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ワンダー7  作者: 二月三月
近接宇宙への挑戦

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計算迷宮(7)


 3人の少女はテーブルを囲んで硬直していた。

 彼女たちの目の前には、脚付きのガラスの飾り皿に盛られたプリンアラモードがひとつずつ置いてある。

 彼女らは右手にスプーンを握ったまま、互いに他のふたりの様子をうかがっている。誰かがスプーンを皿のほうに向けようとすると、他のふたりの視線が気になって引っ込めてしまう。

「あ、どうぞ、お先に」

「いいよぉ、サイカーラクラから、食べて」

「早く食べないと、アイスが溶ける」

「ならボゥシューから、食べればいいじゃん」

 このままでは、結局、すべてが台無しになってしまう。3人は相談して、せぇの、で食べることにした。

「きゃ~」

「あまーい」

「おいしー」

 3人とも目尻がだらんと垂れて、これ以上ないというほど顔がゆるんでいる。

「あたしさ、宇宙出てから、こういうの、もう絶対無理だって、あきらめたんだけど…」

 イリナイワノフがプリンの端っこをスプーンですくい取って口に入れる。

「あ、ダメだ。なんか涙出てきた…」

 イリナイワノフは左手で目頭を押さえつつ、右手のスプーンを動かし続ける。

「あの、私、これ初めてなんですけど」サイカーラクラはアイスを半分に割ってそのまま頬張る「はの、ひなさん、めしあがったこと、あるんですか?」

「プリン・ア・ラ・モードは日本が本場なんだ」ボゥシューは訳の分からないウンチクを述べ始める「でも、1回日本に行って食べたけど、こんなに美味しくはなかったな」

「気に入っていただけたようで何よりです」

 ここでようやく、デザートの作成者に気づいた3人は口々に賛辞を述べる。ケミコさんはもちろん無表情だが、こころなしか嬉しそうに見えた。

「食べ終わって落ち着いたら、ボゥシュー、となりの部屋に来ていただけますか?」

「ワタシ?」

 立ち上がろうとするボゥシューを押しとどめ、ケミコさんが言った。

「ゆっくりでいいですよ。ゆっくり味わってから、急がなくていいですから」

 ケミコさんは言い残し、となりの部屋に去ってしまった。

 

「何故、ワタシなんだ?」開口一番、ボゥシューは尋ねた「サイカーラクラが先だと思ってたのに」

「サイカーラクラのことはボゥシューに聞いたほうが良い、とジルフーコに言われたのです」

 ケミコさんの中身は、ジムドナルドとタケルヒノのことはふせておいた。

「やっぱり彼女がらみか」ボゥシューはそれで納得したらしい「何が聞きたい?」

「あの子、少し変わっているでしょう?」

「そうかな、そんなに変わっているとも思えないけど。確かに人間じゃないが…」ボゥシューはちょっと思い直して補足した「あ、いまのはタケルヒノが人間じゃないとか、そういう比喩で言ったわけじゃない。純粋に生物学的に人間じゃないという意味で、他意はないよ」

「いつごろ気がつきました?」

「いつだったかな」ボゥシューは考えこんでいたが、思い出せなかったらしい「代謝がぜんぜん人間と違うからな。いつ気がついたか忘れた」

「あまり気にはならなかった?」

「本人があまり気にしてるように見えなかったからな。気にしてるんなら、相談にも乗っただろうけど、そもそもサイカーラクラは人間のことをあまりよく知らないから、自分が人間じゃないのに気がつかないんだろう。別にサイカーラクラのせいじゃない」

「あなたより人間に詳しい人はそんなにいませんよ」

「そうか?」ボゥシューは怪訝そうな目でケミコさんを見る「イリナイワノフは、どうやったら人間が死ぬかワタシよりずっと詳しいし、ビルワンジルは筋肉の動きが読める。ジムドナルドは、相手が人間なら、数分話しただけでどんなやつかわかるらしいぞ」

「そういう特殊な人の話をされても困ります。あなた、まさか、あなたの仲間に普通の人間が混じってるとか思っていませんよね」

「混じってたらわかると思うぞ。もうずいぶん普通の人間なんかに会ってないから、あまり自信ないけど」

「本当に困った人たちですね」

「何が?」

「いえ、別に…」

 コンピュータは、不要だと思って奥に圧縮していたパーソナリティ分類を解凍したが、照合に失敗して役に立たなかった。やはり不要なものは不要だ。

 気を取り直して、コンピュータは話を少し戻してみた。

「最近の彼女はどうですか? 少し以前と変わってきました?」

「よく知ってるな。第2類量子コンピュータなら当たり前か」

「どのへんが変わってきていますか?」

「無理しなくなっている」

「無理しない?」

「前は体液の流れなんかも非常に人間に似ていた。似てはいるんだけど、それで栄養やら酸素やらを運ぶわけじゃないから、まるっきりの無駄だ。いま、サイカーラクラの体はそういうことをどんどんやめてきている。そのかわり、見た目だとか、筋肉の動きだとか、ようするに身のこなしだな、喜怒哀楽の表情、食べ物の味わい。そういうものはどんどん人間に近くなっている。もう顔を隠すこともだいぶ減ったしな。もともと誰も気にはしていなかったんだが、根源的な何かで防衛反応をしめしていたんだろう。さっきのデザートも本当に美味しそうに食べていた。演技とか、そういうのじゃないな。もうサイカーラクラには本当に美味しいんだ」

「あなたには美味しくなかった?」

「美味しかったよ」

「それは良かったです」

「できれば、また食べたい」

 ケミコさんはそれには答えず。別の質問をボゥシューにぶつけた。

「このまま変わっていったらサイカーラクラはどうなると思いますか?」

「そういうのは、そっちのほうが得意じゃないのか?」

「それについてはわたしの解答はありますが、そうではなくて、ボゥシュー、あなたの感想が聞きたいのです」

「彼女がなりたいものになると思う」

「具体的にはどんなものに?」

「わからない」ボゥシューは答えた「ワタシには彼女の気持ちがわからないから」

「誰に聞いたらわかるでしょう?」

「ジムドナルドかなぁ」ボゥシューは自信無げに呟いた「あとはタケルヒノだろうけど、タケルヒノはそういうこと聞いても答えてくれない」

「知っていてもですか?」

「知っていてもだ」ボゥシューはそう言ってから思い出したようにつけくわえた「あ、そうそう、サイカーラクラに聞くのがいちばんダメだぞ。アイツ、自分のことがぜんぜんわかってない。自分の気持ちがいちばんわからないらしいんだ」

――それは、あなたもそうでしょう

 宇宙でいちばん賢いコンピュータは、そうは思っても、そんなことはおくびにも出さなかった。

 



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