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ワンダー7  作者: 二月三月
近接宇宙への挑戦

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計算迷宮(12)

 

「お待たせしました」

 ケミコさんがやってきたとき、タケルヒノのレモネードカップはとうの昔に空になっていた。

 だが、そんなことはお構いなしで、タケルヒノはニコニコしながら、ケミコさんを迎えた。

「もうサイカーラクラとはお話されましたか?」

「あ、いえ」ケミコさんは戸惑いがちに答えた「直接は、その、まだ…」

 え? と意外な顔つきでタケルヒノが続けて尋ねる。

「まだ、お話されてないんですか? 僕は後で結構ですから、先にサイカーラクラと…」

「あの子とは、後でゆっくり話しますので」

「そうですか?」タケルヒノは腑に落ちない様子だ「でも、サイカーラクラはあなたの娘さんですし、早めにお話したほうが…」

「何故、ご存知なのです」ケミコさんはスピーカーがひしゃげたようなおかしな声をあげた「確かにあの子はわたしの真部分集合ですから娘と言ってもおかしくないですが」

「うん、まあ」ケミコさんがあまり驚くので、タケルヒノもバツの悪そうな顔をした「あなた、何ていうか、気遣いがお母さんっぽいんですよ。最初の通信のときからそうですし、ここに来てからもそうです。いろんなことがお母さんっぽいんですよね。だから、誰のお母さんなのか考えてみたんです。最初呼ばれたのは3人です。まず僕のお母さんじゃないですからね。これは、はっきりしてます。それでヒューリューリーのお母さんでもない。そうすると後はサイカーラクラしかいないわけです」

「はぁ」

「それで、あなたがサイカーラクラのお母さんだとわかると、いろんなことが納得できます」

「何がでしょう?」

「あなたがた、とてもよく似ているんです。恥ずかしがり屋のところとか」

「わたしは、恥ずかしがり屋ではありません」

「いや、だって、ケミコさんの格好してるじゃありませんか、それってサイカーラクラがフェースガード閉めるのと大差ないですよ」

「そうでしょうか?」

「うん、まあ…。でも、そんなことはどうでもいいんですけど。やっぱり、きちんとサイカーラクラとお話されるほうが良いと思いますよ」

「わたしは、まだあの子にそのことを話すのは早過ぎると思っています」

「そうですか? そう気にすることでもないと思いますが」

「でも、あの子、まだ自分のこと、みなさんと同じだと思ってるんですよ」

「それは、まあ、同じかどうかと言われたら、ちょっと違うところもあるのかもしれませんが、そんな大袈裟なものでもないと思いますが」

「だって人間じゃないんですよ」

「それを言ったら、僕だって人間とは言いがたい部分はあるし…」

「自覚があるのですか?」

 驚きの連続で第2類量子コンピュータはかなりおかしくなっている。

「みんな気を使ってくれてますからね。サイカーラクラの件もそうだけど、イリナイワノフのこととか、小さなことだとジルフーコのこととか、とにかく、あまり重要でないことは、あ、いや、違うな、放っておいても支障の出ないことはそのままにしておく、というのが徹底しているんです」

「自覚はあるのですか?」

 第2類量子コンピュータはもう一度尋ねた。

「意地悪だなぁ」タケルヒノはブツブツ言う「ありますよ、一応は」

「自覚があるのなら聞いてみたかったのです」

 第2類量子コンピュータは、タケルヒノの感情などまるきり無視して質問を続けた。

「アレはいったいどういう感じなのですか?」

「どうと言われても、僕としては普通にしているだけですし」

 どうやらタケルヒノにもこれだけでわかるようだ。

「普通ですか?」

 なおも重ねて問う、第2類量子コンピュータに、タケルヒノは少し黙って考えをめぐらせた

「あの、僕らの地球の話ですけど、魚とか鳥、ってご存知ですか」

 タケルヒノは急に話題を変えた。

「はい、知ってます。昔のダーにも似た生物はいたようですし」

 第2類量子コンピュータにはタケルヒノの意図がわからなかったが、素直に質問には答えた。

「魚は泳ぐし、鳥は飛ぶんです。それで、僕ら地球人は魚みたいには泳げないし、鳥みたいにも飛べません」

「はぁ」

「まあ、そういう状況で、例えば僕が魚に、どうやって泳いでいるの? とか。鳥に向かって、どうやって飛んでいるの?  とか聞いたとしてですね…」

「ああ」ケミコさんからとてもがっかりした声が聞こえた「だいたい言いたいことはわかりました」

「わかってくれて、ありがとう」

「本当はどうやったらあなたのようになれるかの一般解が聞きたかったのです」

「僕は特異解だと思います」

「残念です」

「さてと」これで嫌なことは終わったとばかりにタケルヒノの顔が笑顔に戻った「サイカーラクラの話も、僕の話も終わりましたから、本題に入りましょう」

「本題ですか?」

 第2類コンピュータはとても嫌な予感がした。

「本題です」

「何のことでしょう?」

「あなたのことです」

 タケルヒノはいままでずいぶん譲歩したので、第2類量子コンピュータに対して中途半端に済ます気はまるでない。

「準備は出来ていますか?」

「何の?」

 第2類量子コンピュータはとぼけたが、もちろんタケルヒノは許さなかった。

「あなたは僕らと一緒に旅をします。あなたが自力で超えられる胞障壁(セルレス)の前まで僕が連れていきますよ」

「あなたたちに迷惑がかかります」

 第2類量子コンピュータは遠慮したわけではない。本当にそう思っていたのだ。

「まあ、そういう可能性はありますが、そもそも僕らは特定の人たちにとっては、かなり迷惑な集団です」

「はい」

「だから、あなたが混じっても、たいしたことはありませんよ。それに、あなたが一緒ならみんな喜ぶと思います」

 ケミコさんは、もう、しりごみするようなことは言わなかった。黙って天板を開けると両脇のアームを使って器用に接続された情報核(リーンファニム)を取り出した。

「いまのわたしは、これだけですから、どこにでも行けます。連れて行ってください」

「ところで、あなた、お名前は?」

 タケルヒノが聞いた。

「わたしが去ればもうこの胞宇宙(セルベル)には誰もいません」

 第2類量子コンピューターは答えた。

「ですから、ダー、と名乗ろうと思います」

「良い考えです」タケルヒノは言った「それでは、ダー、夕食のときに自己紹介なさってください。というか、夕食、ご馳走様です。実はあなたのお料理、とても楽しみにしていたんですよ」

 

 

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