閉塞空間(4)
「なんだ、こりゃ」
食堂のラウンドテーブルの上、四角い白色のプレートが乗っている。そこに書かれた文字にビルワンジルは頓狂な声をあげた。
――重力区画2出張中――
「タケルヒノだよ」いつもはタケルヒノのいる席に今日はジルフーコが座っている「トマトの苗の植え直しで、今日は一日むこうだってさ」
「ああ」と、意味ありげに顔を緩めるビルワンジル「食っちまったヤツがいるんだよな」
「食っちまった?」
「まだ緑色で熟れる前のトマト」
「へぇ」
「わぁ、なんだ、タケルヒノいないのか、困ったなー」
そこいら中に響き渡らせ、ジムドナルドがやってきた。
「今日は一日、畑仕事らしいよ。用があるんなら、重力区画2に行ってみれば?」
ジルフーコが言うと、いや、あそこは、ちょっと、などと急にトーンダウンするジムドナルド。
――コイツか、ジルフーコは思ったが、とくに口には出さなかった。
「ひどい有り様だね」
掘り返された畑を覗きこんで、イリナイワノフが言う。
「まあね」タケルヒノは苦笑いだ「まだ小指の先ほどのトマトを食べたらしいんだが、あまりおいしくなかったらしい。これは、根の方に何かあるのではないかと調べてみた、というのが本人の言い訳なんだけど…」
「頭おかしいんじゃないの」
「彼のプロファイルによると、11才で博士号をとった天才のハズなんだが」
「何の博士号?」
「社会宗教学」
「うさんくさいなー、神童って、数学とか、科学とかそういうイメージがあるけど…」
「それはジルフーコのほう、もっとも彼はまだ博士課程で、学位はもってないけど」
「ワタシはアナタのほうが不思議だと思うぞ」声の方に振り向くとボゥシューだった「タケルヒノ、アナタは何者?」
「何者って言われても」タケルヒノは困惑を隠せない「ただの中学生だよ、あなたと違って飛び級とかしてるわけじゃないし」
「そういうことを言っているのではない。ワタシは大学で勉強していたけど、それは親が金持ちで、ワタシにたくさん勉強させたからだ」ワタシのことはどうでもいい、と、ボゥシューは強調する「タケルヒノ、何故、アナタはなんでも知っているんだ?」
「情報キューブを検索すれば、なんでも出てくるよ」
「そういうこと言ってるんじゃないのに」ボゥシューのテンションがどんどん上がってくる「知ってることは検索すれば出てくるよ。タケルヒノ、アナタ、誰も知らないことを知ってる。何故?」
「あ、ボゥシューの言いたいこと、あたし、わかる」イリナイワノフが間に入った。ボゥシューとタケルヒノの顔を交互に見比べ、最後にボゥシューにむかって言った「でもさ、それ、タケルヒノに聞いてもわかんないよ、たぶんだけど」
おぅ、と手を叩いてボゥシューはあっという間に得心してしまった「イリナイワノフ、頭いいね」
タケルヒノだけ、なんだかわからない。
「今日は違う用事で来たんだよ。タケルヒノ」ボゥシューは思い出したらしい「サイカーラクラに謝りたい。どうしたらいいかな」
「この間の喧嘩のこと?」
「そう」
「普通に謝ればいいんじゃないかな、彼女、そんなに気にしている感じでもないし」
「ワタシも普段はあまり気にしてないんだ、ほんとは。でも食堂で顔を隠すから、ついイライラして」
「あ、それわかるな」タケルヒノも同意した「近づくと、こう、パシっとシャッター閉めるんだよね。悪気は無いんだろうけど、確かにイラつく」
「近づくと閉める? 誰が?」
「サイカーラクラが」
「え?」
「え?」
イリナイワノフとボゥシューは互いに顔を見合わせた。
「ごめん、用事思い出した。帰る」ボゥシューは、突然、くるりと踵を返した。
「あ、待って、あたしも」イリナイワノフも弾かれたように後を追う「ごめんね、タケルヒノ、また今度」
無重量区画に続くエレベーター、ドアが閉まるなり、ボゥシューが吠える。
「前言撤回、タケルヒノは馬鹿だ」
「馬鹿じゃなくて、鈍いんだと思う。男ってあんなもんじゃないかな」
「とにかく、サイカーラクラと話する。抜け駆けは許さない」
「抜け駆け、って、彼女、まだ何もしてないでしょうが」
「されてからじゃ遅い、サイカーラクラは美人だから。スタイルもいいし」そしてボゥシューは、イリナイワノフをキッと睨んだ「抜け駆けはぜったい許さない。アナタもだ、イリナイワノフ」
「あ、あたしぃ?」今度はイリナイワノフが叫ぶ「あたしは関係ないでしょ」
「関係ないなら、いい」
「いえ、あの、そういうわけじゃ…」
「そら見ろ」
「とにかく、大声出すのは、やめてよ」イリナイワノフはボゥシューの口を押さえて、自分も声のトーンを下げた「誰かに聞かれたら…、とにかく、女の子以外がいるときは、この話、ぜったいに、しないでよ」