟

「んふふー♪ ふっふふーん♪」


 いつもの六畳一間に陽気な鼻歌が響き渡る。

 間違っても俺じゃないぞ?

 鼻歌を歌ってるのは、ご機嫌な顔で携帯電話をいじくり回してる姉さんだ。

 ベッドでごろごろしてたと思ったら、いつの間にやらこんな状態になっていた。


「……なんかいいことでもあったのか?」


「え? 知りたい? お姉ちゃんが何でご機嫌か、知りたい?」


 いんや、全然知りたくない。

 でもこれ見よがしに鼻歌まで歌われたんじゃ、聞かないわけにもいかんだろ。物語的に。

 俺の冷めた目線も余所に、姉さんは勝手に話しはじめる。


「実は、妹ちゃんとメールしてるんだぁー♪」


「へー……」


 そりゃよかったね。


「なになに、弟くん、嫉妬しちゃう? お姉ちゃんに嫉妬? それとも妹ちゃんに嫉妬?」


「しねぇよ」


 むしろ、シットって感じだ。

 あっ、これは「黙れ」を意味する英語の『シット』と『嫉妬』をかけたダジャレなんですけどね。え? どうでもいい? 


「それにしても、妹も携帯電話持ってんだな」


 最近は小学生でも持ってるらしいぞ。おじさん、驚きだ。

 俺の頃なんて、友達と遊ぼうと思ったら直接そいつの家の前で呼んだもんだが。

 まさしく「おーい、磯野ー!」みたいな感じで。

 今では携帯電話で連絡を取り合うらしい。進んでんなぁ。


「気になる? メールの内容気になる?」


「……まぁ正直気になる」

 

 姉さんはともかく、妹のヤツってメールでもああいう態度なのか。

 それともは絵文字とかめちゃくちゃ使って、「お前誰だよ」っていうメールを送ってくるのか。

 ちょっと気になる。


「よかろう。では、お姉ちゃんが特別に見せてあげよう」


 そう言って、姉さんは俺に向けて携帯電話を差し出す。

 どれどれ……。

 画面を覗き込むと、つい先ほど来たメールが映し出されていた。

 

 本文には、『そうね』の三文字。

 

 ――……え? もしかしてこれだけ?

 いやいや、まさかそんなはずは。

 画面をスクロールしようと指を動かすが、全く動く気配はない。

 え? マジで? これだけ?

 だって三文字じゃん! 『そ』と『う』と『ね』だけじゃん!

 

「……姉さん、この文章でご機嫌になってたのか?」


 俺の言葉に、姉さんは「ちっ、ちっ、ちっ」なんて言いながら指を振る。


「弟くんは何もわかっちゃいない。いい? この三文字には、妹ちゃんの愛が詰まってるんだよ!」


 『あ』と『い』の文字なんてどこにも入ってないが? 母音に分解しても入ってないぞ。


「そういうのは心の目で見るの! もう、弟くんはダメだなぁー。そんなんだからモテないんだよ」


「うるせぇ! モテねぇのは関係ねぇだろ!」


 ど、どど、童貞ちゃうし! あっ、いや、童貞ではあるんだけどさ。なんかノリで。


「しかし妹の文面はやけに簡素だなぁ……。これ、ちゃんと会話成り立ってるのか?」


「文字が少ない分、やり取りは多いよ?」


 あぁ、なるほど。一つのメールでの文字数は少ないけど、メール自体は頻繁に来るのか。

 ……面倒くさそうだな。まとめて送れよ。


「携帯電話買ってもらったばかりって言ってたから、慣れてないのかもね」


「そんなもんかね……。するとアレか。慣れてきたらそのうち、妹も顔文字とか絵文字とか使い始めるのか」


 姉さんなんかは、メールの文面が絵文字だらけだな。

 実のところ、姉さんと俺はメールのやり取りを何回かしたことがある。

 毎回可愛らしいハートやらウサギやらが飛びまくってるメールを、俺がげっそりした顔で眺めていたのは言うまでもない。


「えー、なんで? 絵文字可愛いよ? ほら、感情も伝えやすいし」


「程度ってもんがあるだろ……」


 あと、弟に送るにしてはちょっとハートの量が多すぎませんかね。

 一文一文にハートを入れられたら、誰だってげっそりするわ。


「それに絵文字がなくても感情を伝えることは出来るぞ?」


 もちろん、顔文字がなくても出来る。

 まぁそりゃ絵文字や顔文字の方が分かりやすいかもしれないが。


「あっ、もしかして『(笑)』とか『(暗黒微笑)』とか?」


 あぁうん。後者はちょっと違うけど、それもありだな。

 でもそれよりもっと分かりやすいし、よく使ってる。


「それは『?』と『!』だ」


 『はてなマーク』と『びっくりマーク』。カッコよく言うなら、『疑問符』または『クエスチョンマーク』と、『感嘆符』または『エクスクラメーションマーク』だ。

 説明するまでもないだろうが、前者は「疑問」で、後者は「強調」に使う。

 

「そう! こういう風にな!」


「……うん。まぁよく見るよね」


 ……引くなよ。分かりやすいようにやっただけじゃん。

    

「これだけでも平坦な文章に感情がつく。合わせれば、感嘆疑問符とか、疑問感嘆符とかにもなるぞ」


 名称はグーグル先生が教えてくれた。

 でもみんな普通に使ってるよね? まさか用途がわからないっていう人はいないはずだ。

 

「あとは『…』と表記する『三点リーダ―』。『―』と表記する『ダッシュ』とかもあるな」

 

 これは2文字連続で並べて使用するのが一般的なんだそうな。俺は気にしないけど。

 ――……こんな感じでね。


「まだまだあるぞ? 忘れちゃいけないのが、句点、読点。そして、濁点に促音、長音、小書きだ」


「ん? ねぇ、弟くん。小書きって何?」


 正式名称は俺も知らん。

 「ぁ」とか「ぃ」とか、母音を『小書き』にしたものだから、俺は『小書き』と呼んでいるだけ。

 調べてもなんかそれっぽい言葉が出なかったので、とりあえず意味が通じればいいかなーと。


「実際に組み合わせて色々やってみると面白いぞ。例えば、『私はお父さんと水族館に来た』という一文を強調してみる」


 私はお父さんと水族館に来た。

 これを、

 私は……、おとーさんと水族館に来たっ!

 にすると、


「なんか、元気一杯の幼女がはしゃいでるみたいに思えないか?」


 『お父さん』の漢字をひらがなに戻して、「とう」の長音を「とー」に変える。    

 『来た』のあとには促音である『っ』を入れて、会話の最後を上り調子で切り上げているような感じにして、最後に強調を表す『!』を置いておく。

 これだけで雰囲気がかなり変わる。……いや、当たり前の話なんだけどさ。

 そりゃ文字足せば変わるわ。

 

「もっと遊んでみようか? 更にこの文をだな……――」


 私は……、おとーさんと水族館に来たっ!

 を今度は、

 私は……! おとーさんと水族館に来たぁーっ!

 にする。 


「……ねぇ、弟くん。なんでこの子は水族館に来ただけでこんなにテンション上がってるの?」


 知らん。

 小書きは長音と同じ使い方が出来る。要するに『-』だ。

 でも『-』より、どこか間延びした印象を受けるので、舌っ足らずな喋り方を表現するのにも適している。

 ……と、思う。多分。

 三点リーダ―は『ため』を作るのに使うことが多い。俺も最近よく使う。ダッシュも、そう。

 正しい使い分けは知らないけど、無言なら『……』を使って、単純な時間経過には『――』を使うとかにしてる。ぶっちゃけ想像出来ればどっちでもいいと思うが。

 正確には――正しくは――こうやって使うのが正解だとどこかで聞いたことがあるが、知ったことか。

 

「まぁそういうわけで、顔文字やなんやらに頼らなくても、それなりに文章で感情を表現することは出来るぞ」


 正しい用法かどうかは知らんが、色々試してみると面白い。

 『~』だって、本来の用法では「コッチ~アッチ」みたいに範囲を表すらしいが、鼻音に使われたりもするし。よくわからん。

 そもそもそんなこと言い出したら、顔文字やら何やらはどうなるんだって話だ。あれなんてもはや記号の集合体だしな。

 ちゃんと書きたいなら調べてもいいけど、俺は面倒なのでここらへんの用法はかなり適当。


「結局適当なんだね……」


「適当な何かをするのも、この物語の醍醐味だからな」


 ぐだぐだくだらない話をするのが、この物語だ。

 とにかく、色々遊んでみると面白い。

 特徴的な語尾やなんやらがなくても、なんとなく会話文に個性が出てくる、気がする。……気だけかもしれないが。


「ふーん……じゃあ妹ちゃんにも試してみようかなぁー」


「おう、ぜひそうしてやれ」


 そうして姉さんは再び携帯電話をいじりはじめる。

 これで姉さんも絵文字以外の表現方法を見いだせることだろう。

 ふぅ……、いいことしたあとは気持ちがいいぜ。

 俺はなんだか満足げな気分を味わいながら、パソコンデスクに向き直るのだった。


 ――余談だが、次の日、妹から「姉さんが、なんかメールで『んほおおぉぉーっ!』とか送ってきてキモい」と相談を受けた。

 

 確かに説明したもの全部入ってるけど、それを参考にしたらダメだろ。

 ……俺は何も悪くないぞっ。

 三流アマチュア小説書きの物語の主人公になった俺と、同じく登場人物にされた姉の物語は、続く。

 作者が飽きるくらいまでは、続く。

 




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