計算迷宮(15)
ビルワンジルは麦わら帽をかぶって、じゃがいも畑の草取りをしている。
宇宙船の生態系はせまくて貧弱なので、1日2日放ったらかしにした程度ではどうなるものでもない。
そのぐらいのことはビルワンジルにもわかっている。
でも、まあ、草取りをする、しない、というのは生態系とはまったく別の話である。
農場は人工照明なので作物が育つ以上に照明がきつくなることはない。
有り体に言えば、麦わら帽子は不要だ。
でも、ビルワンジルは麦わら帽をかぶって草取りをする。
ダーで怠けていたとか、それで挽回するとか。
そういう話でも、たぶん、無い。
「ねぇ、ねぇ、聞いた、聞いた?」
イリナイワノフは叫びながら駆け寄ってきた。
「ダーってね、サイカーラクラのお母さんなんだって、あたし、びっくりしちゃった」
「ああ、そうみたいだな」
「なにそれ」イリナイワノフは思いっきりほっぺたを膨らました「もっと、ちゃんと驚いてよ」
「驚いたよ」
「どこがよ」
ここでイリナイワノフ、ビルワンジルに食ってかかると見るや、意外とおとなしい。
「あたしさあ、友だちのお母さんとか…、初めてだから、勝手がよくわからなくて…」
「え?」
「だからぁ、あたし、いままで友だちいなかったから、そのお母さんとか、どうしたらいいかよくわかんなくて…」
「普通にしてもらって、かまいませんけど」
「え? なに? ケミコさんじゃなくて、ダーなの?」
むちゃくちゃ焦ったイリナイワノフはその場に座り込んでしまった。
「はい」
荒地仕様ケミコさんボディのダーは、草取りの手を止めて、イリナイワノフのほうを向いた。
「なによ、もー、だったら、先に言ってよぉ。そんなんじゃ、わかんないじゃない」
イリナイワノフはチョーカー代わりに首に巻いていた真紅のリボンをはらりと解くと、ダーの天板まわりのガードに結びつけた。
「これ、目印、ぜったい外したらダメだからね」
イリナイワノフはぷんぷんしながら行ってしまった。
「困りました」
ダーがビルワンジルに言う。
「何が?」
「いま農作業用のボディですから、ボディを変えたら怒られてしまいます」
「ボディを変えたら、リボンを結び直せばいいんじゃないか?」
数秒の沈黙の後、ダーはビルワンジルに言った。
「あなた賢いですね」
いや、それほでも、と、ビルワンジルは返したが、彼自身、だいぶ慣れたつもりが、相手が違うだけで、これほどキツイとは想像できなかった。
「なんでケミコさんが青のリボンなんかつけてんのよ」
イリナイワノフが、、むちゃくちゃ怒っている。
「あ、つけたのボク」ジルフーコが言った「最近、はやりなのかなー、って思ってつけてみた」
「はやりなわけないでしょ、何でこんなことするのよ?」
「え? だって、ケミコさん、最近リボンつけてるよ?」
「あたしが間違わないようにダーにリボンつけたのに、なんで余計なことするの?」
「ダーにリボン?」ジルフーコが傍らのケミコさんに視線を向け、言った「ダーはリボンなんかつけてないよ?」
言われたダーは、一瞬、動きを止めてしまった。
「…ごめんなさい、つけ忘れてました」
「え? ダーなの?」イリナイワノフが叫ぶ「っていうか、なんでわかるのよ、ジルフーコ!」
「何でって、見たらわかるだろ?」
ジルフーコは部屋にいるケミコさんを一体ずつ指して言う。
「あの子が、今朝、食材を運んでくれた子で、この子は普段ビルワンジルと農場にいるけど今日は暇だからこっちに来てる。この子は、主にボクの部屋の片付け担当だけど、頼んで手伝ってもらってる。そして…」
最後にもう一度、いちばんそばのケミコさんを指差す。
「ここにいるのが、ダー」
「もしかして、宇宙船にいるケミコさん、全部わかるの?」
「もちろんわかるよ」
イリナイワノフの問いに、ジルフーコは答えた。
「いちいち名前とかつけてないけどね、面倒だから」




