計算迷宮(18)
「いいのか? そろそろ時間だが」
「ま、いいんじゃないか? 別にジムドナルドはどこで会うなんて約束してないんだろ」
タケルヒノはビルワンジルに笑いかけると、握りしめた小石を小川に放り込んだ。
「ビオトープゾーンはいいなあ。めったに来ないんだが、ボーッとしてるだけでも楽しい」
「まあ、オレも農場ばっかりで、こっちはあまり来ていない」
「最近はザワディもビュッフェあたりをうろついてることが多いし。もしかして、ここって誰も来ないの?」
「いや、来てるんだけど、ほら」
ビルワンジルの指差すほうに、ランニングスーツで髪を揺らしながら走る者がいる。こっちを見て手を振ってきた。
「ビルワンジルー、タケルヒノー」
イリナイワノフが手を振りながら駆け寄ってくる。
「どうしたの? 珍しいね。特に、タケルヒノ」
言われたタケルヒノは照れ隠しに笑う。
「いつもここでトレーニングしてるの?」
「うん、まあ」イリナイワノフは答えた「走るのは土の上のほうが気分がいいしね」
「僕も少し走ってみるかなあ」
「いいね、一緒に走ろう」
「いや、さすがに、イリナイワノフと一緒だとペースが…、それに今日はこれから人と会う約束があるので…」
「人と会う? 誰と?」
タケルヒノは小川の岸辺を指差す。淡い光が急速に固まりだして、人の形を造る。
2体。
ビルワンジルは持参の槍を利き手に持ち替え、軽く振る。
イリナイワノフは伸縮警棒を抜き放ち、最大まで伸ばした。
「あー、ごめん、ごめん、ひとりで来るつもりだったんだけど、ゴーガイヤがどうしても来たいっていうからさ。ほら、ゴーガイヤ君、君もちゃんとご挨拶して」
光の巨人は、今日はレウインデの倍ぐらいの大きさでまとまっている。ゴーガイヤ、と挨拶した。
「それでね、タケルヒノ、せっかく時間とってもらったのに悪いんだけど、このゴーガイヤの用を先に片付けたいんだよ」
「僕は別にかまわないけど」タケルヒノは当惑ぎみだ「彼の用って、何?」
「ほら、ゴーガイヤ君、早く言っちゃいなよ」
レウインデに急かされたゴーガイヤは、ビルワンジルのほうを向いて、たどたどしい原語でしゃべりはじめた。
「あ、兄貴、オレ、は、兄貴がすごく強くて、強くて、それでカンドーした。ヤリはびっくりした。オレこなごなになった。ヒカる玉も兄貴が速い。オレ当たらないのに、みんな当たって…」
「曳光弾撃ったのなら、あたしだけど」
ゴーガイヤが突然、わけのわからない雄叫びを上げた。イリナイワノフのほうに体を翻し、両腕を高々と挙げた。両掌に光の粒子が集まって行く。
「ダメだよ。ゴーガイヤ」レウインデが叫んだ「その娘は、ダメだ。やめて」
結局、イリナイワノフが、いちばん速い。
飛び込みの勢いで、そのまま警棒の先端をゴーガイヤに当てる。
ゴーガイヤは、光球を撃つまもなく、四散した。
「あ~あ」レウインデは情けない声で呟く「だから、やめろって言ったのに、私が敵わないのに君なんか相手になるわけないじゃないか、もう」
レウインデはゴーガイヤの核を拾うと、イリナイワノフに言った。
「急所はずしてくれてありがとう。この間より復元は早い、かな」
「悪い人じゃなさそうだったから」
「うん、そう、悪気はないと思うんだよ。ただ、ちょっと頭が悪いだけで」
「それで」とまどいがちにタケルヒノが尋ねた「彼の用は、もうすんだの?」
「うん、まあ、私の予想とはちょっと違ったけど、さすがにもう気がすんだんじゃないかなぁ」
レウインデが片手を上げると、ゴーガイヤの四散した光の泡がいっせいに消える。
「いろいろお騒がせしましたが、本日はお招きいただきありがとうございます。お忙しい中、小輩ごときにお時間をさいていただき、恐縮至極です」
「こちらこそ、たいしたおもてなしも出来ず、申し訳なく存じます」
こうして、タケルヒノとレウインデの会談は始まった。
タケルヒノとレウインデの会話は、傍らでぼーっと聞いているビルワンジルとイリナイワノフにとっては、とても奇妙に聞こえた。
2人は基本、原語で話しているのだが、ところどころレウインデがよくわからない言葉で話しだす。それに対して、タケルヒノは最初原語で答えるのだが、次第にそのよくわからない言葉のような口調に変わっていって、やがて2人の話はビルワンジルとイリナイワノフには全くわからなくなってしまう。
「ねぇ、あれ、何しゃべってんのかな?」
小声で聞くイリナイワノフにビルワンジルも首を振る。
「いや、ぜんぜん、わからん、タケルヒノはわかってるみたいだが、ん? 待って」
ビルワンジルは、少し聞き耳を立てた。だんだん話の内容がわかってくる。第一光子体のことを話してるようだ。
「第一光子体がどこにいるか、ってタケルヒノ聞いてるね」
「そうだ。レウインデも知らない、と言ってる。でも、待て、ああ、また、何だかよくわからなくなった」
話の間中、タケルヒノの様子を観察していたが、途中、言葉が切り替わっているようなところでも、彼はよどみなく会話を続けていた。レウインデも同様だが、彼の別名、数多の星の言葉、からすれば、おそらくワザとやっているのだろう。
話がわからなくなって、それがわかるようになって、またわからなくなる。彼らは何度もそれを繰り返した。
ビルワンジルもイリナイワノフも、いいかげん飽きてきたが、レウインデをほうっておく訳にもいかないので、我慢してその場を守っていた。
「かような文言については皇帝陛下の意をもってしても、まず…、あぁっ、こんな時間?」
突然、レウインデが素っ頓狂な声を上げた。
「じゃ、もう時間だから、サヨナラ。ジムドナルドによろしく」
何の前触れもなくレウインデの姿はかき消えた。
「さすがにジムドナルドのことはよくわかってるなぁ」
タケルヒノは感心して思わず呟いた。
「ジムドナルドがどうかしたの?」
「2度目は5秒間だけシールドを開ける、それを逃したらレウインデは帰れない」
ビルワンジルが言った。
「そういう約束なんだ。ジムドナルドは約束は守るが、そういうところは厳しいからな」
「ふーん」
「ところで」ビルワンジルがタケルヒノに話しかけた「ずいぶん妙な話し合いだったな。かなりの部分が聞き取れなかったぞ」
「やはりそうか、そのへんは僕は自分ではわからない。2人がいてくれて良かったよ」
「どういうこと?」
イリナイワノフが尋ねる。
「レウインデは僕を試したのさ」タケルヒノは答えた「これで彼にも僕のことがわかっただろう。だから、あとは彼次第だ」




