『はじめて』のメタい姉とメタい弟
男子高校生の一人暮らし。
それは実家という束縛から解き放たれ、一城を得た君主のように自由気ままである。実際は六畳だけど。
炊事洗濯などは面倒だけれど、休日ともなれば勝手に起こされる心配もない。ずっと家に籠ってたって気まずい視線を感じることもない。まさしく自分だけの時間。
俺もそんな六畳一間の絶対君主の一人。
朝もはよから、ネットサーフィンに勤しむ健全な男子高校生だ。どれぐらい健全かというと、健全すぎて運動の必要性を感じていないぐらい健全だ。
そんな俺には、最近どうしようもない悩みがある。
ピンポーン! ピンポーン!
突如として五月蠅いほどに鳴り響くドアベル。
「またかよ……」
うんざりする思いを込めてそう呟くが、呟いたからといってドアベルが鳴りやむことはない。
連打すんなよ。近所迷惑だろ。
「はいはい、今行きますよ……」
億劫な気持ちをぶら下げて、椅子から立ち上がり玄関へと向かう。
あぁヤダヤダ。もうずっとパソコンの前で一日を終えたい。
玄関の向こうに誰がいるかなんて確認せず、ガチャリとドアノブを回す。
誰がいるかって? そんなの次のセリフで分かるよ。
「どうも、弟くん。お姉ちゃんです!」
ペコリと可愛らしくお辞儀する女性。実際、仕草は可愛い。
数日前から俺の家に度々押しかけてくるこの女性は、自称俺の姉だ。
何を言ってるかわからないと思うが、俺もわからん。
ただ、こういうときすることは大抵誰でも一緒。
「勧誘とか間に合ってますんで」
俺は短く告げるとドアを閉める。『そっ閉じ』っていう言葉を考えた人は偉大だね。
もちろん鍵もしっかりかけておこう。戸締りって大事じゃん。近頃は物騒だって言うし。
「あぁ! 待って! 閉めないで! 閉めちゃ駄目だって!」
ドア越しにそんな声が聞こえ、再び鳴りはじめるドアベル。
だから連打すんなって。
響くドアベルの中、重いため息を吐き出す。
ドアの向こうでは女性の喚き声。
俺はそれを無視して部屋に戻ると、パソコンに向き直り、掲示板に書き込む。
俺には最近どうしようもない悩みがある。
それは――。
「――『最近、三流アマチュア小説書きが書いた物語の主人公にされたんだけど、何か質問ある?』っと」
『はじめてのメタい姉とメタい弟』
それから俺はどうなったか。
「弟くんが非協力的だと、お姉ちゃんは困ります」
何故か喚きたててた姉さんを部屋に入れて、説教されてます。
どうしてこうなったのか俺も知らない。俺が部屋に入れたはずなんだけど、何故か知らない。呼び方もいつの間にか『姉さん』にされてるけど、何故かわからない。
これがご都合主義の力だ。ご都合主義って怖えぇ。
「ちゃんと聞いてる、弟くん?」
もちろん聞いてない。てか聞きたくない。むしろ今、見てるアニメがいいとこだから少し黙ってて欲しい。
「弟くんがそういう態度を取るならこちらにも考えがあります」
フンスと胸を反らしながら言い放つ姉さん。反らしてもそこに何の起伏も生まれないことに、全米が泣いた。俺は日本人だから何も感じないけどね。
そんなことよりアニメだ。今まさに画面の中では、自称姉の胸よりも壮大な物語が繰り広げられている。
「んーっと、そうだなぁ……。あっ、弟くん! 今日も頭部が眩しく輝いてるね! ワックス変えた?」
「おい俺がハゲてるみたいな描写止めろよ!」
今のところ一切人物描写出てないんだから読者が勘違いするだろうが!
休日引きこもっててハゲてるとか、俺、この物語を続けたくなくなっちまうよ。
俺もこっそり姉さんを貧乳扱いしてるが、それはセーフだ。なんせモノローグは主人公の特権。俺のシマではノーカンだから。それに世の中には貧乳がステータスという人もいるぐらいだし。
「やっと返事してくれた。危うく、私一人が延々と話し続ける物語が出来ちゃうところだったよ」
もうそれでいいんじゃないかな。俺ずっとアニメ見てるからさ。出来れば、俺の部屋じゃないところでやってくれると助かる。
「あ、でも一人称の物語だからどっちみち弟くんが居ないと成り立たないね」
テヘッと舌を出しながらおどける姉さん。
あざとい。流石、三流アマチュア小説書きが書いている物語の登場人物だ。すっごくあざとい。今日日、こんな奴アニメでも見かけないぞ。
「……それで、今日は何の用さ」
このままじゃ一向に埒が明かない。っていうか物語が進まない。進まないと終わらない。つまり俺も休日の撮り溜めアニメ消化がゆっくり出来ない。
名残惜しいが見ていたアニメを一時停止して、ベッドに座る姉さんへと向き直る。
俺はさっきからどこにいるのかって? ちゃぶ台に逆立ちでもしてればいいかな?
ちゃぶ台は部屋にないから、普通にパソコン前の椅子に座ってるんだけどな。
それくらい察してくれ。三流アマチュア小説書きが書いた物語だから、風景描写も少ないんだ。
「ほら、私って弟くんの姉じゃない」
モノローグを入れている間に、姉さんは勝手に話はじめる。
「そうだな。一切面識もないし、お互い存在すら知らなかったけど姉だな」
ちなみに俺は一人っ子。当然、姉はいない。聞いたことはないけど、恐らく姉さんにも弟はいないだろう。でも目の前の女性は俺の姉だ。
何故なら、『そういう設定』だから。深く気にしたら、この物語を読むことは出来ない。
「こう、もうちょっとお姉ちゃんっぽい要素が欲しいっていうか。そういう描写欲しいなぁと思って」
「ほう……?」
古今東西、お姉ちゃんキャラはいっぱいいる。優しいお姉ちゃんキャラしかり、ちょっと勝気な姐さんチックなお姉ちゃんキャラしかり。
お姉ちゃんといっても、色々あるわけで。
「せっかくの一話なのに。このままじゃ私、『残念な貧乳お姉ちゃん』で終わっちゃう……」
あ、貧乳の自覚はあったんですね。
でも人物描写かぁ……。どうしようかなぁ……。
俺が『やっぱり姉さんは貧乳ではなくて、巨乳でした』なんて言えば、次の瞬間には姉さんの胸がどこかの赤いキノコよろしく急成長する世界だ。
そもそも詳細な設定なんて何一つ決まってない見切り発車甚だしい物語なんだが。
「でも一話から容姿すらわからない登場人物ばっかりって、イメージしづらいかなと思うんだけど」
「ほら、それはこの物語を書いてる人あるあるだから」
似たようなのに『最初から人物の説明ばっかで、尺が長すぎて読むの萎える』っていうあるあるもある。
「でもでも、このままだと弟くんも容姿が決まってないから、最悪、体重三百キロを超えたモンスターみたいな弟くんと、貧乳の可愛い(笑)お姉ちゃんが会話するっていう全然美しくない光景が読者の中で広がっちゃうよ?」
「それはいけないな!」
せめて空想の中でくらい夢を見させてほしい。いや、現実でもそんな光景見たことないわ。
容姿は常識の範囲内で。よくいる男子学生と、人並みに可愛いその姉。
こういうのでいいんだよ、こういうので。
目が赤くなったり、髪が緑だったりなんて、物語だけだって。
「……弟くん、それは自分達の存在を全否定だよ。しかもお姉ちゃん要素は別に増えてないよ」
「なに? 文中で『姉』と宣言すれば、血のつながりとか年齢とかなんやかんや面倒なことを考えなくても『お姉ちゃん』ではないのか?」
「全力でいろんな方面に喧嘩売ってるよ!」
むしろそれでそんなの姉じゃないと疑われてしまったら、どうしようもないわけだが。
「姉さんは、そのままでいいんだよ」
俺は優しい口調で語りかける。
「弟くん……」
瞳を潤わせながら、答える姉さん。
二人の間にどこかこそばゆい空気が流れて――。
「――よし、こんなもんでいいだろう。今日はもう帰って」
俺はパソコンに向き直ると、撮り溜めていたアニメに集中する。
ほら、文字数は稼げたから。今日はもうおしまいだから。
暇じゃないの俺は。今日はアニメ見るって決めてるの。先週のはじめから決めてたの。
三流アマチュア物書きがなんぼのもんじゃい! 主人公がなんぼのもんじゃい! 俺はアニメを見るぞ!
「あ、ハイ……」
力なく答える姉さんを余所に、俺はアニメの世界へ舞い戻った。
三流アマチュア小説書きが書いた物語の主人公になった俺と、同じく登場人物にされた姉の物語は、続く。
作者が飽きるくらいまでは、続く。