ポ○キー食べたい世界の終わり
ぽきぽきぽきと音が鳴る。隣がポ○キーを食べているからだ。
「あのさあ」
ぽきぽきぽき。
「んー?」
課題を解く手を止めずに返事をする。向こうもスマホをいじりながらだからおあいこだ。
「明日、世界終わるらしいよ」
ぽきぽきぽき。
「へえ。ポ○キーくれよ」
無視された。
「なんかネットニュースでもやってる。明日の午後六時に一気に世界が終わるんだってさ」
ぽきぽきぽき。
「まじか。明日六時からバイトだ」
タイムカード切る意味あるかな。というかバイトに行く意味自体あるかな。
「え?明日バイトなの?」
ぽきぽきぽき。
「そうだけど。なんかあった?」
「いや、一緒にゲーセン行きたかった」
ぽきぽきぽき。
「うわーごめん。半月前に言ってくれれば休み貰えるように頼んだのに」
「いいっていいって。しゃーない」
ぽきぽきぽき。
「もう課題終わるし、今からでよければ行こうか?」
時刻は午後六時半。教室の窓から見える空は橙色の夕焼けだ。
「いいの、やった」
ぽきぽきぽき。
「いいよ。あと二分待って。これで終わりだ」
勢いで最後の解答を書く。これで明日は提出するだけだ。
「やった終わったー」
「お疲れ」
ぽきぽきぽき。
ポ○キーを食べる隣が言う。手伝ってくれればもっと早く終わったのに。
「いつも待っててくれてありがとう」
机の横にかけた鞄を取って帰り支度をする。隣は課題を手伝ってはくれないが、自力で解き終わるのを律儀に待っててくれる良い奴である。
「ゲーセンゲーセン。限定プライズ入ったんだ」
ぽきぽきぽき。
楽しそうで何より。
「そうなんだ。ポ○キーくれよ」
「ごめん、もうない」
「まじか」
二人並んで教室を出た。
その日、家に帰ってから気がついた。今日もポ○キー買うの忘れた。
***
次の日。世界は今日終わるらしいが、特に昨日と変わりなく進んでいく。起きて、朝のニュースを見ながら朝食を食べて、登校して、教室で隣と話す。昨日、ゲームセンターで見事お目当てのゆるキャラグッズを手に入れたので、隣は朝から機嫌がいい。一メートル近くあるぬいぐるみを抱いて電車に乗る姿を思い出した。びっくりする程ミスマッチ。
ニュースでは世界の終わりについて、何も報道しなかった。国会がどうとか、地方グルメがどうとか、いつもと変わりない。教室でも、聞こえるのは部活や昨日のテレビの話題。
本当に、今日世界は終わるんだろうか。今日こそポ○キーを買おう。
授業もいつも通り進む。四時限目の古文で課題が出た。クソッ。
昼休み。隣と取り留めのない話をしながら弁当を食べる。一足先に食べ終えた隣はポ○キーを取り出した。
「昨日はありがとな」
ぽきぽきぽき。
「いいよ、こっちも楽しかった」
ぬいぐるみを取らんと凄まじい集中力でクレーンゲームに向き合う隣は数人のギャラリーを集めていた。ぬいぐるみを落とした瞬間、隣が拍手を受けながらコロンビアしたのには笑った。その瞬間を写メったものを隣に見せる。隣は噴き出した。
「ちょ、おま、なに撮ってんの」
ぽきぽきぽき。
「よく撮れてる」
「シャッター音したと思ったら。お前かよ」
ぽきぽきぽき。
「写真送ろうか。あとポ○キーくれよ」
写メは送った。ポ○キーはもらえなかった。
放課後。バイトに行く時間まで古文の課題と戦うことにした。半分以上の生徒は教室にいない。部活に行ったか家に帰ったんだろう。あと二時間足らずで世界は終わる。隣はやっぱりぽきぽきしてる。
「本当に世界終わるのかなあ」
今日一日気になっていたことが口を突いて出た。
「終わるだろ」
ぽきぽきぽき。
「そっかー」
「実感ないのもわかるけど」
ぽきぽきぽき。
みんないつも通りだし、という隣の言葉に、それなと返す。
「ニュースでもなんにも言わないし。周りもそんなこと一言も言わないし。実感ない」
「うーん……」
ぽき、
隣のぽきぽきが止み、すぐに再開する。
「そんなもんでしょ」
ぽきぽきぽき。
「そっか」
その後は会話もなく、ぽきぽき音を聞きながら古文と格闘した。
遠くから五時を報せる夕焼け小焼けが聞こえてきた。
「あ、時間だ」
もう行かないと。結局、課題は半分しか終わらなかった。
「お、行く?」
ぽきぽきぽき。
「うん。そっちはどうする?」
「んー、もうちょいしてから帰るわ」
ぽきぽきぽき。
「そっか。ポ○キーくれよ」
「じゃあな。気をつけてな」
ぽきぽきぽき。
ポ○キーを食べながら隣が手を振る。
「それ最後の一本」
「やらん」
ぽきぽき。
隣がポ○キーを食べ終える。
世界が終わるならくれたっていいのに。
また明日、は言わなかった。
***
バイト先もいつも通りだった。店長も、パートのおばちゃんも。
午後五時五十分、世界が終わるまで残り十分。制服に着替える間、何か忘れている気がしてならなかった。
午後五時五十五分。あと五分で世界が終わる。タイムカードを切る瞬間、忘れていたことを思い出す。
「ポ○キーだ」
今日こそ買おうと思っていたのに。また忘れた。
ああ、ポ○キー食べたいな。




