『季節』のメタい姉とメタい弟
――今日も物語をはじめよう。
そういうわけで、いつもの六畳一間から物語ははじまる。むしろここ以外からはじまる予定は、今のところない。
そして、いつもながらの登場人物。
姉さんが、バイト帰りの俺を水着姿で出迎えた。
「いや、なんでだよ」
俺の混乱を余所に、その貧相な胸を逸らして高らかと姉さんは言葉を発する。
「いやぁ、弟くん、夏だねぇ!」
いや、姉さん。
「青い空! 白い雲! 綺麗な海岸!」
いや、だから姉さん。
「やっぱ夏といったら水着だよね、弟くん? どう、似合ってる?」
いや、だからさ。姉さん。
「あ、もしかして興奮しちゃった? もう、弟くんのえっち」
「いや、興奮は全然しねぇよ」
あいにく胸は大きい方が好みなんで。
いや、それよりもだな。
「――今は冬だよ、姉さん」
バイト帰りに買ってきたコンビニおでんの袋を見せつけながら、俺は冷静にツッコんだ。
『季節のメタい姉とメタい弟』
「やっぱり季節ネタってあるよね」
俺が買ってきたおでんをつつきながら、姉さんは呟く。てか何勝手に食ってんだよ。
いつの間にか水着からも着替えてるし。この狭い六畳一間で、俺に見られずどうやって着替えたのか。こういうとき便利だな、ご都合主義。
「熱々のコンビニおでんとか出てくると、冬って感じするもんね」
「まぁ、そうだな」
ちなみにコンビニおでんは、夏と秋がよく売れるらしい。でもやっぱりコンビニおでんは冬って感じがする。
「あとコタツとかも冬って感じだよね」
「俺の部屋にコタツはないけどな。てか食いすぎだろ、おでん。俺の晩飯なんだから、ばくばく食うなよ」
「弟くんのモノは、私のモノ。私のモノは、妹のモノ」
「おい、どさくさに紛れてこれ以上登場人物増やそうとすんな! 話が余計面倒くさくなるだろうが!」
しかもその理屈でいくと、俺達の全ては妹のモノである。妹ってやっぱ最強だわ。俺、妹いないけどさ。
もちろん姉もいないはずだが、いることになってるのは今更だ。
「でも季節感って大事だよ。夏に雪が降ったり、秋に桜が咲いたりしたら大変じゃない」
「あー……でも異世界とか、そういう非日常感を出したいときには便利なんじゃないか?」
「そっかぁ。あっ、じゃあ私たちもそういうのやろう? 真夏に熱々おでん出そう!」
「そりゃ別に非日常でもなんでもねぇよ」
真夏でもおでんを売ってるとこは結構ある。真夏のちょっと涼しい夜に食べると意外に美味いんだ、コレが。
「じゃあじゃあ、真冬にアイス! うわぁ、寒い! これは意外性抜群だね!」
「普通にあるんですが、それも……」
むしろ有名なぐらいだと思う。つーか食い物から離れろよ。あと俺のおでんを返せよ。
「難しいなぁ。弟くんもそういうの何か考えてよ! お姉ちゃんばっかりじゃなくて、弟くんもこの物語に協力的であるべき、そうすべき!」
頬を膨らませて怒る姉さん。比喩ではなくて、その頬にはおでんが詰まっているはずだ。
コイツ、全部食いやがった……! 俺の晩飯……!
でも話は進めないと終わらない。ここはぐっと堪えて、何か考えてやるとしよう。
「そうだな……。バレンタインデーにサンタの恰好するとか?」
「は? 何言ってんの? そんなのカーネルなオッサンより存在感ないよ」
「おい、真顔で否定すんのやめろ」
可愛いお姉ちゃんっていうキャラはどうしたんだよ。路線変更早すぎだろ。
ていうかお前もさっき真冬に水着着てただろ。
「それはそれ。これはこれ、だよ!」
「殴りたい。この笑顔……!」
おでんの恨みもあるし、殴っても姉弟喧嘩で済まされるんじゃないだろうか。
俺が拳をぷるぷるさせていると、姉さんは立ち上がり玄関へと歩み始める。
「あれ? もう帰るのか?」
「ううん、用があるのは台所。今日はお姉ちゃんが晩御飯作ってあげようと思って……。実は、食材も買ってあるんだ」
おぉ!? 家庭的だ!
おでん食われたから今日は晩飯抜きかよと思ったが、そういうことならこれまでの言動も許してやらんでもない。
ただし、飯マズ設定とかあったら迷わずグーパンな。この俺、姉を殴ることに一切の抵抗なしである。
「大丈夫! 私、こう見えてもお料理得意だから!」
こう見えても何も、今まで胸しか描写してるとこないから、読者にはさっぱりわからんだろ。まぁ、料理は見た目じゃない。ハートだ。
……いや、その中身も大して描写してない気がするが。
段々、飯マズフラグにしか聞こえなくなってきたぞ。
「心配症だなぁ。何なら料理してるとこ見る?」
「……ちなみに何を作る予定なんだ?」
俺がそう聞くと、姉さんは楽しそうに笑って返す。
「冷やし中華!」
「だから今は冬だっつってんだろ!」
結局その後、冷やし中華を作って食った。姉さんが作った冷やし中華は、普通に美味かった。
もう季節感とかどうでもいいわ。どうせこの話、部屋から一歩も出ないし。
三流アマチュア小説書きの主人公になった俺と、同じく登場人物にされた姉の物語は、続く。
作者が飽きるくらいまでは、続く。