計算迷宮(8)
「ほかに聞きたいことは?」
ボゥシューが尋ねた。
「あなたのことが聞きたいですよ。ボゥシュー」
「ワタシのこと?」ボゥシューは変な顔をした「ワタシのことなんか聞いても面白くないぞ」
「旅は楽しいですか? ボゥシュー」
「楽しい」ボゥシューは即座に答えた「何をしても楽しいし、驚くことばかりだ。地球にいたときと、ぜんぜん違う」
「何が違う?」
「思ったことがなんでもできる。もちろん、ワタシにその能力があればだけれど」
「地球ではできなかった?」
「やっちゃだめ、って言われ続けてたから、何してもいいのは家族と一緒の時ぐらいだった。してはいけないことは、父さんもママもきちんとワタシが納得するまで説明してくれた。他はみんな頭ごなしだ。そもそもワタシの言うことが理解できない」
「ここならできる?」
「いや実は…」ボゥシューは、彼女にはめずらしく口ごもった「それが…、あまり、うまくできない」
「え?」
「こんなことは、本当は思っちゃいけないんだろうけど」ボゥシューの声はほとんど聞こえないくらい小さくなった「みんなが、うらやましい。ほかのみんなは、とても素敵だ。みんな自分の思い通りのことをしている。ワタシは、できない」
おや、まあ、と第2類量子コンピュータは思わず声に出してしまった。
それは、あなたがそう思ってるだけ、と言うのはたやすい。
でも、ボゥシューはそう思ってしまっているのだから、これは、もうどうしようもない。
さて、どうしよう。
ケミコさんの中身が困っていると、部屋の入口から顔を出したものがいた。
「あの…」
「ボゥシューの話って、まだ長くかかります?」
イリナイワノフとサイカーラクラは顔だけ出してこっちを見ている。
「ああ、ごめんなさい」
ケミコさんは言った。
「わたしがボゥシューを独占していたので、退屈だったでしょう。そうだ、みんなで話しましょう。ただ話すだけというのも何だから、おやつを作ってきます」
「あのぉ、そういう意味ではないので、お気になさらず…」
「美味しいけど、食べ過ぎると太るし…」
低カロリーにするから大丈夫、と言い残してケミコさんは消えてしまった。
ケミコさんの中身の言う、低カロリーは、3人にとってまったく信用出来ないものだった。
テーブルの中央にでーんと置かれた巨大なバスケットには、フライドポテトがうず高く山をなしている。
「大丈夫ですよ」
3人娘の気持ちを知ってか知らずか、ケミコさんはコーラ入りのラージカップを3人の前に置いていく。
「ダイエットコークだから大丈夫ですよ」
「もういい」ボゥシューはフライドポテトを3つほどワシづかみにすると口に投げ入れた「太ったら、そのとき考える」
「ああ、だめだよ、ボゥシュー、食べだしたら止まらなくなるんだよぉ、こんないっぱいあるのに」
「こうやって少しずつ食べれば大丈夫では?」サイカーラクラは一本のフライドポテトを端のほうから少しずつかじり出す「太るまで時間がかかると思います」
「ずるい、みんな、あたしだけ食べてない、ひどい、もう知らない」
イリナイワノフも食べ始めた。
「なんか、ほんと、止まらないな、これ」
「油もダイエット用ですからそんなに太りませんよ」
ケミコさんは言ったが、どこまで本当か怪しいものだ。
「なら、大丈夫かなあ」
イリナイワノフは言ったが、別にケミコさんの言い分を信じているわけではない。口実が欲しかっただけだ。
「大丈夫じゃなくても、太るときは3人一緒ですから」
みんな一緒ならなんでもかまわない、というサイカーラクラの考えはとても危険だ。
「なんかもう、後のことなんか、どうでもいいや、今が楽しきゃいいや」
プリンアラモードから、今日はどこかの配線が切れてしまった感じのイリナイワノフは、勢いがついてしまって止まらないらしい。
「ワタシは最初からそう言っている。後のことは後のことだ」
ボゥシューは坦々と食べ続ける。
しゃべるのと食べるのがほぼ交互の状態でしばらくすぎると、さすがにバスケットの中身もだいぶ減った。3人は考えた。無くなったら、そこでやめればいい。
ザーッと音を立ててバスケットの中にフライドポテトを継ぎ足すケミコさん。
「揚げたてですよ。まだ、たくさんありますから、遠慮しないでくださいね」
3人の視線は思わずケミコさんに合致した。状況はもう絶望的である。
3人が、食べずにしゃべろう、というありきたりな結論に辿り着くまで、ケミコさんは3回揚げたてポテトを追加していた。簡単に言うと手遅れだった。
「ずっと食べてたから、話とかほとんどしてない気がする」
「みんなでお話しましょうということだったと思うのですが…」
「も…、無理、お腹くるしい…」
みんな恨みがましい目でケミコさんを見た。
「みなさん、たくさん召し上がりましたね」ケミコさんはすました声で言う「たくさん食べてもらえて、わたし、とてもうれしいです」




